パンサー尾形貴弘の学歴|出身大学高校や中学校の偏差値と学生時代

 

尾形貴弘(おがた たかひろ)

 

 

1977427日生

身長181

血液型はB型

 

宮城県出身のお笑いタレント

お笑いトリオ「パンサー」のメンバー

 

以下ではパンサー尾形貴弘さんの出身高校や大学の偏差値、学生時代のエピソードなどをご紹介いたします




 

経歴/プロフィールの詳細

 

2002年に吉本総合芸能学院(NSC)東京校に第8期生として入校し、同期にスリムクラブやジョイマンらがいる。 

当初は「グレートホーン」というコンビで活動していたが、解散後は「サンキュー尾形」の芸名でピン芸人として活動。 

20086月に東京NSCの後輩にあたる向井慧と菅良太郎とともに、お笑いトリオ「パンサー」を結成。 

トリオは2013年ごろからテレビ出演が増えはじめ、「笑っていいとも!」や「王様のブランチ」などの人気番組に出演。 

2014年の「碧の海」でドラマ初出演。 

20173月にかねてから交際していた女性と結婚した。

 

学歴~出身大学の詳細

 

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出身大学:中央大学 文学部 偏差値5358(学科不明のため)

 

 

尾形貴弘さんは高校卒業後は、中央大学に進学しています。

 

一般入試での進学ではなく、サッカーによるスポーツ推薦での入学です。

 

大学時代もサッカー部に在籍して、サッカー日本代表の中村憲剛選手は在学時の後輩にあたります。

 

 

中村さんは3学年下の後輩でしたが、授業の「代返」に行かせたことをインタビューで話しています。

 

「俺が4年のときの1年です。憲剛は俺のことを「ほんっとにダメな先輩」だと思ってると思います(笑)。ひどいんですよ、俺。代返(欠席者の出席を装うために他者が代わって返事をすること)行かせたりとか。元日本代表にですよ(笑)。「ちょっとお前授業出てこい」って言って」

 

尾形さんは大学時代は寮生活をしており、4年間を4人部屋で過ごしています。

 

また大学2年生の頃まではプロのサッカー選手を目指していましたが、大学3年生の時にプロになれないことを悟って、以降はギャンブルと酒、女に溺れたとインタビューで話しています。

 

そのため大学4年生の時にはほとんどサッカー部の練習には行っていません。

 

またサッカーを諦めたことで、お笑い芸人になろうと思っています。

 

「まずは就職を考えて。で、企業でサッカーやろうかなとか思ってて。クラブチームでやったり、あと企業のサッカー部でやったりとかしてたんですけど、「サッカー、もう無理だ」と思って、一気に冷めたんですよね。僕もそんなにやる気がなかったけど、周りがもっとやる気ないから。レベルもガクンと下がるし、やっぱり。それで芸人になろうって思ったんですよ」

 

なお尾形さんは大学時代に教員を目指したこともありましたが、結局は教職課程などは受けませんでした。

 

またすぐにはお笑い芸人を目指しておらず、大学卒業後は事務機器大手のリコーに就職しています。

 

そして25歳の時にお笑い芸人を志してNSC東京に入校しています。

 

デビュー後はコンビ解散で、ピン芸人としてもまったく売れずに、引退してラーメン屋を開業することまで考えていました。

 

しかし新宿で偶然、NSC東京の後輩の菅良太郎さんと出会ったことで、パンサーの結成につながります。

 

「偶然、新宿で会ったんで、コンビを組まないかって持ちかけたんです。その前からずっと菅と組みたいと思ってたんだけど、後輩だから俺に気ぃ使うだろうなと思ったら言えなかった。断られるのも怖かったですしね。たぶん、あそこで会ってなかったら、地元に帰ってラーメン屋やってたと思います」

 

 

トリオは2013年に「笑っていいとも!」の曜日レギュラーに起用され注目されて、以降は数々のバラエティ番組に出演しています。

 

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学歴~出身高校の詳細

 

出身高校:仙台育英学園高校 フレックスコース 偏差値38(かなり容易)

