長谷部誠の学歴と経歴|出身高校大学や中学校の偏差値|頭がよかった!

 

サッカー選手の長谷部誠さんの出身高校の偏差値などの学歴情報をお送りいたします。実は長谷部さんは勉強も得意で、かなりの進学校に通学していました。学生時代のエピソードや情報、若い頃のかっこいい画像なども併せてご紹介いたします

 

長谷部誠(はせべ まこと)

 

 

1984118日生

身長180㎝ 体重73kg

血液型はO型

 

静岡県藤枝市出身のプロサッカー選手

本名同じ、愛称は「ハセ」

 

以下では長谷部誠さんの出身校の偏差値や学生時代のエピソードなどをご紹介いたします

 




 

経歴/プロフィールの詳細

 

3歳の時からサッカーをはじめ、2002年に浦和レッズに入団。 

2004年にチームの2ndステージ優勝に貢献して、Jリーグ・ベストイレブンに選ばれる。

2005年にはじめて日本代表に選出。

2008年にドイツ・ブンデスリーガのヴォルフスブルクに移籍。 

2013年にボランチでの出場を求めて、同じブンデスリーガのニュルンベルクに移籍。 

20146月にフランクフルトに移籍。 

長らく日本代表としても活躍しており、ワールドカップ南アフリカ大会やブラジル大会に出場。 

私生活では2016年にタレントの佐藤ありさと結婚した。

 

長谷部誠の学歴~出身高校(静岡県立藤枝東高校)・大学の詳細

 

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出身高校:静岡県 藤枝東高校 偏差値67(難関)

 

 

 

長谷部誠さんの出身高校は、県立の共学校の藤枝東高校です。

 

この高校は1923年開校の県立校で、静岡県内では有数の進学校として知られており、毎年東京大学や京都大学などの最難関国立大学にも合格者を出すほどです。

 

また同校はサッカーを校技としており、サッカー部は高校サッカーの名門です。

 

なお静岡県の公立校には実質的なスポーツ推薦の「裁量枠」というものが存在し、現在のこの高校も採用しています。

 

ただし長谷部さんはこの高校に裁量枠ではなく一般受験で入学しており、高い学力を有していました。

 

 

このあたりについては次のようにインタビューで話しています。

 

「藤枝は自分が生まれ育った街で、幼い頃から藤枝東が高校選手権で活躍していた姿を見ていたので、進学したい思いがありました。ただ、当時は推薦入学もなく、勉強がしっかりできないと入れない学校なので、サッカーはもちろんですが、勉強も頑張りました。」

 

長谷部さんは高校時代はサッカー部に在籍をして、競技に打ち込んでいました。

 

ただし当初はまったくの無名選手でした。

 

サッカー部では練習試合であっても地域の人が期待をして見に来ていたため、プレッシャーが少しありました。

 

しかし当時の監督が「サッカーは楽しんでやるもの」という考え方だったため、練習は厳しかったとのことでしたが、サッカーをやることの楽しさを教えられたと当時を振り返っています。

 

長谷部さんは高校2年生の冬まではトップチームでの出場がなかったことから、何を目指したらよいのか分からなくなった時期もありました。

 

しかし高校2年生の終わりごろからはレギュラーとなっています。

 

 

また長谷部さんはU-18の日本代表候補にも選出されましたが、同じポジションだった別の選手が高評価だったことから、当時はそれほど活躍はできなかったようです。

 

高校3年生の時には全国総体で準優勝しています。

 

しかし高校サッカー選手権には一度も出場できませんでした。

 

 

とは言え長谷部さんは高校3年生の時に自身の中で急激な成長を感じたことから、プロになれるかもしれないとはじめて思ったことを明かしています。

 

高校時代を振り返って一緒に闘った仲間とは喧嘩をすることもありましたが、喜怒哀楽をすべて共有できた時間は非常に貴重だったと語っていました。

 

長谷部さんにとって高校生活はすごくいい思い出だったとのことです。

 

