宮城大弥の学歴と経歴|出身高校大学や中学校の偏差値|実家が貧乏だった!

 

プロ野球選手の宮城大弥さんの出身高校の偏差値などの学歴情報をお送りいたします。実は宮城さんの実家は貧乏で、恵まれない少年時代を過ごしていました。学生時代のエピソードや情報、当時のかっこいい画像なども併せてご紹介いたします

 

宮城大弥(みやぎ だいや)

 

 

2001年8月25日生

身長171㎝

血液型はA型

 

沖縄県宜野湾市出身のプロ野球選手

オリックス・バファローズ所属

本名同じ

 

以下では宮城大弥さんの出身校の偏差値や学生時代のエピソードなどをご紹介いたします




 

宮城大弥の学歴~出身高校(興南高校)・大学の詳細

 

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出身高校:沖縄県 興南高校 偏差値49~60(コース不明のため)

 

 

 

宮城大弥さんの出身高校は、私立の共学校の興南高校です。

 

この高校は1962年開校の私立高校で、部活動が盛んなことで知られています。

 

特に硬式野球部やハンドボール部、ボクシング部やバスケットボール部は全国大会の常連です。

 

宮城さんは一般受験ではなく、野球のスポーツ推薦で入学しています。

 

また同校は以下の3つのコースを設置していますが、宮城さんがどのコースに在籍したかは不明です。

 

フロンティア:偏差値60

特別進学:偏差値52

総合進学:偏差値49

 

ただしインタビューで勉強はあまり得意ではなかったことを明らかにしているので、総合進学コースに在籍した可能性が高そうです。

 

 

宮城さんは高校に進学するにあたり、いくつもの野球の強豪校からスカウトをされています。

 

東京都にある東海大菅生高校からは、監督が直接沖縄まで来るなど非常に熱心で、宮城さんの家庭環境も考えてかなりの好条件を提示していますが、宮城さんは地元の沖縄県の高校を選びました。

 

宮城さんは興南高校に進学するために、苦手な勉強にも必死で取り組んでいます。

 

硬式野球部では高校1年生の春からベンチ入りをしており、同じ年の夏と高校2年生の夏には甲子園に出場をしています。

 

 

1年生の夏の甲子園は1回戦敗退、2年生の夏の甲子園は2回戦敗退の成績でした。

 

また宮城さんは3年生の先輩が引退後は、野球に取り組む姿勢も変わったとのことでインタビューでは次のように話していました。

 

「試合に負けて悔しいからやるんじゃなくて、勝つためにしっかりとやるべきことをやれば勝てると思うので、それを少しずつ自分の代になって考え始めました。」

 

高校3年生の夏には、U-18の日本代表選手として選ばれています。

 

そして2019年のドラフト会議では、オリックス・バファローズから1位指名を受けました。

 

 

【主な卒業生】

具志堅用高(タレント、元ボクシング世界チャンピオン)

喜友名諒(空手家・東京オリンピック金メダリスト)

宮里美香(プロゴルファー)

中川大輔(俳優)

松田迅(INI)

 

 

そのため宮城さんは高校卒業後は大学には進学せずに、オリックス・バファローズに入団しています。

 

プロ入り2年目の2021年には13勝を挙げてチームの25年ぶりのリーグ優勝に貢献したほか、新人王も獲得しています。

 

 

2023年のWBCでは侍ジャパンのメンバーにも選出されています。

 

今後の活躍にも期待ですね。

 

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宮城大弥の学歴~出身中学校(宜野湾市立嘉数中学校)の詳細

 

出身中学校:沖縄県 宜野湾市立嘉数中学校 偏差値なし

 

 

 

宮城大弥さんの出身中学校は、地元沖縄県宜野湾市内の公立校・宜野湾市立嘉数(かかず)中学校です。

 

中学時代は学校の野球部ではなく、「宜野湾ポニーズ」に在籍してプレーしています。

 

 

宮城さんは怪我のために当初は右投げでしたが、中学2年生の時に左投げに戻しました。

 

また当時から非常に投球が上手で、中学時代に139kmを投げることができる上にカーブやフォーク、スライダーなどの変化球まで投げることができていました。

 

そして中学3年生の時にはU-15の日本代表に選出されています。

 

 

そのため全国の野球の強豪校からスカウトが舞い込んでいます。

 

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宮城大弥の学歴~出身小学校(宜野湾市立志真志小学校)の詳細・実家が貧乏だった!

 

出身小学校:沖縄県 宜野湾市立志真志小学校

 

 

 

宮城大弥さんの出身小学校は、地元宜野湾市内の公立校・宜野湾市立志真志(しまし)小学校です。

 

家族構成は両親と兄3人、姉3人と妹1人の10人家族です。

 

 

大家族で経済的に余裕がなかったことから、父親は寝る間を惜しんで働き、母親もパートに励んでいました。

 

しかし父親は学生時代の事故で手に障害があったため、できる仕事も限られているような状況でした。

 

宮城さんは生後11ヶ月の時にはすでにプラスチックのバットで遊んでおり、1歳のときにはテレビで甲子園の映像を見ていたといいます。

 

4歳の時にたまたま散歩に行ったところ、近所のグラウンドでやっていた野球をやりたいと言いはじめました。

 

ほとんどのチームにまだ小さいという理由で断られていましたが、1人の監督が認めてくれて、宮城さんは少年野球チームに入団をして野球をはじめています。

 

そして5歳の時には外野フライをとっていたといいます。

 

宮城さんが育った家庭は経済的に厳しい状況だったことから、ギリギリの状態で野球をしていました。

 

そのため小学校時代には、700円ほどのビニール製のグローブを使用しています。

 

はじめて購入したグローブだったことから、かなり大切にしており寝る時にも枕元に置くほどでした。

 

またユニホームも新しいものが購入できなかったことから、長く使い続けるために6枚の布を継ぎ足して使用していました。

 

 

このような状況だったことから、宮城さんはチームメイトから「チームの恥」や「貧乏人」と馬鹿にされたこともありました。

 

ちなみに小学校時代は1週間続けて具なしのカレーを食べたこともありました。

 

しかし宮城さんはこのような環境の中でも両親を非常に大切にしており、高校進学時やドラフト会議の際などの人生の節目には、両親に手紙をプレゼントしています。

 

また宮城さんはもともとは左投げでしたが、小学5年生の時の怪我によって右投げに変更をしています。

 

以上が宮城大弥さんの学歴と学生時代のエピソードのまとめです。

 

ドラフトでは外れの外れ1位でしたが、チームでは左のエースに成長しています。

 

 

またWBCでは侍ジャパンのメンバーにも選出されています。

 

今後のさらなる活躍にも期待が高まります。

 

 

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