 

 

尾形貴弘さんの出身校は、私立の共学校の仙台育英高校です。

 

同校は部活動が盛んで、陸上部や硬式野球部、サッカー部などが全国的な強豪として知られています。

 

尾形さんは子供の頃からサッカーが得意で、高校時代も同校のサッカー部に所属して、キャプテンを務めたほど。

 

 

チームも全国ベスト16となるなど、かなりの腕前でした。

 

また高校時代は後にJリーグのサンフレッチェ広島などで活躍した中島浩司さんとはチームメイトでした。

 

「高2の終わりぐらいからベンチとか入り始めて、最後は10番をつけました。ずっと中島(浩司:ジェフ千葉、サンフレッチェ広島などでプレーし2013年に現役引退)がつけてたんですけど、最後の最後に俺が(笑)。俺らの10番は調子いいやつがつけるんすよ。監督が調子いいやつに渡す。それで中島は8番になったのかな」

 

 (中学時代)

 

尾形さんは高校時代はサッカーで活躍しただけあってかなり女子にモテており、バレンタインデーのチョコレートを80個ももらったエピソードも残っています。

 

なお高校時代も3年間寮生活をしています。

 

【主な卒業生】

高橋ジョージ(歌手)

岸川聖也(卓球選手)

 

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学歴~出身中学校の詳細

 

出身中学校:宮城県 松島町立松島中学校 偏差値なし

 

 

パンサー尾形貴弘さんの出身中学校は松島町内の公立校の松島中学校です。

 

中学校時代もサッカー部に在籍して、部活動に励んでいます。

 

当初は地元の鳴瀬町(現在は東松島市)内の中学校に進学していますが、その学校のサッカー部はできたばかりでちゃんとした指導者もいませんでした。

 

そのため小学校時代のサッカーの恩師が、この中学校に転校してサッカーを続けることを勧めています。

 

「小学生のときの指導者の人が中学の宮城県選抜の監督もやっていたのかな。その人から「お前そこにいたらダメだ。(中学校を)辞めろ。辞めて一人暮らしして出てこい」って言われて。それで俺、一人暮らししたんですよ(笑)。中一の終わりぐらいから単身(笑)。それで少年団で一緒にやってたやつらが多い中学校に移って」

 

そのため尾形さんは中学校1年生にして一人暮らしをしています。

 

またその際には母親の支えがあったことをインタビューで述べています。

 

「母ちゃんがメシ作りに来てくれて、また家帰っていくっていう。それがなかったらサッカー続けてなかっただろうな」

 

その甲斐もあって中学校時代には、県内でも注目されるほどのサッカー選手に成長しています。

 

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学歴~出身小学校の詳細

 


 

出身小学校:宮城県 鳴瀬町立野蒜小学校

※現在は東松島市立野蒜小学校

 

 

パンサー尾形さんの出身小学校は、地元鳴瀬町内の公立校の野蒜(のびる)小学校です。

 

家族構成は両親と姉の4人家族です。

 

小学校2年生の頃からサッカーをはじめていますが、小学校のサッカー部は5年生からしか入部できませんでした。

 

そのため電車で6駅くらいのところにあった松島町の「松島サッカースポーツ少年団」に入団しています。

 

「それから小学校の間はずっと、もう毎日、小学校が終わったら一回家に帰って、赤いジャージに着替えて、サッカーボールを持って電車で通ってました。結構有名だったんですよ。赤いジャージ着た小さいやつが、電車の中とかでもドリブルとかリフティングをしてて(笑)」

 

以降はサッカーにまい進した小学校時代でした。

 

以上がパンサー尾形貴弘さんの学歴と学生時代のエピソードのまとめです。

 

当初は下積み生活が続きましたが、31歳の時にお笑いトリオ「パンサー」を結成後は波に乗りました。

 

 

大ブレイクこそないものの、以降は着実にキャリアを重ねて、現在では多くのテレビ番組に出演するほどの人気ぶりです。

 

ピンでも高い人気を誇るだけに、今後の動向にも注目です。

 

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