 

また県選抜でのプレーを見て浦和レッズに声をかけられていますが、名古屋グランパスエイトも長谷部さんに興味を示していました。

 

【主な卒業生】

中山雅史(サッカー元日本代表)

別所哲也(俳優)

堀池亮介(アナウンサー)

 

長谷部さんは高校卒業後は大学に進学せずに、浦和レッズに入団しています。

 

浦和レッズを選んだ理由としては、長谷部さんをスカウトした方がこの高校のOBだったことと最初に声をかけてくれたのが浦和レッズだったからでした。

 

 

入団3年目から頭角を現して、Jリーグのベストイレブンに輝くほどの活躍を見せています。

 

その後の活躍も目覚ましく、24歳からブンデスリーガに移籍すると、所属した3チームでいずれも主力選手として活躍しています。

 

 

また日本代表でも活躍しており、ワールドカップでは2大会連続でキャプテンを務めてチームをまとめ上げてきました。

 

 

2016年にタレントの佐藤ありささんと結婚した際には大きな話題になっています。

 

 

今後の活動にも注目ですね。

 

 

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長谷部誠の学歴~出身中学校(藤枝市立青島中学校)の詳細

 

出身中学校:静岡県 藤枝市立青島中学校 偏差値なし

 

 

 

長谷部誠さんの出身中学校は、地元静岡県藤枝市内の公立校・藤枝市立青島中学校です。

 

中学時代はサッカー部に在籍をしていました。

 

 

長谷部さんは入部して早々から学年のリーダー的な存在になっています。

 

2年生の後半からはキャプテンも務めています。

 

当時から気配りができ、信頼されていたので、長谷部さんが在籍した3年で1人の退部者も出ませんでした。

 

ただし中学時代は全国大会などへの出場はなかったことから、強豪校からスカウトされることもありませんでした。

 

【主な卒業生】

三輪テツヤ(ミュージシャン・スピッツ)

田村明浩(ミュージシャン・スピッツ)

紅林弘太郎(プロ野球オリックス)

 

 

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長谷部誠の学歴~出身小学校(藤枝市立青島東小学校)の詳細

 



 

出身小学校:静岡県 藤枝市立青島東小学校

 

 

 

長谷部誠さんの出身小学校は、地元藤枝市内の公立・藤岡市立青島東小学校です。

 

家族構成は両親と姉の4人家族です。

 

 

長谷部さんの名前「誠」を名付けてくれたのは祖父でした。

 

またサッカーをはじめるきっかけを与え、プロの道を開いてくれたのも祖父だったといいます。

 

そのため長谷部さんが試合でゴールをした時に人差し指で天を指すパフォーマンスは、亡き祖父に捧げているものだそうです。

 

長谷部さんは3歳の頃からサッカーをはじめており、1日中サッカーばかりやっていたことから祖父や父親が相手をしきれなくなりました。

 

そのため地元のサッカークラブでサッカーをはじめており、物心ついた時にはサッカーしかしていなかったと語っています。

 

このサッカーチームはブラジルの元プロ選手が教えてくれるようなクラブだったことから、本来3歳では入れませんでしたが、強引に入れてもらったとのことです。

 

また子供の頃には周囲の同級生たちはテレビゲームに夢中になっていましたが、長谷部さんはテレビゲームは一切せずに毎日のように公園でボールを蹴っていました。

 

長谷部さんにとってサッカーは当時から生活の一部で空気のような存在でした。

 

小学生の頃には青島東サッカースポーツ少年団でサッカーをおこなっています。

 

 

また長谷部さんの子供の頃の憧れのサッカー選手はマラドーナでした。

 

以上が長谷部誠さんの学歴と学生時代のエピソードのまとめです。

 

プロサッカー選手としてデビュー後は大きく飛躍しています。

 

また人柄もよく、日本代表では長らくキャプテンを務めていました。

 

 

選手としては後半戦を迎えていますが、さらなる活躍を期待したいところです。

 

 

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