見取り図盛山晋太郎の学歴と経歴|出身は清明学院高校!大学や中学校の偏差値と学生時代のエピソード

 

お笑いコンビ「見取り図」の盛山晋太郎さんの出身高校の偏差値などの学歴情報をお送りいたします。実は森山さんは両親の勧めで公務員を目指していたこともありました。学生時代のエピソードや情報なども併せてご紹介いたします

 

盛山晋太郎(もりやま しんたろう)

 

 

1986年1月9日生

身長180㎝

血液型はO型

 

大阪府堺市出身のお笑い芸人

お笑いコンビ「見取り図」のツッコミ担当

本名同じ

 

以下では「見取り図」盛山晋太郎さんの出身校の偏差値や学生時代のエピソードなどをご紹介いたします

 

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目次

盛山晋太郎の学歴まとめ

 

出身専門学校:大阪法律専門学校

出身高校:清明学院高校

出身中学校:堺市立三国丘中学校

出身小学校:堺市立榎小学校

 

盛山晋太郎の学歴~出身小学校(堺市立榎小学校)の詳細

 

出身小学校:大阪府 堺市立榎小学校

 

 

 

「見取り図」盛山晋太郎さんの出身小学校は、地元堺市内の公立校の榎小学校です。

 

家族構成は両親と本人の3人家族です(ひとりっ子)。

 

 

現在は盛山晋太郎という名前ですが、出生名は盛山晋作だったことを明らかにしています。

 

この名前は父親が幕末の英雄・高杉晋作にちなんで名づけたのですが、母親が「そんな古臭い名前ではいじめられる」と考えて、小学校3年生の時に戸籍の名前を変更しています。

 

そのため盛山さんは小学校2年生までは、自分の名前を「盛山晋作」と書いていたと述べています。

 

小学校時代はお笑いコンビ「金属バット」の友保隼平さんとは同級生でした。

 

ちなみに「金属バット」の小林圭輔さんは幼稚園の同級生です。

 

盛山さんは当時からお笑い好きで、親に連れられて吉本新喜劇をよく見に行ったとインタビューで述べています。

 

ただし両親は共働きだったことから、小学校時代は「鍵っ子」でした。

 

当時はアメリカのテレビドラマ「フルハウス」をよく見ていたとツイッターでつぶやいています。

 

加えて小学校時代はスポーツも好きで、サッカーに熱中していたとのこと。

 

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盛山晋太郎の学歴~出身中学校(堺市立三国丘中学校)の詳細

 

出身中学校:大阪府 堺市立三国丘中学校 偏差値なし

 

 

 

「見取り図」盛山晋太郎さんの出身中学校は、地元堺市内の公立校の三国丘中学校です。

 

盛山さんはこの中学校の出身者であることをツイッターでつぶやいています。

 

中学時代の同級生は、同じお笑い芸人である「金属バット」の友保さんです。

 

後記のように友保さんとはNSCの同期になっていますが、中学時代はさほど仲はよくありませんでした。

 

盛山さんは中学時代は部活動をおこなっていたようですが、何部だったのかは不明です。

 

中学時代から周囲を笑わせるのが好きだったようで、当時関西圏で放送されていたお笑い番組「吉本超合金」をよく見ていたそうです。

 

 

ちなみに盛山さんは中学時代も太り気味でした。

 

 

ただし当時から面白く学校では人気者だったことから、「かっこいいデブ」と呼ばれていたそうです。

 

【主な卒業生】

内田裕也(ミュージシャン)

 

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盛山晋太郎の学歴~出身高校(清明学院高校)・大学の詳細

 

出身高校:大阪府 清明学院高校 偏差値43~48(コース不明のため)

 

 

 

「見取り図」盛山晋太郎さんの出身高校は、私立の共学校の清明学院高校です。

 

この高校は1941年開校の私立高校で、部活動が盛んでサッカー部やダンス部が強豪として知られています。

 

また同校は次の5つのコースを設置していますが、盛山さんがどのコースに在籍したかは不明です。

 

看護・医療系特進:偏差値48

文系特進:偏差値48

理系特進:偏差値48

進学:偏差値44

総合:偏差値43

 

