人気俳優の三浦春馬さんの出身高校の偏差値などの学歴情報をお送りいたします。実は三浦さんは子役として子供の頃から数々のテレビドラマに出演していました。学生時代のエピソードや情報なども併せてご紹介いたします
三浦春馬(みうら はるま)
1990年4月5日生
身長178㎝
血液型はAB型
茨城県出身の俳優
本名は笹本春馬
以下では三浦春馬さんの学歴と経歴、出身中学校や高校の偏差値、学生時代のエピソードなどをご紹介していきます。
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三浦春馬の学歴まとめ
出身大学:進学せず
出身高校:堀越高校 トレイトコース
出身中学校:土浦市立第二中学校
出身小学校:土浦市立真鍋小学校
三浦春馬の学歴~出身小学校(土浦市立真鍋小学校)の詳細
出身小学校:茨城県 土浦市立真鍋小学校
三浦春馬さんの出身小学校は、地元土浦市内の公立校の真鍋小学校です。
三浦さんは出身小学校も明かにしていませんが、インターネット上やツイッターには複数の在籍情報が見られます。
家族構成は両親と本人の3人家族です(ひとりっ子)。
父親は店(ダイニングバーとの情報もあり)を経営していたようで母親も働いていたことから、子供の頃はひとりの時が多く、レゴで一人遊びをするのが好きな少年でした。(ひとりっ子で兄弟はいない)
ただし幼少期に両親が離婚しており、中学時代に母親が再婚するまでは母子家庭に育っています。
ちなみに母親はホステスをしながら三浦さんを育てたと言われています。
また「春馬」という名前の由来は「天空を元気に駆け上がっていく駿馬」という意味が込められています。
4歳の時に児童劇団「アクターズスタジオつくば校」に所属して、キッズモデルなどを務めています。
ただし三浦さんはこの頃のことはまったく覚えていないとインタビューで話しています。
6歳の時から子役として活動を開始しています。
子役デビューの翌年にはNHKの朝ドラの「あぐり」に出演しています。
児童劇団へは母親が入らせたのですが、俳優などにならせようとしたのではなく、一緒に遊んでくれる友達を探すためでした。
小学校6年生だった2002年には映画「森の学校」で早くも主演のひとりに起用されています。
この映画の監督の西垣春吉さんによれば、当時の三浦さんは天才的な子役だったことをインタビューで話しています。
「彼の出身地の土浦(茨城県)に知り合いがおりまして、『天才的な子役がいる』と以前から聞いていました。紹介を受けて実際に会ってみると、本当に魅力的な子でした。そのときから春馬君は素晴らしいものを持っていて、特に感性が豊かだった。こちらが言ったことを2倍、3倍に深く理解して、演技で答えてくれる役者でした。接していてもピュアで繊細で、あんな子はもういないんじゃないかというくらい素晴らしかった」
記事引用:文春オンライン
ただし役柄が坊主頭なので髪を短くすることに悩んだという子供らしいエピソードも残っています。
その傍らでスポーツが得意で、小学生時代にはサッカーに熱中しています。
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三浦春馬の学歴~出身中学校(土浦市立第二中学校)の詳細
出身中学校:茨城県 土浦市立第二中学校 偏差値なし
三浦春馬さんの出身中学校は、地元土浦市内の公立校の第二中学校です。
三浦さんは出身中学校を明らかにしていませんが、インターネット上やツイッターにはこの中学校に在籍したという情報が複数見られます。
三浦さんは中学2年生の頃からはサッカー部に在籍しており、運動神経はいいようです。
ちなみにサッカーのポジションはボランチでした。
また中学2年生の時に「ゆず」に憧れてギターをはじめています。
さらに三浦さんは小学校時代に引き続き中学時代も「アクターズスクールつくば校」に通学して演技も学んでいました。
その際には同じくこのスクールに通学していた鈴木和也さんと松永一哉さんとともにダンス&ボーカルユニット「BrashBrats」を結成して、路上ライブもはじめています。
ちなみにこの際には「DA PUMP」などの楽曲をメインに歌って踊っていました。
またこのユニットでの活動は中学3年生だった2005年まで続けています。
三浦さんは自身の中学生時代を振り返って「悪ガキだった」としており、友達と夜中に学校のプールで泳いだこともありました。
加えて当時は勉強が大嫌いでした。
中学時代に母親が再婚したので、苗字が「笹本」になっています。
後述するように三浦さんは4歳の頃から子役として活動していたので、中学時代も3年間にわたって芸能活動をおこなっています。
小学校6年生から中学校1年生の時には市川海老蔵(当時は市川新之助)さんが主演した大河ドラマ「MUSASHI」に出演して、海老蔵さんの一番弟子の役を演じて子役として注目を集めています。
そのため以降も「はぐれ刑事純情派」や「いま、会いにゆきます」などの話題作の連続ドラマに起用されています。
当時からかなり仕事で忙しかったことや勉強嫌いなことから高校へは進学しないで俳優に専念しようとも思っていますが、最終的には進学を選んでいます。
ただし親元を離れて堀越高校に通学することを当初は母親に反対されていますが、それを押し切っています。
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三浦春馬の学歴~出身高校(堀越高校)・大学の詳細
出身高校:東京都 堀越高校 トレイトコース 偏差値37(かなり容易)
三浦春馬さんの出身高校は、芸能人御用達で知られる堀越高校です。
この高校は1923年開校の私立高校で、古くから芸能コースを設置していたので多くの芸能人を輩出しています。
中学時代には子役俳優として多くのテレビドラマや映画に出演していたので、より幅広く芸能活動をおこなうために同校の芸能コースに進学しました。
堀越高校の同級生には次のような人物がいました。
蓮佛美沙子(女優)
福田沙紀(女優)
鮎川太陽(俳優)
八乙女光(ヘイセイジャンプ)
戸谷公人(俳優)
※追記
2020年7月に三浦さんが亡くなった際には、同級生たちは次のようにコメントしています
(福田沙紀)
「なんど目にしても なんど目にしても いくら考えても いまだ受け入れられなくて 言葉にならないままなのですが ただ ただ 心から 穏やかであってほしい たくさんの方々からの温かい愛の中で ゆっくり ゆっくり 休んでほしい そう毎日 心の中で 祈っています」
記事引用:東スポWEB
(蓮佛美沙子)
「私には、いつでも未来に目を向けてたくさんの好奇心を話してくれてるように見えてたよ」「怖くて、悲しくて、わけが分からない どうすることもできない でも、でも今はただ、ただひたすらに、穏やかであってほしいと、強く強く祈っています」
記事引用:スポニチ
(手越祐也・2学年上の先輩)
「演技や歌でみんなを笑顔にすることができる才能を持った人。同世代として非常に残念です」
記事引用:サンスポ
手越祐也の学歴|出身大学高校や中学校|早稲田大学中退の理由は?
