井浦新の学歴と経歴|出身は東京経済大学・松が谷高校!中学校の偏差値と学生時代のエピソード

 

俳優の井浦新さんの出身高校や大学の偏差値などの学歴情報をお送りいたします。ファッションモデルとしても人気が高い井浦さんはどのような学生生活を送っていたのでしょうか? 学生時代のエピソードや情報、若い頃のかっこいい画像も併せてご紹介いたします

 

井浦新(いうら あらた)

 

02

 

1974915日生

身長183

血液型はA型

 

東京都日野市出身の俳優、ファッションモデル

本名同じ、旧芸名はARATA

 

以下では井浦新さんの出身高校や大学の偏差値、学生時代のエピソードなどをご紹介いたします

 

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目次

井浦新の学歴まとめ

 

出身大学:東京経済大学

出身高校:都立松が谷高校

出身中学校:日野市立平山中学校

出身小学校:日野市立平山台小学校

 

井浦新の学歴~出身小学校(日野市立平山台小学校)の詳細

 

出身小学校:東京都 日野市立平山台小学校

※現在は平山小学校

 

 

井浦新さんの出身小学校は、地元日野市内の公立校の平山台小学校です。

 

この小学校は2006年に平山小学校と統合されて、現在は日野市立平山小学校となっています。

 

家族構成は両親と妹の4人家族です。

 

 

子どもの頃や小学校時代のエピソード

 

父親は小学校の教師で歴史が好きなことから、井浦さんも子供の頃から父親に連れられて遺跡を訪ねたり、奈良や京都などの歴史のある街に足を運んでいます。

 

またスポーツが得意だったことから、小学校時代からサッカーをはじめています。

 

加えて小学校時代から戦隊モノやヒーローモノなどの特撮のテレビ番組が大好きでした。

 

 

井浦新の学歴~出身中学校(日野市立平山中学校)の詳細

 

出身中学校:東京都 日野市立平山中学校 偏差値なし

 

 

 

井浦新さんの出身中学校は、地元日野市内の公立校の平山中学校です。

 

この中学校に在学中は、同じ学年にお笑いコンビ「Wコロン」の元メンバーでお笑い芸人のねづっちさんも在籍していました。

 

中学時代のエピソード

 

中学校時代にはサッカー部に所属しており、ゴールキーパーを務めていました。

 

また井浦さんは小学校時代からプロレスの大ファンですが、トーク番組「ごごナマ」に出演した際には、中学校時代にテレビで見たジャンボ鶴田さんと天龍源一郎さんの試合に衝撃を受けたと話しています。

 

さらにプロレスラーのマスクを集めるほどです。

 

加えて自分が演じている表現の原点はプロレスから学んでいることもあると語るほどです。

 

【主な卒業生】

ねづっち(お笑い芸人)

 

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井浦新の学歴~出身高校(都立松が谷高校)の詳細

 

出身高校:東京都 松が谷高校 偏差値51(普通)

 

 

 

井浦新さんの出身高校は、都立の共学校の松が谷高校です。

 

この高校は東京の八王子にある1981年開校の都立の中堅校です。

 

前記のように井浦さんは子供の頃から運動神経がよく、サッカーなどに親しんでいます。

 

高校時代のエピソード

 

そして高校時代には器械体操部に在籍しています。

 

なんでも子供の頃に見たヒーローもののテレビ番組の影響でバック転やバック宙をやりたくなったために体操部に入部したそうです。

 

ただし高校からはじめただけに、器械体操に関してはさほど上達しなかったようです。

 

なお高校時代からファッションやおしゃれに関することは大好きだったそうです。

 

【主な卒業生】

高城亜紀(元AKB48

IZAM(ミュージシャン)

 

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井浦新の学歴~出身大学(東京経済大学)の詳細

 

出身大学:東京経済大学 (中退) 偏差値4348(学部不明のため)

 

 

 

井浦新さんは高校卒業後は、東京経済大学に進学しています。

 

ただし現役合格ではなく、1年間の浪人生活を経ての進学です。

 

この大学は東京の国分寺市にあり、経済学部や経営学部、コミュニケーション学部、現代法学部など文系の学部のみを設置している大学です。

 

