権田修一の学歴と経歴|出身高校大学や中学校の偏差値と学生時代のエピソード

 

サッカー選手の権田修一さんの出身高校の偏差値などの学歴情報をお送りいたします。日本代表でも守護神を務める権田さんですが、どのような学生生活を送っていたのでしょうか? 学生時代のエピソードや情報、当時のかっこいい画像なども併せてご紹介いたします

 

権田修一(ごんだ しゅういち)

 

 

1989年3月3日生

身長187㎝

血液型はA型

 

東京都世田谷区出身のサッカー選手

本名同じ、愛称は「ゴンちゃん」

 

以下では権田修一さんの出身校の偏差値や学生時代のエピソードなどをご紹介いたします




 

権田修一の学歴~出身高校(国士舘高校)・大学の詳細

 

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出身高校:東京都 国士舘高校 偏差値51~55(コース不明のため)

 

 

 

権田修一さんの出身高校は、私立の共学校の国士舘高校です。

 

この高校は1917年開校の国士舘大学の系列の私立高校で、スポーツが盛んなことで知られています。

 

特に男子柔道部は全国的な強豪で、数々のオリンピック代表選手を輩出しています。

 

また同校は以下の2つのコースを設置していますが、権田さんがどちらのコースに在籍したかは不明です。

 

選抜:偏差値55

進学:偏差値51

 

この高校に在学中は、1学年上に俳優の中村倫也さんも在籍していました。

 

権田さんはこの高校のサッカー部ではなく、FC東京のユースで競技に打ち込んでいました。

 

 

詳細は後述しますが、中学時代にクラブユース選手権で優勝をして日本一になっているにも関わらず、年代別代表チームに行くと権田さんは試合に出場できないということが高校1年生の春まで続きました。

 

このことは人生での挫折の中でも一番印象に残っているそうです。

 

試合に出場できなかった期間は焦りを感じ、いくらチームが勝っても代表チームでは個人が評価されるため、かなり練習を重ねていました。

 

また権田さんはサッカーと学業の両立は大変だったとのことで、ほとんどできていなかったことを明かしています。

 

両親は権田さんに勉強もして欲しかったようですが、当時の権田さんの日々を見て大変であることは分かってくれていたとのことです。

 

とは言え、最低限の成績だけは取るように言われており、中でも体育に関しては成績の5を取らなければサボっているのと同じだと言われたことを明かしています。

 

高校2年生だった2005年10月に2種登録選手として登録されており、トップチームの練習に帯同しはじめました。

 

そして高校3年生の時に正式にFC東京トップチームに昇格をしています。

 

【主な卒業生】

斎藤仁(柔道オリンピック金メダリスト)

鈴木桂治(柔道オリンピック金メダリスト)

小金沢昇司(演歌歌手)

落合福嗣(声優)

 

なお権田さんは高校卒業後は大学には進学しておらず、サッカーに専念しています。

 

FC東京ではしばらく控えでしたが、20歳だった2009年にレギュラーに定着します。

 

 

この年にははじめて日本代表に選出されています。

 

日本代表では長らく川島永嗣さんの控えでしたが、2018年から正GKに起用されています。

 

 

 

2022年のカタールワールドカップでの活躍も期待ですね。

 

川島永嗣の学歴と経歴|出身高校大学や中学校の偏差値と若い頃のかっこいい画像

 

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権田修一の学歴~出身中学校(世田谷区立弦巻中学校)の詳細

 

出身中学校:東京都 世田谷区立弦巻中学校 偏差値なし

 

 

 

権田修一さんの出身中学校は、地元東京都世田谷区内の公立校・世田谷区立弦巻中学校です。

 

この中学校は学区内に全寮制の柔道私塾・講堂学舎があったことから(現在は閉塾)、多くの柔道選手を輩出していることで知られています。

 

中学時代からFC東京のU-15に所属をしていました。

 

FC東京のU-15に入り、権田さんは練習量の多さに驚いており、それまでは週2日だけだった練習が週5日になっています。

 

