宮藤官九郎の学歴|出身は日本大学・築館高校!中学校の偏差値と若い頃の画像

 

人気脚本家でミュージシャンや俳優としても活躍している宮藤官九郎さんの出身高校や大学の偏差値などの学歴情報をお送りいたします。宮藤さんは高校時代から学校の人気者でした。学生時代のエピソードや情報なども併せてご紹介いたします

 

宮藤官九郎(くどう かんくろう)

 

 

1970719日生

身長176.5

血液型はO型

 

宮城県出身の脚本家、俳優、放送作家

本名は宮藤俊一郎(しゅんいちろう)、愛称は「クドカン」

 

以下では宮藤官九郎さんの出身高校や大学の偏差値、学生時代のエピソードなどをご紹介いたします

 

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目次

宮藤官九郎の学歴まとめ

 

出身大学:日本大学 芸術学部放送学科(中退)

出身高校:宮城県立築館高校

出身中学校:若柳町立若柳中学校

出身小学校:若柳町立若柳小学校

 

宮藤官九郎の学歴~出身小学校(若柳町立若柳小学校)の詳細

 

出身小学校:宮城県 若柳町立若柳小学校

 

※現在は栗原市立若柳小学校

 

 

 

宮藤官九郎さんの出身小学校は、地元若柳町内の公立校の若柳小学校です。

 

家族構成は両親と2人の姉の5人家族です。

 

 

父親は小学校の教師で後に校長も務めたほどの人物です。

 

2人の姉とは年が離れており、14歳と9歳年上です。

 

また生まれ育った若柳町は人口1万4000人程度の町でしたが、2005年に他の町村と合併して栗原市になっています。

 

宮藤さんは子供の頃は太っており、小学校時代はイジメられっ子でした。

 

ただし当時からお笑いが好きな目立ちたがり屋の少年でした。

 

小学校時代は家でサッカーをして障子を全部破ったこともありましたが、父親は怒らなかったそうです。

 

(小学校5年生の頃。左が両親)

 

小学校6年生の時には児童会長を務めています。

 

宮藤官九郎の学歴~出身中学校(若柳町立若柳中学校)の詳細

 

出身中学校:宮城県 若柳町立若柳中学校 偏差値なし

※現在は栗原市立若柳中学校

 

 

 

宮藤官九郎さんの出身中学校は、若柳町立若柳中学校です(現在は栗原市立若柳中学校)。

 

父親が小学校5年生から中学校1年生まで単身赴任しており、2人の姉も進学などで家を出ていたことから、この期間は母親と2人暮らしでした。

 

 

中学時代も目立ちたがり屋で、文化祭でコントを披露しています。

 

また中学2年生の後期からは2期連続で生徒会長に立候補して当選しています。

 

そのため当時から人望やリーダーシップもあったようです。

 

加えて中学時代には「小・中学校作文コンクール」の中学生の部で、「くんちゃんとぼく」というタイトルの作文で県審査優秀賞・読売新聞社賞を受賞しています。

 

当時から文才が光っていたようですね。

 

ちなみに中学時代の宮藤さんは「おニャン子クラブ」の大ファンで、中でも河合その子さんがお気に入りだったことからファンクラブにも入部しています。

 

ただし中学時代は女子にまったくモテなかったことから、高校は共学校ではなく男子校に進んでいます。

 

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宮藤官九郎の学歴~出身高校(築館高校)の詳細

 

出身高校:宮城県 築館高校 偏差値48(やや容易)

 

 

 

宮藤官九郎さんの出身高校は、県立の男子校(当時)の築館(つきだて)高校です。

 

同校は1901年開校の伝統校で、バンカラな校風で知られています。

 

長らく男子校でしたが、2005年に県立築館女子高校と統合されて共学校になっています。

 

宮藤さんも高校時代は学生服に下駄という出で立ちで、自転車で40分かけて登校しています。

 

宮藤さんは高校時代はバスケットボール部に所属してキャプテンを務めていますが、レギュラーではありませんでした。

 

 

また当時からお笑い好きだったことから高校3年生の文化祭では特別に30分間の時間をもらって、「宮藤の時間」として自作のコントや当時流行っていたCMのパロディなどをほとんど全裸で演じています。

 

また高校の体育祭では花火を挿入した大根を体に巻き付けて火をつけるという過激なパフォーマンスを披露しています。

 

そのため高校時代はかなりの人気者でした。

 

