米津玄師の学歴|出身高校中学校や大学の偏差値と経歴

 

米津玄師(よねづ けんし)

 

 

 

1991310日生

身長188

 

徳島県出身のシンガーソングライター

本名同じ、別名義はハチ

 

以下では米津玄師さんの学歴や経歴、出身中学校や高校の偏差値、中学時代や高校時代のエピソードなどをご紹介していきます。

 

経歴/プロフィールの詳細 

 

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2008年よりニコニコ動画にオリジナル曲を投稿する。

 

2009年から合成音声VOCALOIDを用いてニコニコ動画に投稿をすると、再生回数が2000万回を超え、注目を集める。

 

20125月にインディーズから1stアルバム「diorama」をリリース。

 

 

翌年5月に1stシングル「サンタマリア」でメジャーデビュー。

 

 

2014年2ndアルバム「YANKEE」をリリース。

 

 

2015年には3rdアルバム「Bremen」をリリースし、日本レコード大賞の優秀アルバム賞を受賞。

 

2018年に日本武道館でワンマンライブをおこなった。

 

 

ミュージシャンとしての活動のほか、イラストレーターやビデオグラファーとしても活躍しており、CDのジャケットなども自身で手掛けている。

 

学歴~出身小学校・中学校

 

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出身小学校:徳島市立津田小学校

 

 

米津玄師さんの出身小学校は、地元徳島市の公立校の津田小学校です。

 

幼少期から高機能自閉症を患っており、人とコミュニケーションをとるのが非常に苦手でした。

 

小さい頃はひとりで黙々と絵を描いているような子供でした。

 

また小学生の頃にはほとんど誰とも話をせずに、自分の妄想から生まれたキャラクターと会話するかなり変わった少年でした。

 

ところが小学年の時にインターネットでフラッシュアニメと出会ったことで、BGMに使われていたBUNP OF CHICKNなどの音楽に没頭していくことになります。

 

出身中学校:徳島市立津田中学校

 

 

米津玄師さんは小学校を卒業すると、地元の公立校の津田中学校に進学しています。

 

中学2年生からパソコンで音楽を演奏したり製作するデスクトップ・ミュージックをはじめています。

 

また中学3年生の時にはマルチトラック・レコーダーを使用して作曲もおこなうほどでした。

 

とは言え自身の中学時代を振り返って「悶々と生きていた」とも話しており、当時は自分のことを分かってくれる人や話の合う人、趣味の合う人は周りにはいなかったとも語っています。

 

学歴~出身高校の詳細

 

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出身高校:徳島商業高校 偏差値47(やや容易)

 

 

米津玄師さんの出身校は県立の共学校の徳島商業高校です。

 

同校は甲子園で優勝経験もある硬式野球部を筆頭に、スポーツが盛んであることで知られています。

 

米津さんは高校時代もあまり周囲の人とは絡まずに、同校に在学中は楽曲や動画の製作に明け暮れていました。

 

中学時代に比べて、高校時代は輪をかけて製作活動にのめり込んだようです。

 

本人によれば学校によい思いではなく、家から自転車ですぐの音楽ショップに入り浸っていたとのこと。

 

とは言え高校3年生の頃には「Late rabbit edda」というバンドを組んで、10代限定のロックフェス「閃光ライオット」に応募しています(結果は2次審査で落選)

 

このあたりからはどうやら理解者も現れたようです。

 

(高校時代)

 

【主な卒業生】

三木武夫(内閣総理大臣)

坂東英二(タレント・元野球選手)

川上憲伸(元野球選手)

 

学歴~出身大学の詳細

 



 

出身大学:大阪美術専門学校 中退 偏差値なし

 

 

米津玄師さんは高校卒業後は、大阪美術専門学校に進学します

 

同校は総合デザイン学科とコミック・アート学科を設置する専門学校で、前者はグラフィックデザイナーやデジタルデザイナー、後者は漫画家やアニメーターなどを育成しています。

 

専門学校在籍時にはバンドを組んだりしましたが(担当はボーカルとベース)、他のメンバーとの温度差もあってバンド活動は休止しています。

 

また1年あまりで専門学校も中退してしまいます。

 

しかし進学と同時に「ハチ」名義でニコニコ動画への投稿を開始します。

 

もともとあまり人とコミュニケーションをとるのは好まないことから、以降は自らの手によって楽曲の制作を進めていきました。

 

最初は本人が歌う形で30本程度の動画を投稿しましたが、実力不足を感じてその後に削除しています。

 

ところが2009年にVOCLOIDを使って動画を製作するようになりますが、これが大いにウケて、総数で2000万回以上の再生回数を記録することになります。

 

(当時のマトリョシカの動画)

 

 動画の投稿で才能を見出され、その後のメジャーデビューへとつながっていきました。

 

現在では若手アーティストの注目株のひとりですし、イラストなどでもマルチな才能を発揮しています。

 

今後を期待したいアーティストのひとりです。

 

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