そのためこの環境に慣れるまでに本当に疲れたとのことで、インタビューでは当時のことについて次のように話しています。

 

「小学生の頃に満員電車に乗ることなんてなかったけれど、U-15の練習に通うために満員電車に乗ることも多くなってストレスを感じたり、口内炎が出来たこともありました。しかも、中学生になって周りも新しい環境になりましたからね。本当に生活のペースに慣れるまでが大変でした。」

 

権田さんはサッカーを辞めようとは思いませんでしたが、中学入学後の最初の3ヶ月は人生で一番きつかったと語るほどです。

 

権田さんは小学生の頃から漠然と将来はプロになりたいと思っていましたが、FC東京のU-15に入ったことで、本格的にプロの道に進みたいと思うようになりました。

 

当時は隣のグランドでトップチームが練習をしており、夏休みには当時のFC東京の主力選手だったアマラオさんや土肥(洋一)さんがいる環境だったことから、一緒にプレーをしたいという気持ちが芽生えています。

 

なお中学3年生だった2003年にはクラブユース選手権で優勝をしており、日本一のチームとなっています。

 

権田さんは日本一のチームのゴールキーパーでしたが、年代別代表チームに行くと試合に出ることができずに相当悔しい思いをしました。

 

【主な卒業生】

古賀稔彦(柔道オリンピック金メダリスト)

吉田秀彦(柔道オリンピック金メダリスト)

大野将平(柔道オリンピック金メダリスト)

 

川島永嗣の学歴と経歴|出身高校大学や中学校の偏差値と若い頃のかっこいい画像

 

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権田修一の学歴~出身小学校(川崎市立鷺沼小学校・世田谷区立弦巻小学校)の詳細

 

出身小学校:神奈川県 川崎市立鷺沼小学校

 

 

 

権田修一さんが入学したのは、川崎市内の公立校・川崎市立鷺沼小学校です。

 

家族構成は両親と弟の4人家族のようです。

 

 

両親ともにバスケットボール選手で、父親は実業団に所属をしていました。

 

また弟もバスケットボールで都選抜というスポーツ一家で育っています。

 

父親は身長180cm台で母親も170cm台ということもあり、権田さんも体格に恵まれています。

 

幼稚園の頃から元気が有り余る少年だったことから、母親がサッカーをさせたことがきっかけで権田さんのサッカー人生がはじまりました。

 

加えてチームスポーツであるサッカーをすることで協調性を身につけてほしいという思いもあったようです。

 

小学生の頃には川崎市内のクラブチームでサッカーをしていました。

 

小学3年生の時に世田谷に引っ越しをしており、駒沢公園のサッカースクールに通いはじめましたが、土曜日と日曜日は引っ越し後も川崎市内のクラブチームに通っていました。

 

そしてゴールキーパーとして神奈川県選抜に選ばれています。

 

 

権田さんはゴールキーパーになったきっかけについてインタビューで次のように話していました。

 

「きっかけは、1994年にテレビで見たアメリカ・ワールドカップの時の映像でした。金髪を頭の後ろで結んだアメリカ代表のトニー・メオラが、上半身裸になって砂場でセービングの練習をしているところを見て、『カッコいいな』と思ったことです。」

 

権田さんは当時サッカーがあまり上手くなかったとのことで、リフティングもできないし足も遅かったため、恐らくフィールドプレイヤーであれば試合に出ることができなかったと語っています。

 

ゴールキーパーであれば試合に出られたため、好きだったと明かしています。

 

なお前記のように権田さんは小学校3年生の時に世田谷区に引っ越しましたが、小学校6年生の途中まで鷺沼小学校に越境通学していました。

 

そして世田谷区立弦巻小学校に転校して卒業しています。

 

 

 

以上が権田修一さんの学歴と学生時代のエピソードのまとめです。

 

決してエリート街道を進んできた選手ではありませんが、たゆまぬ努力で頭角を現しています。

 

このところは日本代表の守護神を務めるほどです。

 

 

今後のさらなる活躍にも期待が高まります。

 

 

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