お笑いコンビ「ますだおかだ」の増田英彦さんの出身高校や大学の偏差値などの学歴情報をお送りします。俳優としても活動している増田さんですが、どのような学生生活を送っていたのでしょうか? 学生時代のエピソードや情報、若い頃のかっこいい画像なども併せて紹介いたします
増田英彦(ますだ ひでひこ)
1970年2月9日生
身長160㎝
血液型はO型
大阪府守口市出身のお笑いタレント
お笑いコンビ「ますだおかだ」のボケ担当
本名同じ
以下では増田英彦さんの出身高校や大学の偏差値、学生時代のエピソードなどをご紹介いたします
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増田英彦の学歴まとめ
出身大学:関西外国語大学短期大学部→関西外国語大学
出身高校:大阪電気通信大学高校
出身中学校:守口市立梶中学校
出身小学校:守口市立梶小学校
増田英彦の学歴~出身小学校(守口市立梶小学校)の詳細
出身小学校:大阪府 守口市立梶小学校
増田英彦さんの出身小学校は、地元守口市内の公立校・守口市立梶小学校です。
桂三度さんとは小学校でも同級生でした。
家族構成やきょうだいの有無については現時点では情報がなく不明です。
増田さんは物心ついた頃から漫才が大好きで、小学校時代の将来の夢は漫才師になることでした。
増田英彦の学歴~出身中学校(守口市立梶中学校)の詳細
出身中学校:大阪府 守口市立梶中学校 偏差値なし
増田英彦さんの出身中学校は、地元大阪府守口市内の公立校・守口市立梶中学校です。
この中学校では落語家の桂三度(世界のナベアツ)さんと同級生でした。
増田さんは中学2年生の頃には「ABC漫才・落語新人コンクール現・ABCお笑い新人グランプリ)」で優勝したお笑いコンビ「ダウンタウン」を見て、増田さんもいつか優勝したいと思いました。
このことについてインタビューでは次のように話しています。
「あの頃、漫才はもう古臭いみたいな空気があった。でも、ダウンタウンさんを観て、漫才って、やっぱりカッコいいやん、って。そのとき、この賞、いつか絶対獲ったるって思ったんですよ」
記事引用:Number web
また中学2年生の時のバレンタインデーに女子からはじめて告白をされています。
【主な卒業生】
中川家(お笑いコンビ)
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増田英彦の学歴~出身高校(大阪電気通信大学高校)の詳細
出身高校:大阪府 大阪電気通信大学高校 偏差値41(容易)
増田英彦さんの出身高校は、私立の共学校の大阪電気通信大学高校です。
この高校は1941年開校の大阪電気通信大学の系列校の私立高校です。
高校時代は柔道部に在籍をして、部活動に打ち込んでいました。
増田さんはプロレスラーを志して、柔道部に入部をしました。
また高校3年生の時には、リングアナウンサーを志し、プロレスラーのアントニオ猪木さんに手紙を書いており新日本プロレスの事務所に押し掛けたこともあったようです。
その他にも高校時代には親戚の八百屋で、商品を自転車で運ぶアルバイトも経験しています。
【主な卒業生】
石橋正次(俳優)
小谷純久(気象予報士)
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増田英彦の学歴~出身大学(関西外国語大学・関西外国語大学短期大学部)の詳細
出身大学:関西外国語大学短期大学部 米英語学科 偏差値47(やや容易)
増田英彦さんは高校卒業後は、関西外語大学短期大学部に進学します。
ただし現役での合格ではなく、1年間の浪人生活を経ての進学でした。
この短大では英米語学科に在籍して、英語を勉強していました。
お笑いコンビ「ますだおかだ」の相方の岡田圭右さんとは、短大時代の同級生でした。
短大時代は演劇部に在籍をしていました。
また岡田さんや他の同級生と複数のお笑いコンビを結成して、キャンパス内でライブを開催するなどの活動をしています。
増田さんは当時のことについてはインタビューで次のように話しています。
「お笑いライブばっかりやってまして。学生時代最後に“さすがに芝居やろう”と稽古までしたのに、岡田が事故で骨折しまして“閉店ガラガラ”となりました」
記事引用:スポニチ
大学2年生の時に岡田さんにお笑い養成所「吉本総合芸能学院(NSC)」に通おうと誘いましたが断られており、加えて当時の彼女にフラれています。
増田さんは自暴自棄になり、「旅に出よう」と思って日本一周旅行に出かけていますが、旅から帰ってもモヤモヤとした気持ちが晴れることはありませんでした。
そんな時にCMで「レース場で待ってるぜ!ボートレーサー募集中」と流れてきたため、調べて見たところボートレーサーは「平均年収が1600万円。最低でも500、600万円」ということを知って受験しようと思いました。
増田さんは短大卒業後は系列の関西外国語大学の外国語学部英米語学科(偏差値50)に編入しています。
大学3年生の時に、競艇選手の本栖研修所70期生への入学試験を受けています。
試験では体重制限があるため、試験までの2ヶ月間は昼食はりんごで夜は寒天という生活を送り5kgの減量を果たしました。
そして1,600人の受験者の中から60人に選出されて合格をしています。
しかし1週間の仮入所を経て「自分には(競艇選手が)向いてないんじゃないかと思った。それに、やっぱり漫才師になりたかった」として辞退しました。
ボートレーサーになるためには大学を中退か休学をしなければいけなかったこともあって、辞退に気持ちが傾いたとのことです。
増田さんは大学4年生の時には就職活動をおこない、内定をもらいました。
そして学園祭の実行委員会を務めていたところ岡田さんとともに松竹芸能からスカウトをされており、このことについては「あきらめた夢が向こうからやってきたのよ」と語っていました。
そのため以降は岡田さんとともに松竹芸能の養成所に入所しています。
なお増田さんは学業もしっかりおこなっており、大学はキッチリと卒業しています。
ただしともに養成所に通っていた岡田さんが芸能界入りに難色を示したことから、いったんはお笑いの世界を離れて広告代理店の大広に入社します。
同社の同期入社の社員の中には、俳優の佐々木蔵之介さんもいました。
しかし岡田さんの説得に成功したことから同社はわずか9カ月間で退職して、1993年に正式にお笑いコンビ「ますだおかだ」を結成しています。
すると翌年には若手コンビの登竜門の「ABCお笑い新人グランプリ」で、最優秀新人賞を受賞しています。
2002年にはM-1グランプリに優勝してブレイクしています。
以降は順調にキャリアを重ねて、人気お笑いコンビになっています。
以上が「ますだおかだ」増田英彦さんの学歴と学生時代のエピソードのまとめです。
コンビはデビュー以降は着実に実力をつけて、現在では実力派コンビのひとつに数えられるほどです。
またコンビでの活動のほか、俳優としてもテレビドラマや映画に出演するなどマルチな活動を展開しています。
今後の活躍にも期待です。
経歴・プロフィールの詳細
1992年に岡田圭右とともに松竹芸能タレント養成所に入所し、同期にはオセロらがいる。
1993年にお笑いコンビ「ますだおかだ」を結成しデビュー。
1994年に「ABCお笑い新人グランプリ」と「NHK上方漫才コンテスト」で、最優秀新人賞を受賞して注目される。
以降は正統派の漫才でキャリアを重ね、2002年にM-1グランプリで優勝。
2005年のドラマ「恋愛内科25時」で俳優デビューし、他にも「カーネーション」や「戦力外捜査官」、「ルーズヴェルト・ゲーム」などの連続ドラマにも出演。
2008年に「増田政夫」名義で歌手デビュー。
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