あいみょんの学歴|出身高校大学や中学校の偏差値と学生時代やかわいい画像
10代20代を中心に絶大な支持を集めているシンガーソングライターのあいみょんの出身中学校や高校の偏差値などの学歴情報をご紹介します。また孤独だった高校時代や音楽をはじめたきっかけになった学生時代のエピソードや当時のかわいい画像なども併せてご紹介いたします
あいみょん
1995年3月6日生
身長161㎝
血液型はA型
兵庫県出身のシンガーソングライター
本名は非公表
以下ではあいみょんさんの学歴や経歴、出身中学校や高校の偏差値、学生時代のエピソードなどをご紹介していきます
経歴・プロフィールの詳細
20歳:2015年3月にシングル「貴方解剖純愛歌~死ね~」でインディーズデビュー。
21歳:2016年5月に音楽番組「musicるTV」でテレビ番組初出演。
21歳同年11月に1stシングル「生きていたんだよな」でメジャーデビュー。
以降も「君はロックを聴かない」や「満月の夜なら」、「マリーゴールド」などの楽曲をリリース。
21歳:2017年9月に1stアルバム「青春のエキサイトメント」をリリース。
他にも「COUNTDOWN TV」や「ミュージックステーション」などの音楽番組に出演している。
22歳:2018年12月にNHK紅白歌合戦に初出場
学歴~出身高校・大学
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出身高校:兵庫県 西宮南高校(中退) 偏差値49(やや容易)
あいみょんさんが入学したのは、県立の共学校の西宮南高校です。
同校は1975年開校の比較的新しい高校で、落語家の月亭方正さんの出身校としても知られています。
200以上のストック曲があると言われているあいみょんさんですが、高校1、2年生の頃から自作の曲作りをはじめたとインタビューで話しています。
しかし当時はライブはもちろんのこと、人前で演奏することもなかったそうです。
曲作りをはじめてからは「あわよくばステージで歌ったら楽しいんかな?」とも思いましたが、「まあ、無理やろ」と現実的になったと述べています。
ただしあいみょんさんは高校2年生の時に、「EXILE Presents VOCAL BATTLE AUDITION 3 〜For Girls〜」を受けていたという情報があります。
このオーディションの審査の通過者を紹介する上の画像が残っていたことが理由ですが、顔立ちや年齢、出身地が一致することから、信ぴょう性も高いものと思われます。
あいみょんさんも高校時代にオーディションを受けたことがあることをインタビューで話しています。
高校の同級生の子が一緒にやろうよみたいな感じで勝手に応募したんですけど、私だけ学校の授業中に電話がかかってきて、4次審査くらいまでいっちゃって。やばいと思って早く落ちろ!! と思ってました(笑)
あいみょんさんの音楽性からすればEXILE主催のオーディションに参加するのは意外なように思えましたが、やはり友達が勝手に応募したものだったのですね。
またこの画像によればあいみょんさんの本名は「森井愛美」ということになりそうです。
ちなみにこのオーディションの合格者は後にE-girlsやflower、bunnyなどのメンバーになっており、石井杏奈さんや坂東希さん、市來杏奈さんらが合格しています。
またファイナリストに「森井愛美」の名前はないので、あいみょんさんは途中で落選してしまったようです。
ちなみに現在の芸名の「あいみょん」ですが、学生時代からのあだ名が由来だそうです。
高校時代に友達がYOU TUBEの音楽系の番組を作成したということで、その番組ではじめて人前で演奏を披露しています。
2回ほど出演したのですが、それを見た現在の事務所のスタッフに声をかけられ、高校卒業後に音楽事務所への所属につながっています。
友達がアップしてくれたYouTubeです。友達が行ってる専門学校で3曲歌ったんですよ。オリジナル2曲とカヴァー1曲を歌って、それを友だちがYouTubeにあげて、それを見つけたそうです。初めて梅田で会って、それからとりあえず50曲一気に作ってみました
高校に入学したものの学校嫌いは相変わらずで、出席日数不足で留年となって中退しています。
高校時代には好きな音楽と絵には数学はいらいないからやりたくないと先生に訴えています。
「私は勉強が大っ嫌いやったので、学校の先生になんで勉強せえへんのやって言われることもあって。でも私は音楽というものにすごく惹かれていて、絵とかもすごく好きだったから、音楽と絵に数学は必要ないからやりたくないです、みたいなことは言っていました。だって音楽するにあたって、サイン・コサイン・タンジェントって使わないと思うんですよ」
