山本美憂(やまもと みゆう)
1974年8月4日生
身長156㎝、体重49㎏
血液型はA型
神奈川県川崎市出身の総合格闘家、レスリング選手
以下では山本美憂さんの出身校の偏差値や学生時代のエピソードなどをご紹介いたします
学歴~出身高校・大学の詳細
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出身高校:東京都 トキワ松学園高校 偏差値50(当時・普通)
※卒業はアリゾナ州立大学語学学校
山本美憂さんが入学したのは、私立の女子高のトキワ松学園高校です。
この高校は1916年開校の伝統校です。
山本さんは高校時代もレスリング選手として活躍していますが、父親や妹の山本聖子さん、弟の山本KID郁榮さんらとトレーニングをしていたので高校の部活動には在籍していません。
高校1年生の2年生の時に全日本女子選手権に優勝していますが、高校1年生の時には年齢制限のために世界選手権には出場できませんでした。
しかし高校2年生の時に初めて出場した世界選手権では、いきなり優勝して世界にその名を知らしめています。
ただし高校2年生で世界の頂点に立ってしまったことで、急に力が抜けてしまったとインタビューで話しています。
「うれしかったのはもちろんですが、ずっと目標にしてきた世界選手権という舞台で、いきなり頂点に立ってしまったのですから、これからどうすればいいんだろうと、急に力が抜けてしまいましたね」
そんな頃世界選手権で対戦したアメリカの選手と仲良くなって、その選手の家にホームステイしながらアメリカの高校に留学してレスリングに打ち込むという話が浮上してきます。
山本さんは親にも相談せずに留学を決意して留学の準備をはじめて、すべてが整ったところで父親に留学を切り出しています。
父親は当初は反対しましたが自身も留学経験があったことや山本さんの熱意も伝わったことから、アメリカのアリゾナ州立大学の語学学校への留学が決まっています。
留学先の学校でもレスリング部に所属しており、言葉には苦労しましたがフレンドリーな性格だったことから、すぐに友達ができています。
またアメリカの生活があまりに楽しくて、ぜひ同じ経験をさせたいと思って、弟のKIDさんを呼び寄せています。
そして山本美憂さんは高校卒業後は大学に進学していません。
その後は帰国して20歳、21歳の時に世界選手権を連覇して再び世界の頂点に立っています。
しかし21歳の時に当時浦和レッズに在籍したサッカー選手の池田伸康さんと結婚して現役を引退しています。
その後は現役に復帰してオリンピックを目指しましたが、出場は叶いませんでした。
そして42歳だった2016年に総合格闘技に参戦しています。
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学歴~出身中学校
出身中学校:東京都 トキワ松学園中学校 偏差値50(普通)
山本美憂さんの出身中学校は、私立の女子校のトキワ松学園中学校です。
この中学校は出身高校に併設している系列校のため、高校へは内部進学で進んでいます。
中学時代も父親やきょうだいとトレーニングを重ねていることから部活動などは所属していません。
そして中学校1年生の時に全日本選手権に優勝していますが、この時も年齢制限のために世界選手権には出場できませんでした。
ただしこの際には「レスリングの天才少女」という異名をほしいままにしています。
ちなみに妹の山本聖子さんも同じ中学校・高校の出身です。
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学歴~出身小学校
出身小学校:東京都 トキワ松学園小学校
山本美憂さんの出身小学校は、私立の共学校のトキワ松学園小学校です。
この小学校もトキワ松学園の系列校ですが共学校のため、山本家の3きょうだいはすべてこの学校の出身です。
名前の「美憂」は父親が出場したミュンヘンオリンピックに因んでいます。
山本さんは小学校2年生の時に弟の影響でレスリングをはじめています。
父親の山本郁榮さんはミュンヘンオリンピック7位の元レスリング選手で、以降はきょうだい揃ってレスリングの英才教育を受けています。
すると小学校3年生の時には早くも全国大会で優勝を飾っています。
また山本さんは小学校時代から気が強く活発で学校で大暴れしたこともあって、当時のあだ名は「女ブッチャー」でした。
以上が山本美憂さんの学歴と学生時代のエピソードのまとめです。
念願のオリンピック出場はなからなかったものの、日本の女子レスリング界の底上げを担った名選手です。
その後は総合格闘家に転身して、40歳を過ぎてもリングに上がっています。
弟のKIDさんを亡くすという悲劇にも見舞われていますが、末永い活躍を期待しています。
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