宮野真守の学歴と経歴|出身は和光国際高校!大学や中学校の偏差値と若い頃のかっこいい画像

 

声優の宮野真守さんの出身高校の偏差値などの学歴情報をお送りいたします。歌手としても人気の高い宮野さんですが、どのような学生生活を送っていたのでしょうか? 学生時代のエピソードや情報、当時のかっこいい画像なども併せてご紹介いたします

 

宮野真守(みやの まもる)

 

 

198368日生

身長182㎝ 体重71kg

血液型はB型

 

埼玉県大宮市(現在はさいたま市)出身の俳優、声優、歌手

本名同じ、愛称は「マモ」

 

以下では宮野真守さんの出身校の偏差値や学生時代のエピソードなどをご紹介いたします

 

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目次

宮野真守の学歴まとめ

 

出身大学:進学せず

出身高校:埼玉県立和光国際高校

出身中学校:上福岡市立福岡中学校

出身小学校:不明

 

宮野真守学歴~出身小学校の詳細

 

出身小学校:不明

 

宮野真守さんの出身小学校は、埼玉県内の公立校のようですが校名などは不明です。

 

小学校時代は大宮市(現在はさいたま市大宮区)に在住したのか、上福岡市(現在はふじみ野市)のいずれかに在住していたのかはっきりしません(両方に在住した可能性もあり)。

 

家族構成は両親と兄、妹の5人家族です。

 

 

実家は豆腐屋を営んでいます。

 

また母親は美容院を経営しています。

 

宮野さんは幼稚園時代から人前で表現するのが好きな少年で、テレビ好きでもあったことから当時からテレビの仕事に憧れています。

 

小学2年生の頃から先に子役として活動をしていた兄の影響で子役として活動を開始しています。

 

このことについてインタビューでは次のように話しています。

 

「7歳の頃に劇団ひまわりに入って、刷り込みのように、この世界にいることが当たり前だと思っていたんですよね。でも、逐一思い返す作業をしてみると、紆余曲折があったし、挫折もしたんです。」

記事引用:anan-web

 

 

宮野さんは目立ちたがり屋だったことから人から見てもらうことが気持ちよく、この頃からすでに芸能界で生きていくと思っていました。

 

また当時のことについては売れない子役だったことから、しっかり学校には通っていたと明かしています。

 

宮野さんは父親がトイレ好きだったことから夏休みの自由研究では、毎年トイレットペーパーホルダーを作ってプレゼントしていました。

 

小学校時代には好きな女子と手紙交換をしており、文通をしていたとインタビューで語っています。

 

宮野さんは小学生の頃からサッカーをはじめています。

 

 

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宮野真守の学歴~出身中学校(上福岡市立福岡中学校)の詳細

 

出身中学校:埼玉県 上福岡市立福岡中学校(有力) 偏差値なし

※現在はふじみ野市立福岡中学校

 

 

 

宮野真守さんの出身中学校は、埼玉県上福岡市(現在はふじみ野市)内の公立校の福岡中学校が有力です。

 

中学時代はサッカー部に在籍して部活動に打ち込んでいました。

 

また中学生の頃には好きな女子に告白をしており、両想いになりましたがそれ以降はその相手と話せなくなり無視をしてしまったというエピソードを明かしています。

 

宮野さんは好き同士になった瞬間に喋れなくなり、本人によればこの頃はシャイボーイだったといいます。

 

加えて中学時代は「友達に誘われたい待ちして、誘われない人だった」とインタビューで話しています。

 

仕事面では中学時代は主に子役として活動しており、テレビドラマ「3年B組金八先生」のSPドラマに出演していました。

 

 

ちなみにこのテレビドラマには、現在は声優として活動している木村良平さんも生徒役として出演していました。

 

【主な卒業生】

新田恵利(タレント・元おニャン子クラブ)

川村陽介(俳優)

 

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宮野真守の学歴~出身高校(埼玉県立和光国際高校)・大学の詳細

 

出身高校:埼玉県 和光国際高校 偏差値63(やや難関)

 

 

 

宮野真守さんの出身高校は、県立の共学校の和光国際高校です。

 

この高校は1987年開校の公立校で英語教育に重点を置いており、海外へのホームステイや留学生の受け入れを積極的におこなっていることで知られています。

 

また同校は以下の2つの学科を設置していますが、宮野さんがどちらの学科に在籍したかは不明です。

 

外国語:偏差値63

普通:偏差値63

 

いずれにしても宮野さんはこの高校に一般受験で入学しており、勉強も得意でした。

 

また小学校時代から子役として活動しており、高校時代は3年間にわたり芸能活動をおこなっていました。

 

その一方で高校時代はサッカー部に在籍をしており、部活動にも励んでいました。

 

ただしサッカー部ではレギュラーではありませんでした。

 

 

宮野さんは俳優業もおこなっていたことからサッカー部を途中で辞めようと思ったこともあり、インタビューでは次のように振り返っています。

 

「なかなか満足に部活に参加できなくて、仲間に迷惑をかけていたなと思う時もたくさんあったんです。部活の仲間は、部活以外でも本当にかけがえのない時間をたくさん過ごした仲間で、そんな彼らに迷惑をかけるなら、部活を辞めた方がいいのかなと思ったこともありました。」

記事引用:MANTANWEB

 

しかし顧問の先生に相談をしたところ「ここまでやったんだから最後までいろよ」と言ってもらえたそうで、宮野さんはサッカー部に残ることを選んだと語っていました。

 