あいみょんさんは勉強が大事なのはわかっていましたがなんだかベルトコンベアに乗せられているようで授業にはあまり集中できずに、学校に行っても保健室にばかりいるような子だったそうです。
また高校時代には学校で「変人扱い」されたことをインタビューで明らかにしています。
「高校の授業中に、ペンの頭に指人形はめてたりしてたんですよ? 指人形を大量に机に並べて遊んでたりしてたし。今思うと気持ち悪いです。中学校に雑誌しか持っていかなかったりもしたし。学校は行ってたっちゃ行ってたんですけど、テストやる意味がわからなくて、テスト受けないで東京に遊びに行っちゃったりもしてました(笑)」
ですが、当時を振り返って自分でも「変人だった」と言っており、現在では変わっていることは「嬉しい」と語るなど、高校時代の出来事などは完全に乗り越えているようです。
そして別の高校(通信制の可能性もあり)に入り直して卒業しており、高校卒業の資格は取得しています。
「父と母には甘えたところ。高校卒業資格は人生を左右すると思ってしまって、別の学校に編入させてもらいました」
また高校卒業後は音楽活動に専念したことから、大学へは進学していません。
卒業する前からバイトを長いことやっていたので、それをやりつつ音楽をやろうかなと思っていました。ただ、友達は大学でサークルとかに入ってめっちゃ楽しそうで、私はひとりになったというか、遊びに誘われなくなったんですよ。それが不安でしたね。音楽の世界は一握りの人しか生き残れないって思っていたので、ユーキャンを始めようかなみたいな(笑)
一瞬だけ大学に行こうかなとも思いましたが、「大学に行くって言っても、自己保身のしょーもない理由しかない。だったら歌に進んだ方がいい」と話しています。
そして高校時代にオーディションや卒業後に前記のYOU TUBEにアップした動画が評価されてインディーズデビューにこぎつけます。
そして20歳の時に「貴方解剖純愛歌~死ね~」でインディーズデビューを飾っています。
ちなみにこの曲は内容があまりにも過激すぎることから軒並みラジオ局でNGとなっていますが、オリコンのインディーズチャートでTOP10入りを果たしています。
するとそのわずか1年半後に「生きていたんだよな」でメジャーデビューしています。
さらには23歳で「マリーゴールド」などの楽曲が評価されて、NHKの紅白歌合戦に初出場するなど、瞬く間に人気アーティストの仲間入りをしています。
紅白に出場した際には歌手志望だったおばあちゃんが喜んでくれたことをインタビューで話しています。
「家族は喜んでましたね。おばあちゃんがもともと歌手になるのが夢だったので、そういった意味で『夢を叶えてくれてありがとう』みたいなことは言っていました」
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学歴~出身中学校
出身中学校:西宮市立学文中学校 偏差値なし
あいみょんさんの出身中学校は、地元西宮市内の公立校の学文(がくぶん)中学校です。
中学時代は陸上競技部に所属して熱心に打ち込んで副部長を務めるなど、運動は得意なようです。
「中学では陸上競技部に入って、部活一筋でした。ほんまに一生懸命やって最終的には副部長にまで上り詰めました」
中学1年生か2年生の時に父親からギターをもらっていますが、その時は1か月ほどでやめてしまったとのこと。
しかしその後にアメリカから来た英語の先生と仲良くなったことがきっかけで、本格的にギターをはじめています。
「そのあと英語の授業でアメリカから来た先生とめっちゃ仲良くなって、その先生は授業中にアコースティックギターを弾いたりしていたんですけど、アメリカに帰る時にそのギターを私にくれて。それを使ってスピッツさんとかの曲をカヴァーしてました」
このエピソードはあいみょんさんにとって非常に重要で、次のように続けています。
ブレントって言うんですけど、その先生がYAMAHAのアコースティックギターをくれなかったら、今音楽をやってないと思います。10代で一番大きかった出来事はブレントからギターをもらったことだと言い切れますね
その際にはギター教室にも通って習いたかったそうですが、父親に「ギターなんか独学でするもんや」と言われて断念しています。
ただしあいみょんさんはギターと並行して、中学時代からソングライティングに挑戦しはじめています。
なおあいみょんは学生時代で一番楽しかったのが中学2年生の頃だと話しています。
