池上彰の学歴|出身大学高校や中学校の偏差値や大学時代と経歴

わかりやすい解説で人気の池上彰さんの出身高校や大学などの学歴情報をご紹介します。博学で知られる池上さんですが、「やはり」と思える学生時代を過ごしていました

 

池上彰(いけがみ あきら)

 

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195089日生

身長非公表

血液型はA型

 

長野県松本市出身のジャーナリスト




 

経歴/プロフィールの詳細

 

22歳:1973年にNHKに記者として入局。 

39歳:1989年から「ニュースセンター845」のキャスターを担当し(1993年まで)、1991年からは「イブニングネットワーク」を担当する。

54歳:2005年にNHKを退職してジャーナリストに転身する。 

58歳:200810月から「学べる!!ニュースショー」にレギュラー出演し好評を博す。 

同番組はその後「そうだったのか!池上彰の学べるニュース」と改名しレギュラー化された。 

60歳:20107月の参議院選挙の際にテレビ東京の選挙特番を担当し、その後も同局の選挙の際にMCを務める。 

66歳:2016年に本人と「池上彰の選挙ライブ」が菊池寛賞を受賞。 

東京工業大学、信州大学、名城大学などの教授も歴任。 

妻との間に3人の子どもがいる。

 

学歴~出身大学

 

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出身大学:慶応義塾大学 経済学部 偏差値70(超難関)

 

 

池上彰さんは高校卒業後は、慶応義塾大学に進学しています。

 

在籍したのはこの大学の看板学部の経済学部です。

 

池上さんが慶応義塾大学の経済学部に進学したのは、高校時代に政経の授業が好きになって、特に経済学を学びたいという気持ちが強くなったからとインタビューで話しています。

 

「私の子どもの頃は、まだ日本は貧しく、給食費が払えなかったり、空腹を抱えている同級生も少なくありませんでした。目の当たりにしている貧富の格差を解消する方法を知るには、経済学を学ぶのが一番だと考えていたのです」

 

また合格後にはこの大学の創設者の福沢諭吉の「学問のすすめ」を読んでいます。

 

大学時代の前半はアルバイトに没頭して、後半はユースホステルを利用した貧乏旅行で全国を回っています。

 

池上さんが報道記者を目指そうと思ったのは就職活動の時期で、当初は朝日新聞などの新聞社に就職するつもりでした。

 

なお就職活動の際には銀行からも声をかけられていますが、銀行員であった父親への反発もあって断っています。

 

しかし大学3年生の2月に起こった「浅間山荘事件」をNHKが連日にわたって報道するのを見て、「これからはテレビの時代に入るのではないか」と思ったそうです。

 

 

しかもNHKは必ず最初は地方勤務なので、地方記者を夢見た小学生時代の記憶がよみがえり、NHKを受験したとインタビューで語っています。

 

また当初は他のテレビ局も受験しようと思っていましたが、断念した経緯を次のように述べています。

 

「実はNHKを受ける前、コネがなければダメと言われ某テレビ局を断念したのです。でも門前払いされたおかげでNHKに入り今の自分を築くことができた」

 

NHKでは後に看板アナウンサーとなる大塚範一さんや宮本隆治さんと同期入社です。

 

 

NHK入局後は報道畑を渡り歩いて、「新宿西口バス放火事件」や「ホテルニュージャパン火災」、「日本航空350便墜落事件」など世間を震撼させた大きな事件も取材しています。

 

池上さんは定年前の54歳でフリーランスに転向していますが、希望していた解説委員の道が断たれたことが契機になったと話しています。

 

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学歴~出身高校の詳細

 

出身高校:東京都 大泉高校 偏差値65(難関)

 

 

池上彰さんの出身校は、都立の共学校の大泉高校です。

 

当時は自由な校風で知られ、多くの有名人を輩出していることでも知られます。

 

池上さんは松本市出身であることから以前から松本深志高校(偏差値67)の出身かと思われていましたが、最初からこちらの高校に入学して卒業しています(かつてはWIKIPEDIAの松本深志高校の出身者にも記載があった)。

 

ちなみに松本深志高校で講演した際に、「僕は深志じゃないんだ」と言ったら、生徒がみんな「えー?」とがっかりしたというエピソードが残っています。

 

池上さんは高校1年生の時に見た暴力団と対決した中国新聞の新聞記者がモデルとなったテレビドラマ「ある勇気の記録」に感銘し、新聞記者を志すようになりました。

 

 

また当時から読書好きで知られ、小遣いのすべてを本代に充てていたほか、図書館の岩波新書の全巻読破にチャレンジしたそうです。

 

しかし途中でどうしても興味のないテーマの本を読み切ることができずに、断念しています。

 

ただし高校時代は岩波新書以外でも世界の名作を片っ端から読んでいたとインタビューで語っています。

 

「いわゆる名作と評価の高いレマルク『西部戦線異状なし』やヘミングウェイ『武器よさらば』、アンドレ・マルロー『希望』など、かたっぱしから読みましたが、きっと背伸びをしていたのでしょうね。よく意味もわからないまま、「世界の名作だから読まなければ」という義務感があったからだと思います」

 

また池上さんは高校時代は地理歴史研究部に在籍しており、武蔵野のわらぶき民家の実態調査などに携わっています。

 

「ある民家で「いつ改築したのか」と質問して、税務署の回し者のようにあつかわれたこともありますが(笑)、今、ふり返ると、これが私にとって最初の取材体験になったわけです」