サッカー部の仲間とも非常に仲がよかったそうです。

 

また宮野さんは高校時代の体育祭のエピソードについてインタビューで次のように話しています。

 

「とにかく目立ちたかったんですよ。例えば体育祭の時は(応援団の)団長になりました。チームごとに色分けがあって自分たちはピンクだったので、ピンク・レディーを踊ったんです。そこで“ペッパー警部”を使わせていただいて自分のオリジナルの動きを入れたものを作りました。」

 

中学時代までは学校では今ひとつ目立たなかったそうですが、高校ではクラスの人気者になっています。

 

そのため宮野さんはインタビューでも「高校デビューした」と述べています。

 

またとにかく高校時代は充実していたようで、次のようにもコメントしています。

 

「僕の青春は高校時代です。高校時代に一緒にいた仲間は永遠だなって思うんですよ!なかなか会えないんですけど、でも一番バカやってはしゃいで笑いあった仲間だったりするので、会うとすぐ当時に戻るんですよね。その時間がずっと支えてくれる感覚です、大人になっても」

記事引用:マイナビニュース

 

仕事面では高校時代はオーディションに落ちまくっており、俳優としては仕事があまり多くありませんでした。

 

目立ったところでは高校2年生だった2000年に、オムニバスドラマの「手塚治虫劇場Ⅰ」に出演した程度です。

 

しかもこのドラマも端役での出演でした。

 

そのため当時はかなり悩んでいたことを明らかにしています。

 

「でも高校生の時まで悩んでて。結構、うまくいかなくて。「舞台をやる」っつってもちょい役だったり。「テレビに出る」って言ってもエキストラだったりとかしたから。なんか「ああ、これはヤバいな」って。それで、歳だけ重ねちゃって。子役にはもうなれなくて」

 

宮野さんは高校3年生だった2001年に、海外ドラマ「私はケイトリン」の主要キャストのオーディションに合格したことではじめて声優に挑戦しています。

 

当時のことについてインタビューでは次のように話しています。

 

「海外ドラマで1年間レギュラーのお仕事をいただき、そこから道が開けました。最初モノを食べる芝居ができなくて悩んでいたら、当時のディレクターに僕の口の中にみかんをバーッて突っ込まれて“これでしゃべっとけ”って。それからOKはもらったんですけど、こういう職人芸もあるなって思いました」

記事引用:TVer

 

声優をはじめた当初は戸惑いもありましたが、1年間に渡って声優としての技術を現場で叩き込まれたことは非常にいい経験だったと語っています。

 

またこの経験によって、声優の道が開けました。

 

当時は学校帰りに収録をおこなっており、制服を着たまま参加したこともありました。

 

【主な卒業生】

諏訪ななか(声優)

 

大学には進学していない

 

なお宮野さんは高校卒業後は大学などには進学しておらず、芸能活動に専念しています。

 

出身高校のレベルからすれば大学に進学できる学力を有していましたが、劇団ひまわりの全日コースに所属して演技を磨いています。

 

ただし最後の最後まで進学するか迷っており、卒業直前に担任の先生に「今からでも進学って大丈夫ですか?」と聞いて驚かれたエピソードを明らかにしています。

 

その際には音楽学校を勧められていますが、オーディションの話が舞い込んできたので進学は諦めています。

 

以降はアルバイトをしながらレッスンに打ち込んでいます。

 

ただし非常にレッスンは厳しくきつかったと明かしています。

 

23歳だった2006年にテレビアニメ「DEATH NOTE」の主役の声に起用されて、声優としての知名度を大幅に上昇させています。

 

 

また2008年にはファーストシングル「Discovery」でメジャーデビューを飾っています。

 

歌手としては「カノン」や「シャイン」、「テンペスト」などのヒット曲をリリースしており、日本武道館で単独公演をおこなったこともあります。

 

 

また声優としては「桜蘭高校ホスト部」や「イナズマイレブン」、「弱虫ペダル」などの話題作のテレビアニメの主役の声に起用されています。

 

そのためYOUTUBEの公式チャンネルも好評です。

 

 

今後の活動にも注目ですね

 

以上が宮野真守さんの学歴と学生時代のエピソードのまとめです。

 

声優や歌手としての実績は周知の通りで、いずれも成功を収めています。

 

 

また近年は俳優としても注目を集めており、主演作の舞台も増えてきています。

 

人柄も大変よく人望にも厚い人物なので、さらなる飛躍にも期待です。

 

 

経歴/プロフィールの詳細

 

小学生の頃から劇団ひまわりに所属して、1993年の映画「水の旅人」で子役デビュー。 

1995年の「3B組金八先生」でドラマ初出演。 

2002年から声優としても活動して、「桜蘭高校ホスト部」やDEATH NOTE」、「機動戦士ガンダム00」などに出演。 

2007年にシングル「久遠」で歌手デビューし、2013年の9THシングル「カノン」で初のオリコンTOP10入り(3位)

2010年の「Wonderful World」で映画初主演。 

2015年に「シャイン」がオリコン1位を獲得。

2018年にNHK紅白歌合戦に出場。

2023年に「ぐるぐるナイティナイン」の「ゴチになります」にレギュラー出演。

舞台への出演も多く、「テニスの王子様」や「ノブナガ・ザ・フール」、「髑髏城の七人」などに出演。 

他にも海外ドラマの吹き替えやナレーションなども多い。 

私生活では200812月に一般人女性と結婚している。

 

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