池田エライザの学歴と経歴|出身高校(福岡第一・第一薬科大学付属)大学や中学校の偏差値と学生時代のかわいい画像

 

女優としてもファッションモデルとしても人気の高い池田エライザさんの出身校の偏差値などの学歴情報をお送りいたします。ツイッターやクラウドファンディングなどに励んだ高校時代やモデルとして芸能界デビューを果たした中学時代など、学生時代のエピソードや情報、当時のかわいい画像なども併せてご紹介いたします

 

池田エライザ(いけだ えらいざ)

 

08

 

1996416日生

身長169

血液型はA型

 

福岡県出身の女優、ファッションモデル

本名は池田依來沙(えらいざ)

 

以下では池田エライザさんの出身中学校や高校の偏差値、学生時代のエピソードなどをご紹介いたします

 

スポンサードリンク

 

池田エライザの学歴まとめ

 

出身大学:進学せず

出身高校:福岡第一高校→第一薬科大学付属高校

出身中学校:福岡市立香椎第三中学校

出身小学校:福岡市立香椎東小学校

 

池田エライザの学歴~出身高校(福岡第一高校・第一薬科大学付属高校)・大学の詳細

 

出身高校:福岡県 福岡第一高校  偏差値38(かなり容易)

※後に第一薬科大学付属高校通信制課程の高校に編入して卒業

 

 

 

池田エライザさんの出身高校は、私立の共学校の福岡第一高校です。

 

この高校は1956年開校の私立高校で、同校は部活動が盛んなことで知られています。

 

特にバスケットボール部は全国的な強豪として知られています。

 

池田さんは出身高校を明らかにしていませんが、インターネット上やツイッター上にはこの高校への在籍情報が複数見られます。

 

元HKT48の菅本裕子さんはこの高校の2学年上に在籍しており、当時の池田さんについて「かわいくて、食堂ですれ違う時毎回ビビってたよ」とコメントしています。

 

池田さんは中学時代に芸能界入りしており、高校入学後もファッションモデルや女優として活動していました。

 

 

ちなみにこの高校は芸能活動を禁止していません。

 

また仕事があったことから高校時代は部活動をおこなっていません。

 

意外にも高校時代はあまり目立つ存在ではなく、友達も多くなかったと述べています。

 

当時は「根暗だった」とも述べており、校内ではたった1人の親友と行動をともにすることが多かったそうです。

 

池田さんは高校時代は学校が終わるとすぐに家に帰っていたことをインタビューで述べています。

 

「地元電灯少ない おばけ怖い 母の夜ご飯おいしい の三拍子揃っていたから早く帰らないわけがなかったです」

 

そして高校時代は中学時代に引き続いて人気ファッション誌「ニコラ」の専属モデルを務めていましたが、高校2年生の時に卒業しています。

 

 

「ニコラ」卒業から2か月後にはこれまた人気ファッション誌「CanCam」の専属モデルに起用されるなど、当時はファッションモデルとして高い人気を誇っています。

 

ただし「CanCam」の初めての撮影では泣いてしまったことをインタビューで明らかにしています。

 

「キャンキャンでは服の見せ方から鞄の持ち方、指先の見せ方、ロケバスの座る順番まで全部が厳しくて、初めての撮影ではいっぱい泣きました。課題も沢山あって大変でしたが、仕事に対する充実感はさらに増しましたね」

 

また当時は海外のブランドにあまり詳しくなかったことから、海外のファッション誌を書店で立ち読みして研究していました。

 

その際には夜の8時くらいまで書店にいたこともありました。

 

ちなみに中学時代から高校2年生までは平日を地元福岡市で過ごし、週末は東京で過ごして仕事をするという生活をしていました。

 

また当時の池田さんは洋書を読み漁って、ファッションやモデルについて勉強もしています。

 

「勉強のために代官山 蔦屋書店に通いつめて洋書を読み漁って、モデルオタクとファッションオタクになりました。それで気持ちが変わって仕事が大好きになってから「私イケるんじゃないの?」と思い始めて(笑)、高3の4月に上京しました」

 

