欅坂46の絶対的エースとして活躍した女優の平手友梨奈さんの出身中学校や高校などの学歴や偏差値をご紹介いたします。意外にも暗いタイプだった中学時代やグループの活動に邁進した高校時代など、学生時代のエピソードも併せてご紹介いたします
平手友梨奈(ひらて ゆりな)
2001年6月25日生
身長165㎝
血液型はO型
愛知県出身の歌手、タレント、女優
欅坂46の元メンバー
本名は同じ、愛称は「てち」
以下では平手友梨奈さんの学歴や経歴、中学校や高校の偏差値、小学校時代・中学校時代・高校時代のエピソードなどをご紹介していきます。
スポンサードリンク
平手友梨奈の学歴まとめ
出身大学:進学せず
出身高校:目黒日本大学高校 芸能コース
出身中学校:師勝町立師勝中学校→江戸川区立葛西第三中学校
出身小学校:師勝町立師勝小学校
平手友梨奈の学歴~出身小学校(師勝町立師勝小学校)の詳細
出身小学校:愛知県 師勝町立師勝小学校(有力)
※現在は北名古屋市立
平手友梨奈さんの出身小学校は、出身地の師勝町内の公立校の師勝小学校が有力です。
実家の家族構成は両親と6歳年上の兄の4人家族です。
ちなみにお兄さんは同志社大学に進学したイケメンです。
子供の頃から習い事を多くしており3歳から12歳まではピアノ、5歳から13歳まではクラシックバレエをしていました。
平手さんは幼少期はおてんばでしたが、インタビューで次のように話しています。
「とにかく元気で声が大きくて、『となりのトトロ』のメイちゃんみたいでした」
記事引用:Real Sound
しかし小学校へ上がる頃には内気なタイプになっており、その理由を人と関わることが面倒くさくなったと話しており、このあたりで何かあったようですね。
また次のようなこともインタビューで話しています。
「学校にいる時の私は家にいる時のように自分を出せなくて、そんな自分があんまり好きじゃなかったんです」
記事引用:Real Sound
クラシックバレエに関しましては小学校4年生の頃までは教室でも一番身体が柔らかかったのですが、小学校5年生の時に突然身体が硬くなってしまい足などが開かなくなってしまったそうです。
また小学校2年生からはバスケットボール(特技でもある)をクラブでやっており、その際のポジションはセンターを務めており、運動神経も非常にいいです。
小学校6年生の時にはバスケットボールの市の大会で優勝経験もあります。
そのため小学校時代は平日は毎日バスケットボールをして、土日はピアノとバレエという生活をしています。
ショートカットがトレードマークの平手さんですが、小学生の頃はロングでした。
また自身の子供の頃の一番の思い出は豆まきの豆を鼻の穴に詰めてとれなくなってしまい、夜中に病院に行ったことと語っています。
(小学校の卒アル)
平手友梨奈の学歴~出身中学校(師勝町立師勝中学校・江戸川区立葛西第三中学校)の詳細
出身中学校:愛知県 師勝町立師勝中学校 偏差値なし
※後に江戸川区立葛西第三中学校に転校して卒業
平手友梨奈さんは、地元の公立校の師勝町立師勝中学校に入学しています(現在は北名古屋市立師勝中学校)。
中学時代はバスケットボールに所属しており、部活動に励んでいます。
バスケットボール部ではセンターのポジションを務め、主力選手として活躍しています。
また平手さんはけっこう厳しい部活だったことから、礼儀などをしっかりできるようになったとインタビューで話しています。
バスケ部に入部する際に髪をバッサリ切って、髪型をショートカットにしています。
当時はベリーショートで男の子のような髪型だったと語っています。
中学2年生だった2015年に、鳥居坂46(当時)の第1期生のオーディションを受けて合格しました。
オーディションの歌唱審査ではTHE ALFFEの「星空のディスタンス」を歌っています。
オーディションを受けたのは当時は部活しか興味がなく、何か目標に向かって全力で頑張りたいとの思いや芝居への興味などからとのこと。
当時の平手さんの画像が残っていますが、かなり初々しいですね。
後に出演したトーク番組「しゃべくり007」では、オーディションでの合格を知っても、「合格すると思っていなかったから、実感は全然沸かなかった」と話しています。
同年11月のお見立て会でもこのようなことを語っています。
「私は人気者になって、チヤホヤされたくてアイドルになったわけではありません。私は小さい頃からあまり期待をしてもらえない子どもでした。抱え込んで悩むことが多く、自分が何をしたらいいのかもわかりませんでした。怖くなって体調を崩す日々が続き、いつもおばあちゃんに励まされながら、なんとか生きてきました。でも、私はそんな時、自分を変えたくて欅坂46のオーディションを受けました」
篠山紀信さんとの対談でも本当は明るいタイプなのですが、中学時代は学校では暗く、いつもひとりだったと語っています。
欅坂46のメンバーとなった後は上京をしたことから、江戸川区立葛西第三中学校(偏差値なし)に転校して卒業しています。
上京後は所属事務所の寮でひとり暮らしをはじめています。
