落語家の立川晴の輔さんの出身高校や大学の偏差値などの学歴情報をお送りします。「笑点」でお馴染みの立川さんですが、どのような学生生活を送っていたのでしょうか? 学生時代のエピソードや情報、若い頃の画像なども併せてご紹介いたします
立川晴の輔(たてかわ はれのすけ)
1972年11月21日生
身長165㎝
血液型はB型
兵庫県神戸市出身の落語家
本名は檀上晃一(だんじょう こういち)
以下では立川晴の輔さんの出身高校や大学の偏差値、学生時代のエピソードなどをご紹介します
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立川晴の輔の学歴まとめ
出身大学:東京農業大学
出身高校:作陽高校
出身中学校:不明
出身小学校:不明
立川晴の輔の学歴~出身小学校の詳細
出身小学校:不明
立川晴の輔さんの出身小学校は不明です。
家族構成は両親と3人家族のようです。
子供の頃や小学校時代のエピソード
父親の仕事の影響で子供の頃は何度も転校をしており、幼少期は神奈川県藤沢市に住んでいます。
小学生の頃に野球に励んでおり、当時は巨人の選手になることが夢でした。
また立川さんは子供の頃から好奇心旺盛なタイプでした。
立川晴の輔の学歴~出身中学校の詳細
出身中学校:不明
立川晴の輔さんの出身中学校は不明です。
中学校時代にどの市町村に住んでいたのか不明で、手がかりは掴めませんでした。
中学校時代は体操部に所属
中学校時代は体操部に在籍して、部活動に打ち込んでいました。
体操部に入部したのは映画「プロジェクトA」や「スパルタンX」にハマって、ジャッキーチェンになりたいと思ったからでした。
立川さんはジャッキーチェンになるためには、バク宙やバク転をしなければいけないと思っていたようです。
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立川晴の輔の学歴~出身高校(作陽高校)の詳細
出身高校:岡山県 作陽高校 偏差値43~57(コース不明のため)
※現在は作陽学園高校
立川晴の輔さんの出身高校は、私立の共学校の作陽高校です。
この高校は1930年開校の私立高校で、部活動が盛んなことで知られています。
特にサッカー部は強豪で、多くのJリーガーを輩出しています。
また2023年に津山市から倉敷市に移転して、校名も作陽学園高校に変更されています。
立川さんが在籍した当時は特進コース(偏差値57)と進学コース(偏差値43)の2つのコースが設置されていましたが、どちらのコースに在籍していたかは不明です。
ただし当時は勉強嫌いだったことを明らかにしており、進学コースに在籍した可能性が高そうです。
立川さんは高校に入るタイミングで岡山県津山市に移住をして、この高校に入学しています。
高校時代のエピソード
高校時代は勉強は嫌いだったことから、友人と遊ぶことに力を入れていました。
しかし立川さんは大学には進学をしたいと思っており、このことについてはインタビューで次のように話しています。
「勉強は嫌いでした。でも自分の人生のアルバムの中に“大学生活”という1ページはほしかったんです。」
引用元:Frag Lab
そのため小論文だけで受験ができる大学を探したところ3校あることが分かり、浪人をして予備校でひたすら小論文だけの勉強をしています。
【主な卒業生】
渋野日向子(プロゴルファー)
オダギリジョー(俳優)
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立川晴の輔の学歴~出身大学(東京農業大学)の詳細
出身大学:東京農業大学 農学部農業経済学科 偏差値43(容易)
※現在は食料環境経済学科
立川晴の輔さんは高校卒業後は、東京農業大学に進学しています。
前記のように1年間の浪人生活を経て、この大学に入学をしています。
在籍したのは農学部農業経済学科です。
大学時代のエピソード
大学時代は、落語研究会に入っています。
このことについてはインタビューで次のように話していました。
「親に高い学費を出してもらうのだから、僕ができる親孝行は『大学4年間、楽しかったです』と言葉にして言うことだろうと思いまして。楽しむには、楽しい人と出会った方がいい。楽しい人が集まるところ。そりゃ落研だ、と。別に落語に興味があるわけじゃなかったんです」
引用元:Frag Lab
そして立川さんは特別落語が好きなわけではありませんでしたが、楽しむために落語研究会に在籍をする傍ら、テニスサークルにも入って掛け持ちで活動をしていました。
立川志の輔の落語に衝撃を受ける
大学1年生の時に落語研究会に入り落語について知るために、観て回っている時に偶然、落語家の立川志の輔さんの独演会に足を運んでいます。
立川さんは志の輔さんの落語に衝撃を受けており、見終わったあとに立ち上がれないほどでした。
当時のことについてはインタビューで次のように話しています。
「映画って例えばハリウッドで何十億もかけて作ったものを見て、「ああ、面白かった」って満足して帰るじゃないですか。志の輔師匠はそれを言葉だけ、座布団1枚の上に座ってるだけでやってると思ったんです。そのぐらい感動というか、没入しましたね。」
引用元:Asagei plus
その後に志の輔さんの落語を2回観た時には、すでに弟子入りをしたいと思っていたとのことです。
立川さんはこのことについてはインタビューで次のように振り返っています。
「師匠は東邦生命ホールでの独演会を毎月開催していて、翌月の独演会も行ったんですよ。そのとき、心はもう、弟子になりたいと決意していました」
引用元:Frag Lab
とは言え大学を中退するつもりはなく、大学を卒業までにこの気持ちが変わらなければ「本物」だと大学生活をかけて確かめることにしました。
大学在学中には毎月のように志の輔さんの独演会に通っており、立川さんの思いが変わることはありませんでした。
そして大学卒業後に志の輔さんの一番弟子として入門をし、「立川志の吉(たてかわしのきち)」を拝名しています。
35歳だった2007年には、「東西若手落語家コンペティション」で初代グランドチャンピオンに輝いています。
41歳だった2013年に真打に昇進して、立川晴の輔に改名しています。
さらに2024年には「笑点」の大喜利メンバーに選ばれて、人気も全国区になっています。
今後のさらなる飛躍にも期待が高まります。
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