本田圭佑の学歴と経歴|出身は星稜高校!大学や中学校の偏差値|ジュニアユースを戦力外になっていた

 

サッカー選手の本田圭佑さんの出身高校の偏差値などの学歴情報をお送りいたします。サッカー日本代表でも長らく主力選手として活躍してきた本田さんですが、実は中学時代に所属していたクラブチームを戦力外になっていました。学生時代のエピソードや情報、当時のカッコイイ画像なども併せてご紹介いたします

 

本田圭佑(ほんだ けいすけ)

 

 

1986613日生

身長182㎝ 体重74

血液型はAB型

 

大阪府摂津市出身のプロサッカー選手

本名同じ

 

以下では本田圭佑さんの出身校の偏差値や学生時代のエピソードなどをご紹介いたします

 

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目次

本田圭佑の学歴まとめ

 

出身大学:進学せず

出身高校:星稜高校

出身中学校:摂津市立第四中学校

出身小学校:摂津市立鵜飼北小学校

 

本田圭佑の学歴~出身小学校(摂津市立鵜飼北小学校)の詳細

 

出身小学校:大阪府 摂津市立鵜飼北小学校

 

 

 

本田圭佑さんの出身小学校は、地元摂津市内の公立校・摂津市立鵜飼北小学校です。

 

家族構成は両親と兄の4人家族です。

 

 

小学2年生の時に両親が離婚をしており、本田さんは父親に引き取られましたが仕事が忙しかったことから祖父母に育てられています。

 

本田さんは当時は祖父母からかなり厳しく育てられており、インタビューでは次のように振り返っています。

 

「当時は受け入れられなかったですね。それぐらい厳しくて。正直、『俺のことがどんだけ嫌いやねん』って思ってましたから。そう思わされるくらい、厳しく教育されてましたね。でもそれが愛情だっていうのは、大人になってから分かるもんなんですね。初めて気づいたのは、高校(星稜)に進学して、家を出て一人暮らしを始めてからですから。」

 

祖父母が本当の息子のように育ててくれてあえて厳しくしてくれたことには、大人になってはじめて気づいたといいます。

 

また自身の小学校時代についてはインタビューで次のように話しています。

 

「自由にやりたいことをしていましたね。友だちと遊ぶのが好きで、スポーツもゲームもたくさんやりました。小学生の頃はサッカーと野球をやっていて、サッカーに絞ったのは中学生になってからなんですよ。」

 

本田さんは子供の頃から将来はたくさんお金を稼ぎたいと考えており、インタビューでは次のように振り返っています。

 

「僕は子どもの頃からたくさんお金を稼ぎたいと思っていました。お金持ちになったら、家族を幸せにできると思ったからです。小学生の高学年の頃にサッカー選手を夢見た時も、そのことを意識していました。」

 

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本田圭佑の学歴~出身中学校(摂津市立第四中学校)の詳細・戦力外になっていた!

 

出身中学校:大阪府 摂津市立第四中学校 偏差値なし

 

 

 

本田圭佑さんの出身中学校は、地元大阪府摂津市内の公立校・摂津市立第四中学校です。

 

本田さんは小学校時代からガンバ大阪ジュニアユースに所属しており、中学時代もこのチームでプレーしています。

 

 

ところが当時はチームから戦力外通告を受けるほど当時は足の遅さが弱点となっていました。

 

そのため本田さんは足を速くするために早稲田大学で箱根の駅伝ランナーとしても活躍していた三輪真之さんに頼み、2年間毎日のように朝5時半から10kmの走り込みをおこなっています。

 

本田さんは中学3年生のときに星稜高校の練習に参加した際に、すでに高校生の先輩に対して呼び捨てで呼び意見をぶつけていました。

 

また前記のように本田さんは祖父母に育てられていましたが、中学生の時には私立の高校に進学するとお金がかかるため、サッカーを続けることは辞めて公立の高校に行くように勧められています。

 

それでもプロのサッカー選手になるために、サッカーの強豪校の星稜高校に進学しています。

 

【主な卒業生】

木村一八(俳優)

 

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本田圭佑の学歴~出身高校(星稜高校)・大学の詳細

 

出身高校:石川県 星稜高校 Pコース 偏差値50(当時・普通)

 

 

 