直後からダンスなどのレッスンをはじめていますが、ダンス経験がなかったことから当初は戸惑ったとのこと。
しかしクラシックバレエの経験や運動神経の良さもあって、メキメキと腕をあげていきました。
またかなりの負けず嫌いで、つらくても人前で涙を見せたりしたくはないとも語っています。
中学3年生の4月に欅坂46はファーストシングル「サイレントマジョリティー」でメジャーデビューして、いきなりセンターとして起用されています。
その後は最年少メンバーにも関わらず、6枚目のシングル「ガラスを割れまで6作連続でセンターを務め、「欅坂の絶対的エース」などと呼ばれることになります。
加えてデビュー当時から平手さんのパフォーマンスは圧巻で、「表現者」とも呼ばれています。
当時のインタビューで「真摯な姿勢があるからこそ、高いパフォーマンスを発揮できる」とコメントしており、またリハーサルなどでも当時から年上のメンバーに対して積極的に指示を出していました。
他にも平手さんは中学生時代のインタビューでは、次のように語っています。
「よく昔の私を見たいって言われるんですけど、昔は昔で。今は今しか出せないから、今の私を見てくださいというか。だって、16、17、18、二十歳の私は、もう絶対、15歳の私なんて表現できないから。だったら今のうちに思う存分見ておいてくださいっていう感じなんですよね(笑)」
記事引用:rockinon.com
「パフォーマンスをしている自分と今の自分は違うんですよ。普段の平手友梨奈だと飽きちゃうというか、楽しくないんですよね、あんまり。なので、欅坂46の平手友梨奈に早くなりたい。違う人物なんですかね」
記事引用:rockinon.com
このあたりはおよそ中学生とは思えないほどの意識の高さを感じるところですね。
(中学時代の卒アル)
スポンサードリンク
平手友梨奈の学歴~出身高校(目黒日本大学高校)の詳細
出身高校:東京都 目黒日本大学高校 芸能コース 偏差値42(容易)
平手友梨奈さんが進学したのは、多くの芸能人の母校として知られる目黒日本大学高校です。
この高校は1903年開校の私立高校で、前身の日出女子学園高校・日出高校時代から芸能コースを設置していたので多くの芸能人を輩出しています。
なお平手さんが入学した当時の校名は日出高校でしたが、高校3年生の時に現在の校名に変更されています。
中学生の頃にはグループの不動のセンターとして早くも人気に火がつきましたから、高校ではより幅広く活動できるよう、同校の芸能コースに進学しました。
なお高校は非公表ですが、本人が公開した制服などから特定されています。
また同校の芸能コースは多数のアイドルや芸能人が在籍していますが、グループ内に同校の同学年はおらず、誰かと一緒に日出高校に通学しているというのもないようです。
この高校では女優の池田朱那さんと同級生でした。
高校に進学するにあたり平手さんは「色んな制服を着てみたいし、放課後にオシャレなカフェに寄ってオシャベリするのが憧れの青春」と雑誌のインタビューに高校での抱負を語っていました。
ところが高校入学直後からファンから「元気ない」とか「病気では?」、「瘦せた」などの声も囁かれるようになります。
どうやら過労によって体調を崩していたようで、高校1年生の12月には紅白歌合戦のステージで過呼吸のような症状で、鈴本美愉さんと志田愛佳さんらとともに倒れてしまいます。
その後も腕の負傷が判明して当時はファンをかなり心配させましたが、休養を経て復帰し元気な姿を再び見せています。
また高校時代は既に欅坂46をけん引するような存在になっていましたが、高校2年生の時にあろうことかプロデューサーの秋元康さんに激怒したエピソードを明かしています。
なんでも秋元さんは楽曲について平手さんに相談することが多く、平手さんが「いい」といった曲を秋元さんが他のアーティストに提供したことが原因だったそうです。
また平手さんは意識が高く、こだわりも相当あるので「大人とぶつかることが多い」とも秋元さんは語っていますが、平手さんに対する信頼は非常に高いとのこと。
そしてグループの活動に加えてドラマや映画にも出演していることから、平手さんは学業との両立は「大変」とインタビューで答えています。
とは言え、グループの他のメンバーが多忙な平手さんを支えており、勉強中の平手さんに代わって、原田葵さんが平手さんのブログを更新したこともありました。
原田葵の学歴|出身大学どこ?高校や中学校の偏差値|法政なの?
またグループ内で仲のよい齋藤冬優花さんには、何かと相談に乗ってもらっているそうです。
齋藤冬優花の学歴|出身高校中学校や大学の偏差値|加藤史帆と同じ学校だった!
ちなみに齋藤さんは平手さんの自宅に泊まりに行くほど仲良しなんだとか。
また平手さんは学業について「私が勉強を頑張ることで、みんなも一緒に頑張ろうね、ってメッセージが届けばいいです」とインタビューでコメントしており、忙しいスケジュールの合間を縫ってしっかり勉強しているようです。
なお高校時代も平手さんはグループの不動のセンターで、2019年9月現在まですべての楽曲でセンターを務めています。
平手友梨奈は高校は中退している?・「脱退」の真相は?