加えて宮藤さんは中学から高校にかけては「ビートたけしのオールナイトニッポン」のヘビーリスナーで、投稿を毎週おこなっており、高校時代にハガキが何度か採用されたこともありました。

 

そのためこの番組の放送作家であった高田文夫さんに憧れています。

 

ちなみに宮藤さんは中学・高校時代はアイドル好きで、高校時代は斉藤由貴さんと小泉今日子さんの大ファンでした。

 

しかも高校時代に斎藤さんの等身大のパネルを持ってきてしまったことを、インタビューで明らかにしています。

 

「当時AXIAっていうカセットテープのCMをやられてたんですけど、扱っているお店には斉藤さんの等身大のパネルがあったんですよ。その前を通るたびにドキドキして、最終的には持ってきてしまいました、家に。あの時の俺は、ちょっと気持ち悪かったです(笑)」

記事引用:チケットぴあ

(当時の斉藤由貴さんのAXIAのポスター)

 

【主な卒業生】

狩野英孝(お笑い)

菅原文太(俳優・転出)

みなみらんぼう(シンガーソングライター)

 

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宮藤官九郎の学歴~出身大学(日本大学)の詳細

 

出身大学:日本大学 芸術学部放送学科(中退) 偏差値48(やや容易)

 

 

 

宮藤官九郎さんは高校卒業後は、日本大学に進学しています。

 

当時は放送作家を志していたので、芸術学部の放送学科に在籍しています。

 

ちなみに前記のように高校時代は放送作家の高田文夫さんに憧れていたので、高田さんと同じ大学の同じ学部学科に進学しています。

 

大学時代はロックバンドを結成していますが、大学にはほとんど友人がいませんでした。

 

そのため途中から大学にはほとんど通わなくなってしまいます。

 

その一方で大学時代に演劇にハマっており、特に劇団「大人計画」の主宰者である松尾スズキさんの脚本の虜になっています。

 

このような事情もあって大学は3年生で中退してしまっていますが、その際に両親に「逃げ道がなくなって、今日から根性入れ直すつもりです。どうか見捨てないでください」という内容の手紙を送っています。

 

また決して裕福ではない家庭でなかったにも関わらず学費を親に出してもらいながら、自己都合で大学を中退したことを現在でも悔やんでいるとのこと。

 

そして21歳だった1991年に「大人計画」に座付きの作家兼役者として入団しています。

 

 

入団当初は給料も10万円以下だったことから、風呂なしのアパートに住んでいます。

 

ちなみに宮藤さんの父親は初舞台を見に来ており、尻を丸出しにして警官を演じた宮藤さんの演技に大笑いしたそうです。

 

 

1995年には阿部サダヲさんや杉村蝉之介さんとともに、ロックバンド「グループ魂」を結成して音楽活動も開始しています。

 

 

その後は脚本家として徐々に頭角を現します。

 

29歳の時にドラマ「コワイ童話」ではじめて単独で脚本を担当すると、翌年には「池袋ウエストゲートパーク」が高視聴率を叩き出します。

 

以降も数多くのヒット作の脚本を担当しており、脚本家としては不動の人気を誇ります。

 

その他にも俳優や作詞・作曲、演出家、ミュージシャン、放送作家などかなり多彩な肩書を持っていることで知られています。

 

以上が宮藤官九郎さんの学歴と学生時代のエピソードのまとめです。

 

 

脚本家としては「木更津キャッツアイ」や「あまちゃん」、「タイガー&ドラゴン」などの大ヒットドラマを次々と世に送り出してきました。

 

その一方で役者やミュージシャンとしても活動しています。

多方面で人気を集めるマルチな人物だけに、今後のさらなる活躍にも期待したいところです。

 

経歴/プロフィールの詳細

 

1991年に劇団「大人計画」へ座付の作家として入団。 

その後は大人計画の脚本や演出を担当し、他にもバラエティー番組の構成作家としても活動。 

1995年に阿部サダヲと村杉蝉之介とともに、ロックバンド「グループ魂」を結成(2005年にNHK紅白歌合戦に出場)。

2000年に脚本を担当したテレビドラマ「池袋ウエストゲートパーク」が大ヒット。 

以降も「木更津キャッツアイ」や「タイガー&ドラゴン」などもヒットして、人気脚本家の地位を築く。 

2013年に脚本を担当したNHKの朝ドラ「あまちゃん」も高視聴率を記録。 

私生活では24歳の時に振付師の女性と結婚して、娘がいる。

 

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