椎名林檎の学歴|出身高校や中学校の偏差値と子供時代

人気アーティストの椎名林檎さんの出身中学校や高校の偏差値などの学歴情報をご紹介します。天才や鬼才と呼ばれる椎名さんはどのような学生時代を過ごしたのでしょうか?aikoさんと切磋琢磨した高校時代のエピソードなども併せてご紹介いたします。

 

椎名林檎(しいな りんご)

 

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19781125日生

身長167

血液型はO型

 

埼玉県出身のシンガーソングライター

本名は椎名裕美子




 

経歴・プロフィールの詳細

 

17歳:1995年にマーベラス・マーブルというバンドで「ティーンズ・ミュージック・フェスティバル」に出場し、福岡地区で1位となり全国大会に出場。 

18歳:1996年はソロでコンテストに出場して優秀賞を獲得し、東芝EMIと契約。 

20歳:19981stシングル「幸福論」でデビュー。 

21歳:1999年にリリースした3rdシングル「ここでキスして。」がヒットし、1stアルバム「無罪モラトリアム」もミリオンヒットとなる。 

22歳:2000年にリリースした2ndアルバム「勝訴ストリップ」は230万枚のセールス。

22歳:2000年にギタリストの弥吉淳二と入籍して翌年の7月に長男を出産するも、20021月に離婚。

24歳:2004年にバックバンドとともにバンド「東京事変」を組んで活動。

このバンドでも「群青日和」や「能動的三分間」などのヒットを飛ばすが、2012年に解散し、以降は再びソロとして活動。 

33歳:2013年に長女を出産している。

 

学歴~出身高校・大学の詳細

 

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出身高校:福岡県 筑前高校退) 偏差値60(やや難関)

 

 

椎名林檎さんの出身校は、県立の共学校の筑前高校です。

 

同校は人気演歌歌手の山内惠介さんの母校としても知られています。

 

同校在籍時には軽音楽部所属していくつものバンドを掛け持ちし、様々な楽器を担当しました。

 

 

高校1年生から2年生にかけて、自身の曲をJASRACに登録することになり「椎名林檎」という芸名をはじめて用いています。

 

ちなみに「林檎」の由来ですが、果物の林檎ではなく、ビートルズのドラマーのリンゴ・スターさんからとっています。

 

バンド活動を始めた時にドラマーからスタートしていたからと語っています。

 

また高校1年生の時には椎名さんはなんとホリプロの「スカウトキャラバン」に出場しています。

 

 

「スカウトキャラバン」がアイドル発掘のオーディションとは知らずに応募していますが、水着審査に驚いたといいます。

 

この大会では上原さくらさんがグランプリを獲得していますが、椎名さんが合格していたらどうなっていたのでしょうか?

 

加えて高校1年生の時に同い年の女の子が自殺したという記事を読んでショックを受けていますが、その際のことを椎名さんらしい独特の感性をもってインタビューで話しています。

 

「私が15歳、高校1年生の時に、同じ年の女の子が自殺したという記事を新聞で読んで、大きなショックを受けました。その記事は小さな扱いでしたが、日がたつにつれ、自分の中でどんどん大きな存在になっていきました。

彼女がもし犠牲者だったとしたら、そう仕立ててしまったのは時代? 最終的なきっかけは? 決定打になる言葉があった? 私と彼女では一体何が違ったのか? 無関係に思えなかったのです。自分の表裏というか、その女の子は、いまを生きている自分と抱き合わせの存在のように感じられました」

 

またライブハウスでも演奏するなど活動を本格化し、高校2年生の頃にはヤマハ主催のコンテスト「ティーンズミュージックフェスティバル」で全国大会まで進出しています。

 

 

ちなみにこの大会ではシンガーソングライターのaikoさんが優勝しており、椎名さんもaikoさんとの出会いを「一生忘れません」とインタビューで話しています。

 

またこの頃、音楽で身を立てていくことを決意したようで、高校2年生の3学期をもって同校を中退しています。

 

そのため大学などにも進学していません。

 

その後はピザ屋や警備員などのフリーター生活をしながら、デモテープをレコード会社に送る生活をしながらプロデビューの機会を窺っていました。

 

そして椎名さんは18歳の時にヤマハ主催の「ミュージッククエストジャパンファイナル」にソロで出場しています。

 

 

この際には後に3rdシングルとしてリリースすることになる「ここでキスして。」を歌って優秀賞を受賞しています。

 

ちなみにaikoさんもこのコンクールに出場しており、「ひまわりになったら」を歌って同じく優秀賞を受賞しています。

 

まさに10代の頃はaikoさんがライバルで、ふたりは同じ年にデビューすることにもなります。

 

 

このコンクールでのパフォーマンスが認められて、いくつかのレコード会社から声がかかって最終的には東芝EMIを契約をしています。

 