実は平手友梨奈さんには高校中退説が浮上しています。
きっかけはWEB配信の「欅坂46×SHOWROOM」です。
この番組は欅坂46のメンバーがライブ出演することで人気ですが、上のように配信ルールがあります。
そして「中学生、高校生のメンバーについては平日の8:00~17:00までの間、配信をお休みさせていただきます」というルールがあり、メンバーの通学に配慮しています。
しかし平手さんはこの番組に16:00に出演したので、既に高校は中退しているのではないか? との憶測がされたのです。
とは言え本人の口や運営サイドからは高校中退の発表はなく、単なる配信時間のミスとの声もあります。
そして平手さんは2020年1月に欅坂46からの「脱退」を発表して、大きな話題になっています。
「卒業」ではく「脱退」という言葉を用いたのは本人の希望です。
そのため脱退の理由について注目されましたが、平手さんは直後にラジオ番組に出演した際に次のようなコメントを残しています。
「先ほど欅坂46のホームページで発表がありましたが、わたくし平手友梨奈は欅坂46を離れることになりました。その件については今は話したいと思わないので、いつか自分が話したいと思った時に、どこか機会があればお話させていただこうかなと思っております」
そのため真相は不明ですが、グループ内での孤立と報じているメディアもあります。
とは言えその後も歌手や女優としての活動を継続しています。
スポンサードリンク
平手友梨奈の学歴~出身大学(進学せず)の詳細
出身大学:進学せず
平手友梨奈さんは2020年3月に高校を卒業していますが、その後は大学などに進学せずに芸能活動に専念しています。
なぜかインターネット上には東海大学に進学したとの情報もありますが、信ぴょう性は高くありません。
また2021年に平手さんはデジタルハリウッド大学のCMに起用されたことから、大学に進学したと誤解されたのかもしれません。
いずれにしても平手さん自身もインタビューなどで大学に進学したと述べたことはなく、マスコミも平手さんを「現役女子大生」などと報じたこともありません。
そのため大学には進学していないはずです。
平手さんは高校を卒業した2020年にはYOUTUBEに自身のチャンネルを開設しています。
また女優としてもテレビドラマ「ドラゴン桜 第2シーズン」に主要キャストとして出演しています。
さらに2021年にはテレビドラマ「風の向こうに駆けろ」で、欅坂46を卒業後はじめて主演に起用されています。
今後の活動にも期待ですね。
※追記
平手さんは2020年1月に欅坂46を脱退しました
以上が平手友梨奈さんの学歴や学生時代のエピソードのまとめです。
最年少で欅坂46のメンバーとなりましたが、グループのデビュー以降は絶対的エースとしてけん引してきました。
またこのところはグループでの活動のほか、個人での活動も目立つようになっています。
特に女優として注目もされており、主演映画「響き-HIBIKI-」も製作されています。
(響き-HIBIKI)
この映画での平手さんの演技は高く評価されて、映画初出演でありながら「日本アカデミー賞新人賞」や「日刊スポーツ映画大賞新人賞」を受賞するほどです。
ちなみに映画に初出演で日本アカデミー賞新人賞を受賞するケースは稀で、平手さんが本業が女優ではなくアイドルであることを考えると、なおさら凄さも感じるところです。
また本人も憧れの人物として広瀬すずさんや土屋太鳳さん、石原さとみさんらの名前を挙げているので、演技力を磨いて本格的に女優として活動する可能性も高そうです。
その他にも歌やダンスなどでも注目を集めています。
さらには平手さんの路チュー写真の流出疑惑が話題になるなど(後に乃木坂46の松村沙友理さんと判明)、多くの人々が高い関心を寄せています。
今後の大きな飛躍にも期待が高まります。
平手友梨奈の経歴・プロフィールの略歴
2001年(0歳):愛知県で生まれる
2004年(3歳):ピアノを習いはじめる
2006年(5歳):クラシックバレエを習いはじめる
2009年(8歳):バスケットボールをはじめる
2013年(12歳):バスケットボールで市の大会で優勝
2015年(14歳):鳥居坂46の第1期生オーディションを受けて合格
2016年(15歳):1stシングル「サイレントマジョリティー」でメジャーデビューし、センターとして起用
2016年(15歳):NHK紅白歌合戦初出場
2017年(16歳):「第59回輝く!日本レコード大賞」を受賞
2018年(17歳):「響-HIBIKI-」にて映画初出演にして初主演
2019年(18歳):第42回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞
2020年(19歳):槻坂46から脱退を発表
2020年(19歳):自身のYOUTUBEチャンネルを開設
2020年(19歳):1stデジタルシングル「ダンスの理由」を配信限定でリリースしソロ歌手デビュー
2021年(20歳):ドラマ『ドラゴン桜(第2シリーズ)』に出演
スポンサードリンク
ここまでお読みいただきありがとうございました。ご質問やご意見などがございましたら、お手数をおかけしますがページ上の「お問い合わせ」よりお願いいたします。また出身校や偏差値情報などのリサーチには万全を期しているつもりですが誤りなどがあった場合はご指摘していただけると幸いです。なお返信はあるだけ早くおこなうようにしていますが、数日かかる場合があることをご了承ください。