人気小説家の池井戸潤さんの出身高校や大学の偏差値などの学歴情報をお送りいたします。「半沢直樹」や「陸王」などのドラマ化で知られる池井戸さんですが、どのような学生生活を送っていたのでしょうか? 学生時代のエピソードや情報なども併せてご紹介いたします
池井戸潤(いけいど じゅん)
1963年6月16日生
身長非公表
血液型非公表
岐阜県出身の小説家
以下では池井戸潤さんの出身高校や大学の偏差値、学生時代のエピソードなどをご紹介いたします
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池井戸潤の学歴まとめ
出身大学:慶応義塾大学 文学部→慶応義塾大学 法学部
出身高校:岐阜県立加茂高校
出身中学校:八百津町立久田見中学校
出身小学校:八百津町立久田見小学校
池井戸潤の学歴~出身小学校(八百津町立久田見小学校)の詳細
出身小学校:岐阜県 八百津町立久田見小学校
池井戸潤さんの出身小学校は、地元八百津町内の公立校の久田見小学校です。
小学校2、3年生の時に父親から本を買ってもらったことが思い出だそうです。
「小学校2年か3年の頃、風邪をひいて寝込んでいたら、父親が本を買ってきたんです。『もし…こんなことがおこったら』という化粧箱入りのとても分厚い本で、科学などいろんなことが書かれてあるんですが僕には難しかった」
その後に叔母さんが「トム・ソーヤの冒険」を買ってくれたことで読書に目覚め、図書館に通いだしています。
小学校時代は江戸川乱歩さんの作品に熱中しており、漠然とミステリー作家に憧れていますが後に実現させています。
池井戸潤の学歴~出身中学校(八百津町立久田見中学校)の詳細
出身中学校:岐阜県 八百津町立久田見中学校 偏差値なし
※現在は閉校
池井戸潤さんの出身中学校は、地元岐阜県八百津町の公立校・久田見(くたみ)中学校です。
この中学校は生徒減のため、1991年に廃校になっています。
池井戸さんが在校中も学年1クラスのみの設置で、生徒も33人しかいなかったと述べています。
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池井戸潤の学歴~出身高校(加茂高校)の詳細
出身高校:岐阜県 加茂高校 普通科 偏差値54(普通・現在)
池井戸潤さんの出身高校は、県立の共学校の加茂高校です。
この高校は1911年開校の県立校で、ボート部が全国的な強豪として知られています。
また池井戸さんが在籍していた当時は進学校で、1990年代までは毎年東京大学と京都大学に5~10名、名古屋大学などの旧帝国大学に30名程度の合格者を輩出していました。
この高校に在籍した当時は2学年上にテレビドラマ「ビューティフルライフ」や「ロングバケーション」などで知られる脚本家の北川悦吏子さんが在籍していました。
池井戸さんは高校時代はかなりの小説を読んでおり、庄司薫さんの作品などがお気に入りだったそうです。
「高校の時は雑多な読み方をしていました。結構気に入っていたのが庄司薫。『赤ずきんちゃん気をつけて』を読んで「おおーっ」と思って。『さよなら怪傑黒頭巾』『白鳥の歌なんか聞えない』『ぼくの大好きな青髭』という赤黒白青の四部作も読んだし、本名の福田章二の名で中央公論新人賞を受賞したデビュー作の『喪失』も読みました」
記事引用:WEB本の雑誌
他にも星新一さんや筒井康隆さんの作品も読み漁ったそうです。
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池井戸潤の学歴~出身大学(慶応義塾大学)の詳細
出身大学:慶応義塾大学 文学部 偏差値65(難関)
出身大学:慶応義塾大学 法学部 偏差値68(難関)
池井戸潤さんは高校卒業後は、名門私立大学の慶応義塾大学に進学しています。
当初入学したのは文学部でした。
大学では「推理小説同好会」に所属しており、他の部員の影響で海外のミステリー小説を読むようになっています。
また大学時代はラグビー観戦に熱中しており、早慶戦では友人と旗を振って応援したことをインタビューで述べています。
ちなみに豊富なラグビーの知識で、2019年には実業団のラグビー部が舞台の「ノーサイド・ゲーム」を発表しています。
また大学時代から小説を執筆していたことを明らかにしています。
当時は映画をよく観に行っており、ブライアン・デ・パルマ監督の「ボディ・ダブル」や伊丹十三監督の「タンポポ」が印象的だったと述べています。
加えて池井戸さんは慶応義塾大学を2度卒業しています。
文学部を卒業した後に法学部に学士入学して、こちらも卒業しています。
なお法学部の在籍は大学3、4年生のみになるので、トータルで6年間慶応義塾大学に通学していました。
法学部を卒業した1988年に三菱銀行(現在は三菱東京UFJ銀行)に入行しています。
銀行員時代は融資を担当していたことをインタビューで明らかにしています。
「銀行では支店の融資を担当し、中小企業を中心にお金を貸していました。今でもやりたいくらい面白かったですよ。「仕事を与えられて、やる」というのはどんな職種でもやりがいのあるものですが、入社2、3年目の社員でも取引先の会社の発展に大きく貢献できるというのは金融の仕事の醍醐味(だいごみ)かもしれません。一方で、自分の判断次第で取引先の会社の社員が路頭に迷うという緊張感はほかの仕事にはない厳しさだと思います」
32歳だった1955年に三菱銀行を退職していますが、退職の理由は「組織の論理を優先する銀行の風土になじめなかった」との述べています。
退職後は金融の知識を活かして経営コンサルタントとして活動したほか、ビジネス書の執筆や税理士や会計士向けのソフトの監修などをおこなっていました。
ただしテーマが限られて将来に不安を感じたため、江戸川乱歩賞を目指して小説を執筆しはじめます。
35歳だった1998年に「果つる底なき」で江戸川乱歩賞を受賞して小説家としてデビューをしています。
当初は主にミステリー作家として活動していますが、徐々に銀行員時代の金融の知識を活かし企業小説も執筆しはじめます。
すると2011年には「下町ロケット」で直木賞を受賞しています。
また作品がテレビドラマや映画などに映像化されることが多く、「半沢直樹」や「花咲舞が黙ってない」、「ルーズヴェルト・ゲーム」、「陸王」などが映像化されています。
そのためか現在でも有数の人気作家のひとりです。
以上が池井戸潤さんの学歴と学生時代のエピソードのまとめです。
銀行員から小説家に転向していますが、作品はベストセラーになるほど売れています。
現在も精力的に執筆活動をおこなっておりますので、今後の新作にも期待ですね。
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