なお「CanCam」の専属モデルは2018年まで務めていますが、高橋メアリージュンさんや西山茉希さん、橋本奈々未さんらとともに同誌の看板モデルとして人気を博していました。

 

単独で表紙に起用されたこともありました。

 

 

また池田さんはモデル業に加えて女優としても本格的に活動するために、高校3年生だった2014年の4月に第一薬科大学付属高校の通信制課程(偏差値なし)に転校しています。

 

 

 

この高校は1966年開校の私立高校で、九州で唯一の芸能コースを設置していることで知られています。

 

また入学した福岡第一高校とは姉妹校なので、編入もスムーズだったはずです。

 

池田さんは通信制課程に転校後は、上京して拠点を東京に移しています

 

ファッションモデルのほか女優としても活動を本格化させるために上京したようです。

 

09

(高校時代)

 

ただし当時の池田さんはファッションモデルとしては人気が高かったものの、女優としてはさほど多くの作品に起用されていませんでした。

 

目立ったところでは高校2年生の時にホラー映画「絶叫学級」に起用されたことくらいです。

 

 

ちなみにこの映画はホラー映画ながらブレイク前の川口春奈さんや広瀬アリスさん、松岡茉優さんや波瑠さん、山本美月さんなど豪華なメンバーが出演していました。

 

池田さんは当時はオーディションにも落ちる日々が続いていましたが、「人のせいばかりにしていました」とインタビューで話しています。

 

「オーディションを受けても受けても全然仕事が決まらなかった頃は、人のせいにばかりしていたんです。“大人が私のことをわかってくれないから受からないんだ”って。そうやって大人を攻めているうちに、『自分なんてダメだ』と思うようになって、何もできなくなってしまって……」

 

高校時代の池田さんはネガティブな思考だったようですが、事務所のスタッフのアドバイスで「オーディションで本当の自分をちゃんと出して、それを見てもらってダメだったら、“今回は合わなかったんだな、じゃあ次頑張ろう”ってなるし、本当の自分で勝負してダメだったということは、今の自分では足りないものがあったんだなと思うと自分を磨こうとも思える」と前向きになっています。

 

なお池田さんは福岡時代からSNSを使って情報を発信するのが得策と考えて、当時はあまり芸能人が用いていなかったツイッターで情報発信をしています。

 

そのためさほどテレビ出演など多くなかった時期からフォロワーを増やして、名前を売っています。

 

ちなみに池田さんはツイッターは事務所に無断ではじめています。

 

「上京する直前に、単純に「現代は発信するしか無いでしょ」って思っていました。でも当時、うちの事務所の殆どの人がTwitterをやっていなくて許可が下りるか聞き出せなかったので、強行突破で始めちゃいました。最初はやっぱり怒られちゃったんですけど、テレビにも出てない段階でどんどん(フォロワー数が)増えていったんです」

 

なおツイッターに関しては本来の自分を出し過ぎているとも語っており、フォロワーから芸人扱いされることもあるそうです。

 

またその際の自撮り写真が評価されて「自撮りの神」などと称されたこともありました。

 

(高校時代の自画撮り)

 

とは言え自画撮りについてもかなり努力したことをインタビューで述べています。

 

「もともとは、自撮りがめちゃくちゃ下手くそだったんです。副社長に「アプリとか入れてみたら」とアドバイスをもらって、一日100枚以上自撮りして病気かってくらい極めました。だんだん綺麗に見える角度がわかってきて、今の自撮り術ができました」

 

加えて高校3年生の時には池田さんはクラウドファンディングで300人から約280万円もの資金を調達して、初のモデルブック「@elaiza_ikd」を出版しています。

 

 

当時を振り返ってクラウドファンディングをはじめた経緯については、次のように話しています。

 

「当時はテレビにも出ていなかったので、出版社からお金を頂いて正式なカタチで出しても売れないだろうなと思っていましたし。あと、どうしてもファン参加型にしたくて、リアルな意見を聞きながらものづくりをするっていうのが私のやり方に合ってると思いました」

 

