演歌歌手の木村徹二さんの出身高校や大学の偏差値などの学歴情報をお送りします。鳥羽一郎さんの息子として知られている木村さんですが、どのような学生生活を送っていたのでしょうか? 学生時代のエピソードや情報、学生時代のかっこいい画像なども併せてご紹介いたします
木村徹二(きむら てつじ)
1991年7月11日生
身長183㎝
血液型はB型
神奈川県横浜市出身(東京都生まれ)の演歌歌手
本名同じ
以下では木村徹二さんの出身高校や大学の偏差値、学生時代のエピソードなどをご紹介します
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木村徹二の学歴まとめ
出身大学:駒沢大学 経済学部経済学科
出身高校:玉川学園高等部
出身中学校:玉川学園中学部
出身小学校:不明
木村徹二の学歴~出身小学校の詳細
出身小学校:不明
木村徹二さんの出身小学校は不明です。
なお出身の玉川学園には玉川学園小学部も設置されているので、そちらの学校の出身者である可能性もあります。
家族構成は両親と兄の4人家族です。
父親は演歌歌手の鳥羽一郎さんで、兄は歌手の木村竜蔵さんです。
また叔父の山川豊さんも演歌歌手です。
子供の頃や小学校時代のエピソード
木村さんは子供の頃に父親から演歌歌手になるように勧められていました。
ただし木村さんも演歌歌手に憧れがありましたが、父親の姿を見ていたため自分には務まらないと思っていました。
小学生の頃からサッカーをはじめており、子供の頃からスポーツは得意でした。
木村さんは自身で「お兄ちゃん子」というほど、小さい頃から兄の背中を追いかけて育っています。
木村徹二の学歴~出身中学校(玉川学園中学部)の詳細
出身中学校:東京都 玉川学園中学部(有力) 偏差値46(やや容易)
木村徹二さんの出身中学校は、私立の共学校の玉川学園中学部が有力です。
後記のようにこの中学校の系列校に通学しており、内部進学率も高いのでこの学校が際有力です。
中学校時代のエピソード
木村さんは中学校時代はサッカー部に在籍して、部活動に打ち込んでいました。
14歳の時に17歳だった兄が歌手デビューをしており、身近で見ていた木村さんは兄が華々しく感じられてこういうことは自分にはできないと思いました。
加えて木村さんは兄を見て自身は表に出るタイプではないと思ったことを明かしています。
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木村徹二の学歴~出身高校(玉川学園高等部)の詳細
出身高校:東京都 玉川学園高等部 偏差値59(中の上)
木村徹二さんの出身高校は、私立の共学校の玉川学園高等部です。
この高校は1924年開校の玉川大学の系列の私立高校で、古くから自由な校風で知られています。
出身が玉川学園高等部である理由
インターネット上に複数の在籍情報が見られます。
またこの高校は古くから芸能人の子息が通学する高校として知られています。
他校には目ぼしい在籍情報がないので、この高校の出身者である可能性は高いでしょう。
高校時代はバスケットボール部で活躍
高校時代はバスケットボール部に在籍をしており、部活動に打ち込んでいました。
バスケットボール部では、センターポジションを担当していました。
木村さんは当時のことについて、インタビューで次のように話しています。
「センターというポジションの選手って平均的に背が高いんですよ。僕は183センチあるんですけど、それでも大会に出る選手の中では地元でいちばん背が低くて、高さでは勝てないんです。なので強さで勝つしかないので筋トレを始めたんですね。」
引用元:encore
高校時代から筋トレをはじめましたが、筋肉が付きやすい体質だったようです。
また自身の中学校、高校時代についてはインタビューで次のように話しています。
「今よりも多少は尖っていた部分があったと思います(笑)。でも、一般的な中高生の思春期の枠を超えることはなかったですね。両親の教育のおかげもあると思います。」
引用元:real sound
父親が演歌歌手として活躍をしていたことから、学生時代は母親に言われて父親の顔に泥を塗らないように心掛けながら過ごしていたとのことです。
【主な卒業生】
DAIGO(ミュージシャン、タレント)
藤田朋子(女優)
久間田琳花(ファッションモデル)
藤井サチ(ファッションモデル)
中村里砂(ファッションモデル)
田原可南子(女優)
石川界人(声優)
平野綾(声優、歌手)
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木村徹二の学歴~出身大学(駒沢大学)の詳細
出身大学:駒沢大学 経済学部経済学科 偏差値50(普通)
木村徹二さんは高校卒業後は、駒沢大学に進学しています。
出身が駒沢大学である理由
複数の有名メディアがこの大学の出身者であることを報じています。
また木村さんのWikipediaにもこの大学を卒業したことが記載されています。
そのためこの大学の出身者で間違いないはずです。
大学では経済学部経済学科に在籍していました。
大学時代のエピソード
木村さんは大学に入学後もバスケットボールを続けており、筋トレをしたおかげで身長が2mを超える選手にも当たり負けすることはなかったと当時を振り返っています。
バスケットボールはあくまでも趣味の範囲で、プロになりたいと思うことはありませんでした。
そのため体育会のバスケットボール部などには所属せず、仲間とプレーしていたはずです。
またチームメイトと一緒に練習後に毎日のようにカラオケに行ったことが歌の原点だったとのことで、インタビューでは次のように話しています。
「そう考えるとカラオケが原点だったのかもしれません。学校の近くにカラオケ屋さんがあったので、毎日のように通っていました。」
引用元:real sound
当時は「EXILE」のヒット曲は一通り歌っており、他にも「CHEMISTRY」や「KinKi Kids」など当時流行っていた男性デュオをよく歌っていました。
演歌は聴いていましたが、カラオケで輪を乱すと思ったことから歌うことはなかったといいます。
大学時代に「竜徹日記」に誘われる
大学時代に兄から兄弟ユニット「竜徹日記」として活動をしないかと誘われており、このことがきっかけで木村さんは歌の道に進むようになります。
木村さんはインタビューでは次のように話していました。
「歌手になったことに関しては僕自身、父や兄のおかげだということはめちゃくちゃ自覚しています。もう、この道に進むことは、僕が拒んでも避けられなかった宿命のようなものだったとも思いますし。」
引用元:encore
木村さんは大学生の時にレコード会社の人からデビューをしないかと誘われていますが、自分にはそれほど才能があると思っていなかったことから断ったとのことです。
そして木村さんは兄弟デュオの「竜徹日記」として、大学卒業後に活動を開始しています。
以降も「竜徹人気」の一員として活動していましたが、31歳だった2022年にファーストシングル「二代目」でソロの演歌歌手としてデビューしています。
2025年には3枚目シングルの「雪唄」がオリコン9位のヒットになって、演歌歌手として大きな注目を集めています。
今後のさらなる飛躍にも期待が高まります。
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