そして20歳だった1998年に「幸福論」で衝撃的なデビューをしています。

 

 

そして翌年にリリースした4thシングル「本能」がミリオンセラーになって一気に人気も爆発。

 

 

「本能」のジャケットやプロモーションビデオではインパクトのあるナース姿を披露していますが、自分の作品を手にとってもらえるように「商品のイメージに合うように、広告とかシンボルに徹したい」と、どんな格好になることもいとわなかったと後のインタビューで話しています。

 

2ndアルバムの「勝訴ストリップ」は230万枚を売り上げて、人気アーティストの仲間入りを果たしています。

 

 

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学歴~出身中学校

 

出身中学校:福岡市立百道中学校

 

 

椎名林檎さんの出身中学校は、福岡市内の公立校の百道(ももち)中学校です。

 

中学時代は演劇部に所属して、演劇に熱中しています。

 

また椎名さんは中学時代に本格的に曲作りに取り掛かっていますが、演劇部の顧問の先生から演劇用の楽曲を依頼されたことがきっかけです。

 

 

中学時代は兄の影響でモータウンやソウルミュージック、R&Bなどの黒人音楽に傾倒しています。

 

「中学生はモータウン。ソウル・トレイン少女になっちゃうんですよね。フェイバリットはマーヴィン・ゲイ」

「兄の影響ですね、憧れというか…。もう、日本人の音楽を急に全然聴かなくなるんですよ。それまでは日本人のも大好きだったんですけど、一気にかぶれちゃった感じですよね」

 

ちなみに椎名さんのお兄さんはR&B歌手やシンガーソングライターとして活躍する椎名純平さんです。

 

(椎名純平)

 

そして中学3年生の時にはじめてバンドを結成し、文化祭などで演奏を披露しています。

 

(中学時代の卒アル)

 

なお椎名さんは洋楽を聴きはじめたことで同級生と話が合わなくなったことやバンド活動をはじめたことから、中学校はあまり行かなかったとコメントしています。

 

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学歴~出身小学校・子供時代

 

出身小学校:静岡県 静岡市立清水有度第二小学校

※当時は清水市立

 

 

椎名林檎さんが入学したのは、地元の清水市内の公立校の有度(うど)第二小学校です。

 

家族構成は両親と兄の4人家族です。

 

埼玉県で生まれていますが、2歳の頃から静岡県清水市(現在は静岡市)で育っています。

 

 

父親がジャズやクラシック、母親が歌謡曲好きだったことから幼い時期より音楽に親しんでいます。

 

また父親は外資系の石油会社に勤務しており、実家は裕福でした。

 

椎名さんは5歳の頃からピアノとクラシックバレエをはじめています。

 

 

ところが生後間もなく受けた先天性食道閉鎖症という病気の手術のため、左右のバランスがとれない障害が残って、ピアノとクラシックバレエは途中で断念しています。

 

椎名さんはバレエを断念したことや思春期に親とうまくいかなかったことが自分を音楽に向き合わせたとインタビューで話しています。

 

バレエは母のすすめで10年以上レッスンを受けていましたが、結局は身体のバランスを矯正する痛みを克服できずにやめました。そうして打ち込んできた芸も諦め、学校でも、父や母ともうまくいかない。そんな思春期に、自分一人で責任を取れる場所に思えたのが、譜面の中だけだったんじゃないでしょうか

 

また音楽に関しては小学校時代はドビュッシーのピアノ曲などを好んで聴いており、歌ものにはまったく興味がなかったと述べています。

 

他にも小学生時代の椎名さんは、映画「風の谷のナウシカ」のサントラやトランペットの渡辺貞夫さんなどを聴いており、当時からかなり大人びた趣向でした。

 

小学校6年生の時に父親の仕事の都合で福岡市早良区に転居して、公立小学校に転校していますが、校名などは不明です。

 

加えて椎名さんのトレードマークの左口もとのほくろですが、「小学校時代に女優の沢口靖子やマドンナのような口元にほくろがある女性に憧れてペンで書いたら本物になった」というウソみたいな噂がありますが、椎名さん本人はこれを否定していません。

 

以上が椎名林檎さんの学歴や学生時代のエピソードのまとめです。

 

その後の活躍は周知の通りで、唯一無二のサウンドと個性で熱狂的なファンも獲得しています。

 

人気絶頂期にソロ活動をいったん中断して東京事変を結成した際には、大きな話題となっています。

 

 

そんな東京事変を解散して再びソロ活動をはじめると、このところはエレファントカシマシの宮本浩次さんとのパフォーマンスが話題になって、NHK紅白歌合戦にも出場しています。

 

 

またライブのクオリティーの高さは定評があって、もはやライブというよりもショーとの声もあるほどです。

 

 

今後もアクティブに活動していくでしょうから楽しみです。

 

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