 

その他にも哲学同好会を創立しています。

 

「哲学なるものを少し齧り、当時流行していた実存主義について、「ハイデッガーよりはヤスパースだ」などと口走っていたのですから、いまになってみると汗顔の至りです。知的虚栄心の塊だったのだと思います」

 

なお後述するように池上さんは中学時代は気象庁の予報官に憧れており、当初は気象大学校への進学も検討していました。

 

(気象大学校)

 

しかし高校入学後に数学や物理といった理系の科目が苦手になってしまい、気象大学校への進学を断念しています。

 

【主な卒業生】

亀井静香(政治家)

宇賀なつみ(アナウンサー)

小林綾子(女優)

 

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学歴~出身中学校

 

出身中学校:練馬区立開進第三中学校 偏差値なし

 

 

池上彰さんの出身中学校は、練馬区内の公立校の開進第三中学校です。

 

中学時代は天文気象部に在籍していました。

 

そして当時はアメダスなどがない時代で、この中学校が気象庁から依頼を受けて、雨量の調査をしていました。

 

そのため天文気象部だった池上さんらが、屋上に設置されていた雨量計のデータを記録して気象庁に送っていました。

 

その影響もあって中学時代は、気象庁の予報官に憧れたことをインタビューで話しています。

 

また子供の頃から膨大な数の本を読んできた池上さんですが、中学時代には古典小説を読み漁ったそうです。

 

「中学生のときには、いわゆる「古典」と呼ばれるものは片端から読みました。たとえば川端康成の『伊豆の踊子』が教科書に出ていると、ほかの川端作品も読んでみて、「なんだ、スケベジジイではないか」と思ってみたり(笑)。特に、『眠れる美女』は衝撃でしたね」

 

さらに夏休みには1日3冊もの本を読んでいました。

 

「夏休みには、エド・マクベインの「87分署シリーズ」を一気読みしましたね。これは、「アイソラ」という架空の街(モデルはニューヨーク)にある第87分署を舞台にした警察小説なのですが、毎日3冊ずつ、図書館に行って借りてきて、読み終わったら返しに行き、また新たに借りてきて読む、というのを繰り返し、翻訳されていた本はすべて読みました」

 

自身の中学時代を振り返って「好奇心の塊」と語っており、よく勉強もしていたとのこと。

 

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学歴~出身小学校の詳細

 



 

出身小学校:練馬区立光和小学校

 

 

池上彰さんの出身小学校は、練馬区内の公立小学校の光和小学校です。

 

長野県の松本市で生まれていますが、4歳の時に東京の練馬区に転居しています。

 

父親は銀行員で、母親は専業主婦という家庭に育っています。

 

池上さんは子供の頃は内向的で、人と話すことが苦手だったそうです。

 

小学生時代から読書が好きな少年でした。

 

「小さいころは本ばかり読んでいたんですよ。他にやることがなかったんですね。銀行員だった父が好きで、家には本がたくさんあった」

 

ただしあまりの読書好きが昂じて、時には母親に叱られることもあったと話しています。

 

「父の本棚から、夏目漱石の『坊っちゃん』とかね、抜き出しては次々と読みました。あんまりぼくが本に没頭するものだから、母からは“本ばかり読むな”と叱られていましたね」

 

博識で知られる池上さんですが、そのルーツは小学校時代にあるようですね。

 

そして小学校6年生の時に「続 地方記者」という地方で働く新聞記者のドキュメント本を読んだことで、将来は地方で働く新聞記者になると心に決めたとコメントしています。

 

 

以上が池上彰さんの学歴や学生時代のエピソードのまとめです。

 

NHKを辞めてフリーになった後は「わかりやすい解説」が話題となって数多くのテレビ番組に出演しています。

 

 

ちなみに池上さんのわかりやすさの原点となったのは、NHK時代の1994年から2005年まで出演していた「週刊こどもニュース」だと語っています。

 

 

「子どもは正直ですから、わからないとすぐにアクビを始めます。「この人の話を聞かなければいけない」という義理も彼らにはない。一方、わかりやすい話なら、身を乗り出して聞いてくれます。『こどもニュース』には鍛えられましたね。毎回が試験のようでした」

 

また選挙報道や震災報道などでは各局で引っ張りだこになり、「新入社員の理想の上司」ランキングで1位になるほどの人気を誇っています。

 

さらには池上さんはジャーナリストとしてテレビ番組に出演する傍ら、複数の大学の客員教授や特命教授を務めています。

 

2009年:信州大学経済学部特命教授

2011年:東京工業大学リベラルアーツセンター専任教授

2014年:愛知学院大学経済学部特任教授

2014年:日本大学文理学部客員教授

2016年:名城大学教授

2016年:立教大学グローバルセンター客員教授

 

他にも講演活動も多数行うなど、多方面での活動を展開しています。

 

 

豊富な知識で政治や選挙、経済などを分かりやすい切り口の解説に定評がありますから、末永い活躍を期待したいものです。

 

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ここまでお読みいただきありがとうございました。ご質問やご意見などがございましたら、お手数をおかけしますがページ上の「お問い合わせ」よりお願いいたします。また出身校や偏差値情報などのリサーチには万全を期しているつもりですが誤りなどがあった場合はご指摘していただけると幸いです。なお返信はあるだけ早くおこなうようにしていますが、数日かかる場合があることをご了承ください。

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