本田圭佑さんの出身高校は、私立の共学校の星稜高校です。

 

この高校は1962年開校の私立高校で、生徒数が約1600人と石川県きってのマンモス校です。

 

またスポーツコースがあることから部活動が盛んで、硬式野球部やサッカー部が全国大会の常連です。

 

加えて同校は以下の3つのコースを設置していますが、本田さんはスポーツコースにあたるPコースに在籍していました。

 

A:偏差値67

B:偏差値58

P:偏差値55

 

なおPコースは本田さんが在籍した当時は偏差値50程度でした。

 

前記のように本田さんはこの高校に入ることを反対されていましたが、強い思いを持ってこの高校に入学をしています。

 

 

本田さんは高校入学当初のことについて、次のように話しています。

 

「あの頃は本当に燃えたぎっていた。絶対にプロにならないと大阪には帰れない。プロになるために、世界でプレーするためには、高校サッカーでナンバーワンの存在になることが絶対目標だったし、そのためには絶対に選手権に出ることしか考えていなかったから」

 

高校時代はサッカー部に在籍して、競技に打ち込んでいました。

 

サッカー部では1学年上に元日本代表の豊田陽平さんも在籍していました。

 

そして高校1年生の時からレギュラーを務めており、3年生の時にはキャプテンとしてチームをけん引して、全高等学校サッカー選手権大会でベスト4に貢献しました。

 

 

なお後に結婚をして妻となった美沙子さんとは高校時代に出会っており、高校は別々でしたが本田さんがサッカーの練習試合先で一目惚れをして、試合でゴールを決めてすぐに告白をしたそうです。

 

【主な卒業生】

松井秀喜(元プロ野球選手)

奥川恭伸(プロ野球・ヤクルト)

新田さちか(女優)

宮崎由加(タレント、元Juice=Juice)

 

なお本田さんは高校卒業後は大学などには進学せずに、Jリーグの名古屋グランパスエイトに入団しています。

 

 

高校時代の急成長を受けて、卒業する頃には複数のJリーグのチームから勧誘をされています。

 

プロデビュー後はあっさりと2年目でレギュラーになるなど活躍しますが、契約時に「オファーがあれば海外移籍を認める」という条項があったことから、グランパスをわずか3年で退団して海を渡ります。

 

2008年から海外でプレーしており、ロシアやイタリア、オーストラリアなどのクラブチームを渡り歩いています。

 

 

この年には高校時代から交際していた保育士の女性と結婚しています。

 

 

24歳だった2010年には日本代表にも初招集されており、長らく中心選手として活躍していました。

 

 

2020年にはYOUTUBEに公式チャンネルを開設しています。

 

 

今後の活躍にも期待ですね。

 

以上が本田圭佑さんの学歴と学生時代のエピソードのまとめです。

 

サッカー選手としての活躍は目覚ましく、セリエAなどでもレギュラーを務め、日本代表でも長らく主力選手としてチームをけん引してきました。

 

 

選手生活は後半戦に差し掛かっていますが、日本サッカー界のカリスマ的な選手だけに末永い活躍を期待したいところです。

 

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経歴/プロフィールの詳細

 

2005年に名古屋グランパスエイトに入団してデビュー。 

2006年からレギュラーに定着したが、20081月にオランダの1部リーグVVVフェンローに移籍。

同年6月のワールドカップ・アジア3次予選で初の日本代表に選出。 

20101月にロシア・プレミアリーグのCSKAモスクワに完全移籍。 

主力選手として活躍したが、201312月の契約満了に伴って、イタリア・セリエAのACミランに移籍。 

ここでもレギュラーに定着したが、2016年のシーズンには出場機会が減少して、20177月にメキシコリーグのCFパチューカに移籍。

日本代表としても長らく主力選手として活躍している。 

私生活では20087月に元保育士の女性と結婚し、2012年に長男が誕生。



 

ここまでお読みいただきありがとうございました。ご質問やご意見などがございましたら、お手数をおかけしますがページ上の「お問い合わせ」よりお願いいたします。また出身校や偏差値情報などのリサーチには万全を期しているつもりですが誤りなどがあった場合はご指摘していただけると幸いです。なお返信はあるだけ早くおこなうようにしていますが、数日かかる場合があることをご了承ください。

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