ソフトボール界のレジェンド上野由岐子さんの出身高校の偏差値などの学歴情報をお送りいたします。実は上野さんは小学校時代にソフトボールではなく、サッカーを選びそうになっていました。学生時代のエピソードや情報なども併せてご紹介いたします
上野由岐子(うえの ゆきこ)
1982年7月22日生
身長174㎝
血液型はA型
福岡県福岡市出身のソフトボール選手
以下では上野由岐子さんの出身校の偏差値や学生時代のエピソードなどをご紹介いたします
上野由岐子の学歴~出身小学校の詳細
出身小学校:不明
上野由岐子さんの出身小学校は、福岡市内の公立校のようですが校名などは不明です。
ただし出身中学校の校区からすれば、以下の3校のいずれかの可能性が高そうです。
福岡市立花畑小学校
福岡市立東花畑小学校
福岡市立鶴田小学校
家族構成は両親と弟の4人家族のようです。
上野さんは幼少期からとにかく体を動かすことが大好きで、活発な少女でした。
ソフトボールは小学3年生の頃から地元のチーム「花畑ブルージェイズ」に入団してはじめています。
ちなみにこのチームは男子のソフトボールチームで、女子選手は上野さんだけでした。
当時から体格には恵まれており断然、スポーツ向きだったようです。
しかし意外にも実は当時「ソフトボール選手になりたい」と思っていたわけではなく、ソフトボールにするかサッカーにするかで悩んでいたようです。
そんな彼女がソフトボールを選んだ決め手というのがなんと、ソフトボールの練習場のほうが自宅から近かったという理由です。
もしその際にサッカーを選択していたら、北京オリンピックでの快挙もなかったかもしれません。
小学校時代に「花畑ブルージェイズ」に入団して、ソフトボールをはじめています。
ちなみにこのチームには監督のスカウトによって入団していますが、当時の監督は上野さんを男子だと思って勧誘しています。
上野さんは小学校時代から才能の片りんを見せはじめ、早くも県大会で優勝を飾っています。
現在ではレジェンドクラスの上野由岐子さんですが、小学校当時から全国クラスというわけではなかったのですね。そこから現在の位置に行くには大変な努力があったことでしょう。
ちなみに上野さんは小学校時代は書道やピアノ、水泳などの習い事もしています。
特に書道はその後も続けており、現在は八段の腕前です。
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上野由岐子の学歴~出身中学校の詳細
出身中学校:福岡県 福岡市立柏原中学校 偏差値なし
上野由岐子さんの出身中学校は、地元福岡市内の公立校の柏原中学校です。
中学時代もソフトボール部に在籍しています。
上野さんは中学1年生の時からソフトボール部の絶対的なエースで、中学時代にも全国制覇を経験しています。
そのため中学3年生の時の卒業文集には、将来の夢はオリンピック出場と綴っています。
中学時代の活躍から全国のソフトボールの強豪校から勧誘を受けましたが、高校は地元の高校を選んでいます。
ちなみに上野さんの活躍もあって、この中学校では現在でもソフトボール部は人気を集めているそうです。
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上野由岐子の学歴~出身高校・大学の詳細
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出身高校:福岡県 九州女子高校 偏差値49(やや容易)
※現在は福岡大学附属若葉高校
上野由岐子さんの出身高校は、私立の女子校(当時)の九州女子高校です。
この高校は1907年開校の伝統校で、部活動が盛んなことで知られています。
また2010年に男女共学化されて、校名も福岡大学附属若葉高校に改称されています。
上野さんは高校時代はソフトボール部に在籍していました。
高校2年生だった1999年にはソフトボールの世界ジュニア選手権でエースとして優勝に貢献し、そのころから世界的にその名前を轟かせていました。
それもそのはず、高校生ながらに球速では107キロメートルと日本人最速の記録を出したそうです。
このことでオリエンタル・エクスプレスの異名をもとり、翌年のシドニーオリンピックの候補にも名前が挙がっていたようです。
しかし体育の授業で行われていた走り高跳びの背面跳びの際、マットのない地面に落ち腰椎を骨折してしまいます。
この骨折が原因となり、シドニーオリンピック出場断念を余儀なくされています。
しかも医師には「野球どころか普通の生活もできなくなるかもしれない。」という程の大怪我だったそうです。
ちなみにあと数センチケガの箇所がずれていたら、半身不随になったほどだったそうです。
当時の上野由岐子さんの悔しさを思うといたたまれない気持ちになりますが、彼女は諦めることなくリハビリに励み奇跡的な回復を遂げたのです。
高校3年生の時には競技に復帰して、国体で優勝を飾っています。
【主な卒業生】
結城モエ(女優)
高橋真梨子(歌手・転校)
そして上野由岐子さんは高校卒業後は大学などに進学せずに、日立高崎ソフトボール部(現在のビックカメラ女子ソフトボール高崎)に入団しています。
当初は大学進学も視野に入れていましたが、当時のソフトボール日本代表監督だった宇津木妙子さんに口説かれて実業団入りを決めています。
この実業団に入団後もすぐに実力を発揮した上野さんは、史上初の2試合連続完全試合を達成して2001年の新人王に選出されています。
さらにはオリンピック代表チームにも選ばれるなど、選手としての活躍は止まることを知りません。
22歳だった2004年のアテネオリンピックでは高山樹里さんとWエースとして出場し、中国戦でオリンピック史上初となる完全試合を達成しています。
しかしチームは3位決定戦で敗れて銅メダルに終わっています。
とは言え2008年の北京オリンピックでは大黒柱としてチームに貢献して、モントリオールオリンピックの女子バレーボール以来の金メダルを獲得。
その際には「神様、仏様、上野様」と言われたほどです。
その後はソフトボールがオリンピック競技から除外されるという不運に見舞われますが、東京オリンピックで復活することが決定。
年齢的にも最後のオリンピックになりそうですが、その活躍が期待されます。
後藤希友の学歴|出身高校大学や中学校の偏差値と学生時代のエピソード
以上が上野由岐子さんの学歴と学生時代のエピソードのまとめです。
北京オリンピックでは絶対的なエースとして活躍して、金メダルの獲得に大きく貢献しています。
またそればかりではなく、日本リーグで8度の完全試合(2020年9月現在)や世界最高球速(119㎞)などの記録を保持するレジェンドです。
東京オリンピックでの雄姿にも期待ですね。
後藤希友の学歴|出身高校大学や中学校の偏差値と学生時代のエピソード
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