柳俊太郎の学歴と経歴|出身は仙台商業高校!大学や中学校の偏差値|バレーボールが凄かった

 

俳優の柳俊太郎さんの出身高校の偏差値などの学歴情報をお送りいたします。実は柳さんは高校時代はバレーボールに打ち込んでおり、あと一歩で全国大会に出場できたほどでした。学生時代のエピソードや情報なども併せてご紹介いたします

 

柳俊太郎(やなぎ しゅんたろう)

 

 

1991516日生

身長183

血液型はA

 

宮城県仙台市出身の俳優

本名同じ

 

以下では柳俊太郎さんの出身中学校や高校の偏差値、学生時代のエピソードなどをご紹介していきます

 

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目次

柳俊太郎の学歴まとめ

 

出身大学:進学せず

出身高校:仙台市立仙台商業高校

出身中学校:仙台市立第一中学校

出身小学校:仙台市立八幡小学校

 

柳俊太郎の学歴~出身小学校(仙台市立八幡小学校)の詳細

 

出身小学校:宮城県 仙台市立八幡小学校

 

 

 

柳俊太郎さんの出身小学校は、仙台市内の公立校の八幡(はちまん)小学校です。

 

実家や家族のことを語ることがほとんどないので、家族構成や兄弟姉妹などは不明です。

 

ただしインタビューで「剣道一家に育った」と述べているので、他の家族は剣道をやっていたようです。

 

柳さんも剣道を習わせるために23歳の時に道場に連れて行かれましたが、泣き出してしまい剣道は習っていません。

 

意外にも幼少期の柳さんは非常に人見知りで、人前に出ることが苦手でした。

 

「姉が2人いる末っ子長男で、家族の中では明るいんですけど、外に行くとすごく大人しくなるような子でした。」

記事引用:TVerプラス

 

その後はキャプテン翼の影響で、小学校1年生の頃からサッカーをはじめています。

 

また小学校時代は水泳やピアノも習っていました。

 

ちなみに柳さんは当時から運動神経は非常によく、スポーツは全般的に得意です。

 

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柳俊太郎の学歴~出身中学校(仙台市立第一中学校)の詳細

 

出身中学校:宮城県 仙台市立第一中学校 偏差値なし

 

 

 

柳俊太郎さんの出身中学校は、地元である仙台市内の公立校の第一中学校です。

 

この中学校は1947年開校で、仙台市の青葉区にあります。

 

柳さんは中学時代はサッカー部に入部しており、部活動に励んでいます。

 

「中3までサッカーをやっていました。フランスのジダン選手が大好きで、子供のころはプロサッカー選手に憧れていました。なれるものなら、今からでもサッカー選手になりたい…

 

当時は本気でJリーガーを目指していたほどでした。

 

そのためサッカー部ではかなりの練習量だったようです。

 

高校ではじめたバレーボールでもレギュラーになって県大会の決勝に進出するほどですから、運動神経はかなりいいようです。

 

ただしサッカーは中学生限りでやめてしまっています。

 

その理由は中学校の終わりごろに本当にサッカーのうまい選手を見てしまったことから、自身の限界を感じてしまったからだそうです。

 

特に中学時代に身長が伸びてしまったこともサッカーを断念する原因になりました。

 

「『サッカー選手は無理だな』ってなったきっかけが、急に成長期が来て1年で身長が10何センチも伸びたんですよ。そうすると目線が変わるじゃないですか。足元から10何センチも目線が上になると全然違って、やっぱり下手になるんです」

記事引用:TVerプラス

 

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柳俊太郎の学歴~出身高校(仙台市立仙台商業高校)・大学の詳細

 

出身高校:宮城県 仙台商業高校 偏差値51(普通)

 

 

 

柳俊太郎さんの出身高校は、市立の男子校(当時)の仙台商業高校です。

 

柳さんが入学した当時の同校は男子校でしたが、2009年に仙台女子商業高校と統合されて、以降は共学校となっています。

 

またこの高校は伝統的に部活動が盛んで、硬式野球部やハンドボール部、バレーボール部などが県内では強豪として知られています。

 

柳さんは自身の出身高校を明らかにしていませんが、インターネット上やツイッターにはこの高校への在籍情報が複数見られます。

 

柳さんは高校時代にバレーボール部に所属して、部活動に打ち込んでいました。

 

バレーボール部に入部したのは全国大会に出場したかったからと、柳さんはインタビューで話しています。

 

「高校に入るとき、「全国大会に行ってみたい」という目標を持って、県内で強かったバレー部に入ったんです。あと、バレーボール部の顧問だったクラスの担任の先生に誘われたのも大きいです」

 

ちなみに当初はサッカー部に入部しようとしましたが、バレー部の顧問の先生に熱心に勧誘されてバレーボール部に入部しています。

 

しかし県大会では準優勝止まりで、残念ながら全国大会には出場できませんでした。

 

「県大会では全国大会には行けず、準優勝で終わってしまったのは悔しかったです。しかも、左足のすねを骨折して、最後の試合には出られなかったんです」

 

柳さんは大会の前に大けがをしたことで最後の大会にはベンチ入りすらできず、松葉杖姿で応援していました。

 

その悔しさもあって高校3年生だった2009年に「メンズノンノ」のモデルオーディションに応募するとグランプリを獲得しています。

 

 

このオーディションは若手俳優の登竜門となっており、坂口健太郎さんや東出昌大さん、成田凌さんらもグランプリを獲得して、ファッションモデルを経て俳優に転身しています。

 

ただし柳さんは軽い気持ちで応募しており、まさか受かるとは思っていませんでした。

 

「母親と姉がたまたま「MEN’S NON-NO」を読んでいて、2人に勧められて応募したんですが、写真を撮って送るぐらいならいいかと。でも、まさか自分が受かるとは思いませんでしたね」

 

なお柳さんはこの年からファッションモデルとして活動を開始していますが、仕事のたびに地元仙台市から上京する生活を送っていました。

 

そのため首都圏の高校などに転校せずに、この高校を卒業しています。

 

【主な卒業生】

伊達みきお(サンドウィッチマン)

富澤たけし(サンドウィッチマン)

 

大学には進学していない

 

そして柳俊太郎さんは高校卒業後は大学に進学せずに、芸能活動に専念しています。

 

以降はファッションモデルとして活動しています。

 

 

そして20歳の時に俳優の浅野忠信さんと出会ったことがきっかけで、本格的に俳優を目指しています。

 

ちなみに「メンズノンノ」の後輩だった坂口健太郎さんがモデルから俳優に転向したのは、柳さんの影響だったとインタビューで話しています。

 

21歳の時に「シュガーレス」でテレビドラマに初出演。

 

 

その後も「仮面ティーチャー」や「弱くても勝てます」、「いつかティファニーで朝食を」などの話題作の連続ドラマにレギュラーキャストとして起用されています。

 

 

さらに2020年に公開される永瀬廉さん主演の映画「弱虫ペダル」では、伊藤健太郎さんや坂東龍汰さんとともに主要キャストに起用されています。

 

そのため俳優としてブレイクする可能性もあるでしょう。

 

 

以上が柳俊太郎さんの学歴と学生時代のエピソードのまとめです。

 

これまでファッションモデルや俳優として数々のメディアに登場してきました。

 

このところは俳優としての活動が中心となっており、話題作のテレビドラマや映画に起用されています。

 

 

今後のさらなる活躍にも期待が高まります。

 

 

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