宮世琉弥の学歴と経歴|出身高校大学や中学校の偏差値と学生時代のエピソード

 

俳優の宮世琉弥さんの出身高校の偏差値などの学歴情報をお送りいたします。このところ人気が上昇している宮世さんですが、どのような学生生活を送っていたのでしょうか? 学生時代のエピソードや情報、当時のかっこいい画像なども併せてご紹介いたします

 

宮世琉弥(みやせ りゅうび)

 

 

2004年1月22日生

身長176㎝

血液型はAB型

 

宮城県石巻市出身の俳優、ファッションモデル

「MiLK」の元メンバー

本名は亀井琉弥(かめい りゅうび)

 

以下では宮世琉弥さんの出身校の偏差値や学生時代のエピソードなどをご紹介いたします




 

宮世琉弥の学歴~出身高校(堀越高校)・大学の詳細

 

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出身高校:堀越高校 トレイトコース(有力) 偏差値37(かなり容易)

 

 

 

宮世琉弥さんの出身高校は、堀越高校のトレイトコースが有力です。

 

宮世さんは小学校時代に芸能界入りをしていたことから、より幅広く芸能活動をおこなうためにこの高校の芸能コースにあたるトレイトコースに進学をしたようです。

 

また高校に上がるタイミングで宮城県から上京しています。

 

高校1年生の時のインタビューでは得意教科について、世界史と現代社会、数学だと公言していました。

 

その理由については次のように話しています。

 

「世界史は、歴史上のいろんな人物が知れるし、この人はこのとき何を考えていたんだろうって想像するのが好きなので楽しいです。数学も問題を解いているときが楽しくて好きなんですよね。」

 

また苦手な教科は国語とのことで、比喩表現などの意味が分からないと語っていました。

 

とは言え、読書は好きなようです。

 

宮世さんはダンス&ボーカルユニット「MiLK」のメンバーとして活動をしていましたが、高校1年生だった2020年1月に俳優業に専念するために板垣瑞生さんとともにグループを脱退をしました。

 

 

 

以降は俳優業が中心になっていき、高校時代には「青のSP」や「ナイト・ドクター」などの話題作のテレビドラマにレギュラーとして起用されています。

 

高校3年生の時にテレビドラマ「もしも、イケメンだけの高校があったら」に出演した際には、インタビューで次のように話していました。

 

「今高校3年生なのですが、すごくやりたかった学園もののドラマに高校生の間に出演できることがうれしかったです。」

 

 

その他にもファッションモデルとしても活動しており、「東京ガールズコレクション」などのランウェイにも出演しています。

 

 

宮世さんはカメラも好きで「宮城の震災についての映画を作るために監督になる」という夢に向けて、少しずつ触りはじめているとのことです。

 

なお宮世さんは高校卒業後は大学には進学しておらず、芸能活動に専念しています。

 

高校を卒業した2022年の4月に、初のカレンダー発売記念のイベントに出演した際に、俳優一本でやっていくことを明らかにしています。

 

高校を卒業したことで活動の幅も広がりそうなので楽しみです。

 

 

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宮世琉弥の学歴~出身中学校(東松島市立矢本第一中学校)の詳細

 

出身中学校:宮城県 東松島市立矢本第一中学校 偏差値なし

 

 

 

宮世琉弥さんの出身中学校は、宮城県東松本市内の公立校・東松島市立矢本第一中学校です。

 

中学校を卒業した際の制服姿の画像でこの中学校の出身者であることが判明しています。

 

 

中学3年生だった2018年に、「MiLK」に加入しています。

 

そのため以降は仕事で学校にはあまり行けておらず、練習に参加をしていないままで卒業式を迎えたため、恥ずかしい思いをしたそうです。

 

このことについてインタビューでは次のように話していました。

 

「何を歌うのかも、どのタイミングでお辞儀をするのかもわからないまま式に出たら、全然違うタイミングで僕だけ歌っちゃって、ひとり目立ったっていう(笑)。しかもそれをお母さんが動画で撮っていて、家に帰ったあとにみんなの前で見せられたという恥ずかしい思い出があります(照)。」

 

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宮世琉弥の学歴~出身小学校の詳細

 

 

出身小学校:不明

 

宮世琉弥さんの出身小学校は、東松島市内の公立校のようですが校名などは不明です。

 

ただし出身中学校の校区からすれば、以下の3校のいずれかの可能性が高そうです。

 

東松島市立矢本東小学校

東松島市立矢本西小学校

東松島市立大塩小学校

 

家族構成は両親と妹3人の6人家族です。

 

 

一番下の妹とは年が離れていることから、小さい子供と遊ぶのが得意になったとのことです。

 

「琉弥(りゅうび)」という珍しい名前は、父親が「三国志」が好きだったことから、主人公のひとりの「劉備玄徳(りゅうび げんとく)」に由来しています。

 

宮世さんは自身の父親についてインタビューで次のように語っていました。

 

「僕のお父さんが働いている姿をよく見てきたのですが、社員さんや目上の人に対しての対応をしっかりする“強いお父さん”を小さい頃から間近で見てきたことは大きいですし、そういった体験ができてきてよかったなと思います」

 

小学1年生の時に東日本大震災で被災をしており、当時のことは鮮明に覚えているといいます。

 

母親と一緒にいるときに地震が起こっており、かなり揺れて自宅に帰ろうとしたときに津波が来て、車が流されてしまったとのことです。

 

宮世さんは「本当にたまたま生き残ったという感じなんですけど」と当時を振り返っていました。

 

この経験がきっかけで役者になりたいと思うようになったとのことで、インタビューでは次のように話しています。

 

「きっかけというか、そんなギリギリの状況を経験した自分だからこそ、東日本大震災の被災者としてたくさんのことをお芝居を通して伝えられる役者さんになりたいと思いました。」

 

この震災後に復興祭があり、ももいろクローバーZが宮城県に来て、みんなの前で披露してくれました。

 

宮世さんはその時に輝いている百田夏菜子さんを見て、非常に感動したとのことです。

 

そんな時にスーパーを歩いていたところ、偶然にもスカウトをされており、芸能事務所に所属することになりました。

 

 

宮世さんが小学5年生の時でした。

 

宮世さんは当時から「人に感動を与えられる人になりたい」という気持ちがあったことを明かしています。

 

以上が宮世琉弥さんの学歴と学生時代のエピソードのまとめです。

 

当初はダンス&ボーカルグループ「MiLK」のメンバーとして活動していましたが、後に俳優に転身しています。

 

このところは話題作のテレビドラマや映画にレギュラーとして起用されており、ブレイクの兆しも見られます。

 

 

今後のさらなる活躍にも期待が高まります。

 

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