井浦さんの在籍した学部や専攻した学科は不明ですが、当時は経済学部と経営学部しかなかったのでいずれかの学部に在籍していました。

 

大学時代のエピソード

 

映画や音楽が好きだったことから、大学では放送研究会に所属しています。

 

また大学時代はDJとしても活動していました。

 

大学1年生で芸能界入り

 

井浦さんは大学1年生の時にインディーズブランドのコレクションにモデルとして出演したことをきっかけにスカウトされて芸能事務所入りしています。

 

そのあたりの経緯についてはインタビューで、次のように話しています。

 

「ファッションが大好きで、洋服店に通い詰めていたんです。そのショップの方の知人のブランドの方に頼まれて出ただけだったので、モデル事務所の方に声をかけてもらったときは、詐欺なんじゃないかって疑ったぐらい(笑)。当時はインターネットが普及していなかったので、情報源は雑誌。僕自身もファッション雑誌を読みあさっていたので、“もしかしたら、いつも読んでいる雑誌に出られるかも”と、ドキドキしながらいただいた名刺に電話をしました」

記事引用:LINE NEWS

 

以降はARATA名義でファッションモデルとして活動を開始すると、MENS NON-NO」や「anan」などの多くのファッション誌の表紙を飾るほどの人気を得ます。

 

 

そのため仕事が多忙になったことから、時期は不明ですが同大は中退してしまっています。

 

とは言え、その後の活躍は目覚ましく、モデルとしてはパリコレや東京コレクションに出演するほどのトップモデルとなりました。

 

また25歳の時には俳優としても活動をはじると、いきなり映画「ワンダフルライフ」の主演に起用されています。

 

 

ただし俳優デビュー当初はもともと役者志望でなく記念のつもりでやっており、自分の気持ちが作品に追いついていかないことに悩んでいます。

 

俳優としてブレイク

 

また28歳だった2002年に出演した映画「ピンポン」では演技が高く評価され、以降のオファーが殺到しています。

 

 

ところが井浦さんは2年ほど役者から「ドロップアウト」しています。

 

そのあたりの経緯については次のようにインタビュー話しています。

 

「窪塚洋介くんや『アンナチュラル』でも共演している大倉孝二くんなど、勢いのある役者ひと筋の同世代の俳優と一緒になったことで、“僕はここにいていいのか?”と、気持ちが引いてしまったんです。こんな気持ちのまま仕事をしたら、映画に失礼だと思い、事務所の方に頼んでオファーはすべて断ってもらいました。表に出なきゃみんな忘れてくれるだろうと、そこから数年は服づくりに専念していました。自分の心がまだ育っていなかったんです」

記事引用:LINE NEWS

 

とは言え2004年の映画「青い車」で復帰すると、以降は数々の話題作の映画やテレビドラマに出演する人気俳優になっています。

 

以上が井浦新さんの学歴と学生時代のエピソードのまとめです。

 

現在でもドラマや映画で活躍するほか、ドキュメンタリー番組や教養番組などにも出演しています。

 

 

また俳優活動の傍らでファッションブランド会社も立ち上げており、「リボルバー」(倒産)や「エルネクスト・クリエイティブ・アクティビティ」などのブランドも運営しています。

 

謎めいた魅力と独特のカリスマ性を持つ俳優ですから、今後の活躍にも期待が高まります。

 

井浦新の学歴・経歴・プロフィールの略歴

 

1974年(0歳):東京都日野市で生まれる

1999年(25歳):映画「ワンダフルライフ」で俳優デビュー

2002年(28歳):映画「ピンポン」出演

2007年ごろ(33歳):一般人と結婚

2008年(34歳):「最後の戦犯」でテレビドラマ初主演

2008年(34歳):映画「蛇にピアス」に出演

2010年(36歳):テレビドラマ「チェイス」でザテレビジョンドラマアカデミー賞助演男優賞受賞

2012年(38歳):NHK大河ドラマ「平清盛」に出演(ARATAから井浦新に改名)

2012年(38歳):ベストジーニスト受賞

2014年(40歳):「同級生~人は、三度、恋する~」に主演

2019年(45歳):NHK連続テレビ小説「なつぞら」に出演

2021年(47歳):映画「劇場版 殺意の道程」に主演

 

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