マツモトクラブの学歴と経歴|出身は工学院大学附属高校!大学や中学校の偏差値と若い頃のイケメン画像

 

お笑い芸人のマツモトクラブさんの出身高校の偏差値などの学歴情報をお送りいたします。「R-1グランプリ」などで活躍するマツモトさんですが、どのような学生生活を送っていたのでしょうか? 学生時代のエピソードや情報、若い頃のイケメン画像なども併せてご紹介いたします

 

マツモトクラブ

 

 

1976年6月8日生

身長171㎝

血液型はA型

 

東京都調布市出身のお笑い芸人

本名は松本洋平(まつもと ようへい)

 

以下ではマツモトクラブさんの出身校の偏差値や学生時代のエピソードなどをご紹介いたします

 

目次

マツモトクラブの学歴まとめ

 

出身専門学校:東放学園放送専門学校

出身高校:工学院大学附属高校

出身中学校:調布市立第三中学校

出身小学校:調布市立第二小学校

 

マツモトクラブの学歴~出身小学校(調布市立第二小学校)の詳細

 

出身小学校:東京都 調布市立第二小学校

 

 

 

マツモトクラブさんの出身小学校は、地元東京都調布市内の公立校の調布市立第二小学校です。

 

開発ユニット「AR三兄弟」の川田十夢さんとは、小学校・中学校の同級生です。

 

(川田さんと。マツモトさんは右)

 

子供の頃や小学校時代のエピソード

 

マツモさんは子供の頃から人を笑わせたり、面白いことをすることが好きでした。

 

小学2年生の頃には、川田さんと一緒にネタ作りをしたこともありました。

 

また小学生時代のマツモトさんは賑やかなタイプで、仲の良い友人と共にお楽しみ会をしたり、他の学年のクラスに休み時間に入っていき、ビートたけしさんのCMのモノマネを披露することもあったといいます。

 

そのため小学校時代は目立つ存在でした。

 

マツモトクラブの学歴~出身中学校(調布市立第三中学校)の詳細

 

出身中学校:東京都 調布市立第三中学校 偏差値なし

 

 

 

中学校時代のエピソード

 

中学時代はバスケットボール部に在籍をして、部活動に打ち込んでいました。

 

マツモトさんは運動神経が良かったことから、サッカー部に助っ人として呼ばれていました。

 

また足が速かったことからリレーの選手にも選ばれていたとのことです。

 

意外にも中学校入学後には、人前でお笑いを披露するような目立つことはしなくなりました。

 

当時のことについてはインタビューで次のように話しています。

 

「中学は、いろんな小学校から人が集まりますし、当時はヤンキー文化が今よりずっと華やかな頃。とくに僕の地元の調布、府中、立川、八王子あたりはヤンキーが多くて、彼らが怖かったからなるべく目立たないようにしてました。」

引用元:SonyMusic

 

勉強はさほど得意ではなかったことから、高校受験の際にもギリギリで学習塾に通いました。

 

【主な卒業生】

高田純次(タレント)

高田夏帆(女優)

相馬勇紀(サッカー日本代表)

 

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マツモトクラブの学歴~出身高校(工学院大学附属高校)の詳細

 

出身高校:東京都 工学院大学附属高校 偏差値56~60(現在)

 

 

 

マツモトクラブさんの出身高校は、私立の男子校(当時)の工学院大学附属高校です。

 

この高校は1944年開校の工学院大学の系列の私立高校です。

 

マツモトさんが在籍した当時は男子校でしたが、2002年に男女共学化されています。

 

またこの高校の現在の偏差値は56~60程度ですが、当時は現在ほどのレベルではありませんでした。

 

出身が工学院大学附属高校である理由

 

マツモトさんは出身高校を明らかにしていませんが、公式ブログで京王八王子駅から工学院大学西経由楢原町行きのバスで高校に通学していたことを明らかにしています。

 

この路線にある高校は工学院大学附属高校と都立の八王子北高校の2校です。

 

そしてマツモトさんのnoteによれば、通学していた高校は男子校で、大学の付属高校でした。

 

「今考えると、うちは決して裕福な家庭環境ではなかったはずなのに、大学付属の高校に入っておけば高校の卒業式で寂しい想いをしないですむし、大学受験に対する労力も付属のほうがだいぶ和らぐだろう、という幼稚な考えから、お金のかかる私立を自ら選び、その上で大学にも行かなかった自分の頭をゲンコツすべきだと感じている。」

記事引用:note

 

前記のように当時の工学院大学附属高校は男子校で、言うまでもなく大学の付属高校です。

 

そのためこの高校の出身者で間違いないはずです。

 

高校時代のエピソード

 

高校時代は帰宅部で、部活動などはおこなわなかったようです。

 

また高校時代もお笑い芸人に憧れはありましたが、人前で話すことは得意ではなかったことから、お笑いを披露することもなく自分にはできないと思っていました。

 

しかし仲の良い友人には一人二役で学校の先生のモノマネをするなどふざけており、このことについてはインタビューで次のように話していました。

 

「そのときやっていたのが、自分がパーソナリティになって作るラジオ番組。『今日のゲストは〇〇先生です』と、一人二役で高校の先生のモノマネを披露しながら、曲をかけたりする。そんなカセットテープを作り、友達に渡して聞いてもらってました。」

引用元:SonyMusic

 

カセットテープを配る友人は3人だけでしたが、友人からも好評で面白いと言われると嬉しかったと当時を振り返っています。

 

マツモトクラブさんは高校生の夏休みに深夜、映画を見ていたときに作品を作る側の人になりたいと思ったとのことで、インタビューでは次のように話しています。

 

「それが『12人の優しい日本人』という作品。ひとつの会議室だけで映画が1本できて、しかも面白いのがすごい! と思った。最初はつくる側になりたいと、大学附属の高校に通っていたのに大学に行くのをやめて、東放学園という専門学校に進学しました。まあ大学には成績的に行けなかったというのもありますけど(笑)。」

引用元:PICT-UP

 

当初は海外留学を経験することができる英語の専門学校への進学を希望していましたが、試験に落ちて進学できませんでした。

 

そして進学先の専門学校の案内がたくさん掲載されている本の診断チャートをしたところ、クリエイター系が向いているという診断が出たことも進学先の決め手になったようです。

 

【主な卒業生】

古川毅(俳優)

 

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マツモトさんは高校卒業後は、東放学園放送専門学校(偏差値なし)に進学しています。

 

 

 

この専門学校はテレビのディレクターを目指す人が進学するような学校で、授業では短篇映画の制作などをしていました。

 

短編映画などに出演していくうちに、俳優志望になっています。

 

当初は舞台俳優として活動

 

そして専門学校卒業後は、「劇団シェイクスピアシアター」に在籍して舞台俳優としての活動を開始しています。

 

 

35歳だった2011年に、お笑い芸人に転向しています。

 

するとR-1ぐらんぷりなどの賞レースで結果を残して、人気芸人になっています。

 

 

今後のさらなる飛躍にも期待が高まります。

 

 

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