「学生時代で一番楽しかったのって中学2年生の頃で、今でも仲いい地元の友達はみんな中学校の同級生です」
ただし当時から勉強は「ダメダメでした」としています。
また当時の部活の顧問と担任の先生には音楽での可能性を否定されたことから、あまりいい印象を抱いていないようです。
「『音楽は無理やろう』って、中学の部活の顧問と担任に言われ続けてたのが一番イタかったんですよね。『高校行くのもギリギリやのに、それより勉強しろ!』ってずっと言われてたんで、見返したいっていう気持ちは凄いあったんですよね……私、めっちゃひねくれてるんで」
ただし中学時代から文才に長けており、作文が学年で選ばれたことをインタビューでコメントしています。
「中学校の時、友達について書いた作文が学年の中で選ばれて中国に派遣されそうになったんですよ。でも実は、ちょっと嘘書いたんで(笑)、選ばれちゃってヤベェって思ったんですけど」
現在でもインパクトのある歌詞がたびたび話題になっているあいみょんさんですが、当時から才能を覗かせていたようです。
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学歴~出身小学校
出身小学校:不明
あいみょんさんの出身小学校は西宮市内の公立校のようですが、校名などは不明です。
ただし実家が西宮市池開町にある武庫川女子大学の近くとの情報があり、そうであれば次の4校が有力です。
西宮市立鳴尾東小学校
西宮市立鳴尾小学校
西宮市立小松小学校
西宮市立鳴尾北小学校
家族構成は両親と6人きょうだいの8人家族です。
「上から女・女・女・男・男・男なので、私の権力は上のほう。姉でも妹でもあるっていう立場はいろいろと大変でした」
父親は音響関係の仕事をしており、若い頃はバンドを組んでいたほど音楽好きでした。
母親も音楽好きということもあり、あいみょんさんは子供の頃から音楽に親しんで、歌謡曲が大好きだったとインタビューで話しています。
小学校2年生から3年生に上がるタイミングで西宮市に移住して、19歳で単身上京するまで過ごしています。
子供の頃から両親からは勉強をしろとは言われなかったとインタビューで語っています。
うちはもう、完全に「勉強できなくてもいい」っていう家庭で。自分が熱中できるものがひとつでもあればいいっていう感じだったんです。お母さん自身も勉強がすべてではないって思ってるタイプ。お父さんは真逆で賢いんですよ。でもお父さんも、私たちに「勉強せえ」とか「テストで何点以上取れ」とかって言うことはまったくなかったです
子供の頃は妹と部屋を半分にして使っており、初めて二段ベッドがきた際のエピソードを次のように話しています。
「こんなものが世の中にあるのか」とビックリしました。6畳ぐらいの部屋のど真ん中に二段ベッドを置くことで部屋を仕切って、こっちが私でこっちが妹、みたいな感じにしてたんです。でも自分の部屋は広いほうがいいから、妹にわからないように、二段ベッドをちょっとずつ妹のほうに押してました」
本人によれば小学生時代は明るい少女だったとのこと。
そして小学校の頃は絵を描くのが好きで、当時はなんと岡本太郎やダリの絵が好きだったとインタビューでコメントしています。
「ピカソとか岡本太郎とかダリが好きで、最初は美術の学校に行くのもいいなって思ってたんです。ピカソとか岡本太郎って、誰でも書けるような絵って言われるんですけど、誰でも書けるような絵を描くまでの発想が凄いなと思ってるんです。そういう奥深さが好きというか、簡単な絵って言われるのを承知の上で描いてるのがカッコイイなって」
ピカソや岡本太郎の作品が好きな小学生はそうそういないと思われますが、このあたりにも彼女の感性を窺うことができますね。
以上があいみょんさんの学歴や学生時代のエピソードのまとめです。
彗星のように音楽界に現れたあいみょんさんですが、10代20代のファンを中心に絶大な支持を集めています。
ライブパフォーマンスも非常に好評で、チケットの入手が困難なアーティストとしても知られています。
また2018年12月には念願の日本武道館でのワンマンライブもおこなわれました。
また剛力彩芽さんや三浦大知さん、北村匠海さんらもあいみょんさんのファンを公言しており、現在はもっとも注目されている若手女性アーティストのひとりで各方面で話題を集めています。
大ブレイクする可能性も秘めており、今後のさらなる活躍にも期待したいところです。
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