盛山晋太郎さんは高校時代は軟式テニス部に所属していましたが、あまり熱心に取り組んではいなかったようです。

 

そのため後のインタビューでは部活をもっと頑張っていればよかったという発言をしています。

 

盛山さんによれば、部活を頑張ってきた人は「人間力が違う」とも分析しています。

 

高校時代は「Dragon Ash」の大ファンで、ボーカルの降谷建志さんに憧れていました。

 

 

そのため高校時代は無精ひげも生やしています。

 

加えて盛山さんは当時からかなりの目立ちたがり屋で、文化祭のステージに立ちたいがために直前に軽音楽部に入部して文化祭後にやめるということを3年にわたり繰り返していたとインタビューで話しています。

 

また高校時代は「FUJIWARA」や「二丁拳銃」などのファンであったことから、当時から既にお笑い芸人志望でした。

 

そのため高校を卒業したら芸人を目指すことを親に言っていますが、猛反対を受けたことからいったんは諦めています。

 

その際には高校の先生にも「芸人で成功するなんて雲をつかむ話や、やめとけ」と言われてしまっています。

 

ちなみに盛山さんは高校時代に「がっちゃん」という女子生徒に告白してフラれたことを、バラエティ番組「見取り図エール」に出演した際に明らかにしています。

 

それでも盛山さんはがっちゃんの親友の女子生徒と付き合っています。

 

当時は彼女と吉本の劇場「baseよしもと」にデートに行っていたそうです。

 

加えて当時の盛山さんはかなりテレビを見ており、木村拓哉さん主演のテレビドラマなどもお気に入りでした。

 

【主な卒業生】

田丸麻紀(タレント)

山口蛍(サッカー日本代表)

 

高校卒業後は専門学校に進学

 

盛山晋太郎さんは高校卒業後は、大阪法律専門学校(偏差値なし)に進学しています。

 

 

 

この専門学校は1989年開校で、主に公務員や警察官、自衛官などを目指すコースを設置しています。

 

盛山さんは親から「公務員になれ」と言われたためこの専門学校に進学しています。

 

しかしやはりお笑い芸人になる夢を忘れられず、また公務員も自分のやりたいこととは異なっていました。

 

そのため専門学校を中退することも考えましたが、親から「せめて卒業して」と言われたため卒業はしています。

 

そして20歳だった2006年に吉本総合芸能学院(NSC)に入校して、本格的にお笑い芸人を目指しています。

 

同期には「金属バット」らがいます。

 

NSCに入ってからはコマンダンテの石井輝明さんや吉田たちのゆうへいさんとコンビを組んで活動したりしていました。

 

その後2007年から同じくNSCの同期のリリーさんとお笑いコンビ「見取り図」を結成しています。

 

 

リリーさんとコンビを組んだのはNSC時代に盛山さんがリリーさんをドライブに誘って意気投合したからです。

 

またNSC時代はコンビ名を頻繁に変えていましたが、講師に「名前をコロコロ変えるな」と言われてその際のコンビ名が「見取り図」だったことから以降もそのまま名乗っています。

 

ちなみに盛山さんは下積み時代には、ブレイク前の「霜降り明星」せいやさんと同居をしていたこともありました。

 

加えて一時はかなり太っており、体重が125㎏までになったそうです。

 

 

コンビは2018年と19年に2年連続で「M-1グランプリ」の決勝に進出して、にわかに注目を集めています。

 

 

そのためバラエティ番組への出演も増えており、今後にも注目です。

 

 

ちなみにYOUTUBEにコンビのチャンネル「見取り図ディスカバリーチャンネル」を開設しており、こちらも好評です。

 

 

2023年には盛山さんはバラエティ番組「ぐるナイ」の「ゴチになります」のレギュラーに起用されています。

 

 

今後の活動にも注目ですね。

 

以上が「見取り図」盛山晋太郎さんの学歴と学生時代のエピソードのまとめです。

 

コンビはブレイクこそありませんが、「M-1グランプリ」の決勝進出で注目を集めています。

 

 

また通好みの実力派とされており、このところは様々な賞レースに顔を見せています。

 

「ネクストブレイク」の呼び声もあるので、今後のさらなる活躍にも期待が高まります。

 

 

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