ちなみに当初は不安も感じていましたが、現役女子高生がクラウドファンディングや編集長をやることが話題になって注目されて、モデルブックの売れ行きも好調になって成功しています。

 

このように高校時代の池田さんは様々なことにチャレンジしており、また非常に努力家であることが窺えますね。

 

なお高校時代は仕事と学業を両立させて、高校は無事に卒業しています。

 

【主な卒業生】

CHAGEASKA(ミュージシャン)

 

そして池田エライザさんは高校卒業後は大学などに進学せずに、芸能活動に専念しています。

 

高校3年生の時にインタビューで進学しないことを明らかにしています。

 

「ずっと進学しようと考えていたんですけど、今の生活が楽しくて魅力的で、自分の中で想像してるこの先が楽しみすぎるので、進学はせずに自分のペースで自分の頭を成長させていこうと決めました」

 

高校を卒業した年に女優として転機となった映画「みんなエスパーだよ」にヒロインとして起用されています。

 

 

ただし当時の池田さんはお金がなくてどうやって食べていこうか悩んでいたとインタビューで話しています。

 

「『エスパー』の撮影で豊橋市にいたころです。一番お金がない時期でした(笑)。日々どうやって食べていこうかなと悩んでいました。東京から豊橋まで移動するのに新幹線でお金を使って、残りのお金でカレーうどんを食べたかったけど、足りなくて食べられなかったのをよく覚えています。あのころ、共演した深水元基さんやマキタスポーツさんが『ファミレス』という名前の焼肉屋さんによく連れて行ってくれました。あとは弁当を持ち帰っていました(笑)」

 

とは言えこの作品で女優として注目されたことから、その後は主演映画も製作されるようになっています。

 

 

また連続ドラマへの出演も増えていきました。

 

加えて2020年公開の映画「夏、至るところ」では、初の映画監督を務めることが決まっています。

 

 

さらにこのところは歌唱力を活かして、音楽番組への出演も増えてきました。

 

今後はかなりマルチに活動を展開していきそうで、楽しみな存在ですね。

 

スポンサードリンク

 

池田エライザの学歴~出身中学校(福岡市立香椎第三中学校)の詳細

 

出身中学校:福岡県 福岡市立香椎第三中学校 偏差値なし

 

 

 

池田エライザさんの出身中学校は、地元福岡市内の公立校の香椎(かしい)第三中学校です。

 

池田さんは出身中学校も明らかにしていませんが、インターネット上やツイッターにはこの中学校への在籍情報が複数見られます。

 

中学時代も帰宅部で部活動などはおこなっていません。

 

中学1年生の時にローティーン向けのファッション誌「ニコラ」の専属モデルオーディションに応募して、グランプリに輝いて芸能界入りしています。

 

ちなみに池田さんはこのオーディションを受けたきっかけは、「ニコラ」の読者の友達に一緒に受けようと誘われたからです。

 

なおそれまでは「ニコラ」はあまり読んだことはありませんでした。

 

この際には藤田ニコルさんや古畑星夏さん、松井愛莉さんもグランプリを受賞しています。

 

 

以降は本名の「池田依來沙」名義でファッションモデルとしての活動を開始しています。

 

ただし当時の「ニコラ」は藤田ニコルさんや飯豊まりえさんらの人気が高く、池田さんは高校2年生の時に「ニコラ」を卒業するまで単独表紙は1回に留まっています。

 

 

ちなみに意外にもファッションモデルをはじめる前までは池田さんは洋服などに無頓着でしたが、モデルをはじめたことでオシャレにも気を使いはじめたことをインタビューで明らかにしています。

 

「中2の終わりぐらいまでは無頓着だったんですけど、モデル活動を始めてから自分の周りが全員かわいい子になっちゃったから「やべえ!」って思って、とりあえずお下がりを着るのではなく、服を買うことから始めました」

 

中学3年生の時に同じくニコラの専属モデルで同期だった松井愛莉さんや春川芽生さん、古畑星夏さんとともにユニット「♡4ever(ラブフォーエバー)」を結成しています。

 

 

また同じ年には映画「高校デビュー」で女優デビューしています。

 

