ピン芸人のチャンス大城さんの出身高校の偏差値などの学歴情報をお送りいたします。「R-1グランプリ」などで注目を集めるチャンス大城さんですが、学生時代はイジメられまくっており、山に埋められたこともありました。学生時代のエピソードや情報、若い頃のかっこいい画像なども併せてご紹介いたします
チャンス大城(ちゃんす おおしろ)
1975年1月22日生
身長162㎝
血液型はO型
兵庫県尼崎市出身のお笑い芸人
本名は大城文章(おおしろ ふみあき)
以下ではチャンス大城さんの出身校の偏差値や学生時代のエピソードなどをご紹介いたします
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チャンス大城の学歴まとめ
出身大学:進学せず
出身高校:伊丹市立高校 定時制課程
出身中学校:尼崎市立常陽中学校
出身小学校:尼崎市立武庫北小学校
チャンス大城の学歴~出身小学校(尼崎市立武庫北小学校)の詳細
出身小学校:兵庫県 尼崎市立武庫北小学校
チャンス大城さんの出身小学校は、地元兵庫県尼崎市内の公立校の武庫(むこ)北小学校です。
家族構成は両親と兄、姉の5人家族です(3人きょうだいの末っ子)。
子供の頃や小学校時代のエピソード
チャンス大城さんは幼少期から人を笑わせることが好きで、家族に愛されて伸び伸びと育ってきました。
自身の育った環境についてインタビューで次のように話しています。
「3人きょうだいの一番下でかわいがってもらってましたよね。末っ子ってのは何かできなくても『まあ、しょうがないな』みたいに許されてしまうんです」
引用元:Yahoo!ニュース
チャンス大城さんは小学生の頃から勉強が得意ではなく、中でも算数がかなり苦手でした。
2桁の足し算もスラスラとはできず、九九も言えなかったといいます。
また気が弱く小学生時代からいじめっ子から目を付けられていました。
そのため小学校に通うことが嫌で建物の陰で一日過ごしたこともあるそうです。
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チャンス大城の学歴~出身中学校(尼崎市立常陽中学校)の詳細
出身中学校:兵庫県 尼崎市立常陽中学校 偏差値なし
チャンス大城さんの出身中学校は、地元尼崎市内の公立校の常陽中学校です。
中学校時代は帰宅部で、部活動はおこなわなかったようです。
中学校に入学後もいじめられる状況はさほど変わりませんでしたが、14歳の頃に状況が変わりました。
中学校時代にお笑い芸人を志す
チャンス大城さんは中学2年生の時にダウンタウンが司会を務めたテレビ番組「4時にですよ~だ」の素人参加企画に出演が決まったことで救われており、当時のことについてインタビューで次のように話しています。
「テレビの素人参加番組に出演が決まって。ネタづくりが楽しくて、いじめられていることなんて気にならなかったですね。憧れのダウンタウンさんにも会えましたし」
引用元:Yahoo!ニュース
放送の翌日は学校ではヒーローのような存在となっていましたが、チャンス大城さんが目立つことを面白く思わなかった悪い生徒に呼び出されて番組の賞品を奪われることになりました。
それでもこの頃から本気でお笑い芸人を目指すようになりました。
チャンス大城さんは中学3年生の時に吉本総合芸能学院(NSC)に入所しており、同期には千原兄弟やFUJIWARAらがいました。
しかしNSCで現実を見ることになり、周囲を見て自信がなくなってしまったことから数ヶ月ほどでNSCに通わなくなってしまいます。
チャンス大城さんは自分がプロの道に進むことが想像できずに、当時はお笑いの道に背を向けて高校進学をしています。
このことについてはインタビューで次のように話しています。
「高校に行くから吉本に行けないっていう言い訳が欲しかっただけ。ビビッてたんですよ」
引用元:Yahoo!ニュース
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チャンス大城の学歴~出身高校(伊丹市立高校)の詳細
出身高校:兵庫県 伊丹市立高校 定時制課程 偏差値30台前半(かなり容易)
※現在は阪神昆陽高校
チャンス大城さんの出身高校は、市立の共学校の伊丹市立高校です。
この高校は1907年開校の伝統校でしたが、2015年に県立の阪神昆陽(こや)高校に統合されて閉校しています。
また同校は全日制課程(偏差値は44~54)と定時制課程を設置していましたが、チャンス大城さんは定時制課程に在籍していました。
チャンス大城さんは高校に通う傍ら、飲食店や土木関係のアルバイトをしていました。
しかし高校生になってもいじめられっ子体質は変わらず、すぐに悪い人から目を付けられてアルバイトで稼いだお金を巻き上げられていたとのことです。
そのため当時は電話が鳴るたびにビクッとする日々の繰り返しだったと当時を振り返っています。
高校時代に山に埋められていた
また高校3年生の時にアルバイト先で悪い先輩とトラブルになり、この高校の同級生だった和田英雄さんと共に山に埋められたというエピソードを語っていました。
チャンス大城さんは六甲山にある有名な心霊スポットに連れて行かれて、そして穴を掘らされて自分が掘った穴に首まで埋められた上に首の周辺を工事用の凝固剤みたいなもので埋められています。
最終的にはたまたま軽トラで通りかかった施設の管理人のような人に助けられています。
とは言え、高校時代には大好きだったインディーズバンドのライブに足を運んだり、バイクで毎週海や山に出かけたり、楽しいこともあったようです。
チャンス大城さんは高校生活を振り返っても悲しいことばかりを覚えていると語っていました。
そして高校卒業間近に同級生からお笑いの道に誘われたことから、再びNSCに入所をしています。
大学には進学していない
そのため高校卒業後は大学には進学せずに、プロのお笑い芸人を目指しています。
再入学したNSCでは、「ブラックマヨネーズ」や「次長課長」、「野性爆弾」、「チュートリアル」の徳井義実さんらと同期でした。
チャンス大城さんは当初はトリオを組んでいましたがすぐに解散して、その後は高校の同級生の和田英雄さんとお笑いコンビ「ビッグママ」を結成しましたが2年で解散しています。
以降も複数のコンビに在籍していましたが結成と解散を繰り返して、28歳だった2003年からピン芸人として活動しています。
ピン芸人としてもなかなか芽が出ませんでしたが、2025年の「R-1グランプリ」の決勝に進出してにわかに注目を集めています。
この大会の結果次第では、ブレイクの可能性もあります。
今後のさらなる飛躍にも期待が高まります。
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