ただし中学3年生の頃までは意識が低く、アルバイト感覚だったと述べています。

 

なお中学時代の池田さんは読書が大好きで、図書委員も務めていました。

 

そのため作家を志したことがあることをインタビューで明らかにしています。

 

「もともとは作家志望だったんです!意外かもしれませんが、昔は小説ばかり読んでいて、図書委員もやっていました。本を忘れると、学校に行く電車で気が気じゃなくて(笑)今でも本が大好きです」

 

当時から多才なタイプでした。

 

【主な卒業生】

中村兼三(柔道アトランタオリンピック金メダリスト)

 

スポンサードリンク

 

池田エライザの学歴~出身小学校(福岡市立香椎東小学校)の詳細

 

出身小学校:福岡県 福岡市立香椎東小学校

 

 

 

池田エライザさんの出身小学校は、地元福岡市内の公立校の香椎東小学校です。

 

家族構成は両親と兄2人、弟の6人家族です。

 

 

また母親がフィリピン人で父親は日本人のハーフです。

 

母親はモデルと歌手をやっていました。

 

インタビューでは父親と母親の性格は正反対だと述べています。

 

「父親は典型的な九州の頑固者で、いつも厳しくて正座をさせられたこともありました。逆にお母さんは「足が曲がっちゃうから正座しなくていいよ」という自由な性格で、正反対な2人の間で育ちました」

 

池田さんはフィリピンで生まれていますが、幼い時に福岡市に転居して上京するまで暮らしています。

 

 

なお池田さんは男兄弟に囲まれたこともあって自身を「男勝りな性格」としており、小学校時代は山とか木に登るほどの野生児だったと話しています。

 

また父親が読書好きだった影響で、池田さんは8歳の頃から読書に親しんでこれまでかなりの数の書籍を読んできたそうです。

 

 

4歳から11歳までの8年間、クラシックバレエを習っていました。

 

バレエの発表会などで何度も舞台に立った経験があったので、当時から人前に出て何かすることは得意でした。

 

そのため中学時代にモデルになった際も緊張などはしなかったそうです。

 

 

加えて8歳から9歳の頃はイジメに遭っていたことを告白されています。

 

当時は「外人」などとからかわれたため、当時は「保健室登校」をしていました。

 

以上が池田エライザさんの学歴と学生時代のエピソードのまとめです。

 

中学校時代に芸能界入りしていますが、意外にも全国区の人気になるまでは時間がかかりました。

 

しかしその後の活躍は目覚ましく、モデルとしてはもちろんのこと、女優としても人気が急上昇。

 

テレビドラマや映画の主演に起用されるほどで、期待の若手女優のひとりとしても名前が挙がります。

 

(貞子)

 

またCMへの出演も多く、「三太郎シリーズ」で人気の高いauのCMにも出演しています。

 

 

さらにインスタグラムなどのSNSも好評です。

 

今後はさらにメディアへの露出が増えそうですが、その動向にも注目です。

 

 

池田エライザの経歴

 

1996年(0歳):フィリピンで生まれる

        幼少期に福岡県に移住

2000年(4歳):クラシックバレエをはじめる

2009年(13歳):ファッション誌「ニコラ」のオーディションでグランプリを受賞しゲイの界入り

2011年(15歳):ユニット「♡4ever(ラブフォーエバー)」を結成

2011年(15歳):映画「高校生デビュー」で女優デビュー

2013年(17歳):「ニコラ」の専属モデルを卒業

2013年(17歳):ファッション誌「CanCam」の専属モデルとなる

2014年(18歳):初のモデルブック「@elaiza_ikd」を出版

2016年(20歳):「SHIBUYA零丁目」でテレビドラマ初主演

2017年(21歳):「一礼して、キス」で映画初主演

2020年(24歳):映画「夏、至るところ」で初の映画監督を務める

 

スポンサードリンク



 

ここまでお読みいただきありがとうございました。ご質問やご意見などがございましたら、お手数をおかけしますがページ上の「お問い合わせ」よりお願いいたします。

 

コメントは受け付けていません。

サブコンテンツ