高校時代の三浦さんは鮎川さんにノートを借りたりしていました。
(右は鮎川さん)
なお三浦さんの実家は茨城県土浦市なので、高校時代は寮生活を送っていました。
しかし高校時代にも連続ドラマにレギュラー出演していたため、学業との両立は大変で、体育祭や文化祭などの学校行事にも一度も出られなかったことをインタビューで話しています。
そのためいったんは高校を中退することも考えましたが、思いとどまって卒業しています。
高校1年生だった2006年には志田未来さんが主演して大ヒットした「14歳の母」に出演して、主演の志田さんの彼氏という重要なキャストで出演しています(子供の父親)。
志田未来の学歴|出身高校中学校や大学の偏差値と学生時代のかわいい画像
またこの年には「キャッチ ア ウェーブ」で、映画にはじめて主演しています(加藤ローサとW主演)。
さらに高校3年生だった2008年には「ごくせん」に不良生徒役で出演しています。
(左から三浦翔平、三浦春馬、石黒英雄)
ちなみに「ごくせん」のこのシリーズ(第3シリーズ)には三浦翔平さんや石黒英雄さん、中間淳太さんや桐山照史さん、玉森裕太さん、賀来賢人さんといった後に売れっ子になった俳優が多数出演していました。
また現在は親友の俳優・佐藤健さんにも高校時代に知り合っています(高校は別で、年齢は佐藤さんのほうが1歳年上)
佐藤健の学歴|出身高校中学校や大学の偏差値と学生時代のかっこいい画像
三浦さんは高校時代は既に仕事をしていたこともあって、周囲からの見え方をかなり気にしていたとも話しています。
さらには高校2年生の時に出演した映画「恋空」の役のために金髪で登校した時期もありましたが、通学途中に何度も不良に絡まれたエピソードもあります。
(恋空)
その際にはなるだけ目を合わせないようにして、「すいません…お騒がせします…」という気持ちだったと語っています。
当時の三浦さんは売れはじめていた頃なので、絡んできた相手も俳優だとは思わなかったようです。
ちなみにこの映画の演技で日本アカデミー賞新人賞を受賞しています。
また高校3年生の時には「ブラッディ・マンデー」で連続ドラマにはじめて主演として起用されています。
このドラマは佐藤健さんも出演していたこともあり好評で、翌年には「season2」が制作されています。
加えてこの年には「ゆず」の「うまく言えない」のPVに平田薫さんとともに出演しています。
このように三浦さんは高校時代はまさに売れに売れていました。
そのため学業との両立には苦しんでおり、高校は補習を受けてギリギリで卒業できています。
大学には進学していない
高校時代が超多忙だったことから、三浦さんは卒業後は大学などに進学せずに、芸能活動に専念しています。
卒業時には連続ドラマ「サムライ・ハイスクール」への主演も決まっていたことから、なおさらだったはずです。
ただし「サムライ・ハイスクール」に出演した際には今まで感じたことのない疲労感に襲われたことから役者をやめて農業の道に行こうとしますが、この際には母親に説得されて思いとどまっています。
その際には実際に茨城県の農業学校を見学に行ったほどでした。
ちなみに高校を卒業した2009年には「サムライハイスクール」と「ブラッディ・マンデーseason2」の2クール続けて連続ドラマの主演に起用されており、これは当時の若手としては異例のことです。
いかにこの頃の三浦さんの人気が高かったかを表すエピソードですね。
19歳だった2010年2月には佐藤健さんと共同でイメージビデオ「HT~N.Y.の中心で、鍋をつつく」を発売すると、オリコンDVDランキング5位となっています。
さらに21歳の時には役者としての自信を失って辞めようとも思っていますが、兄として慕う俳優の寺脇康文さんと話したことで思いとどまっています。
このように三浦さんはかなり繊細で、売れっ子だったにも関わらず何度も役者を辞めようと思っています。
また三浦さんは役に入り過ぎてしまい撮影後もしばらく役を引きずってしまいタイプだったことから、「役抜き」の期間を設けていたこともありました。
さらに役への思い入れが非常に強かったことから、テレビドラマの編集に意見を言って衝突することもあったそうです。
なお三浦さんは27歳の頃にイギリスのロンドンに短期留学をしています。
この際には英語を学びに行っており、向学心も高かったようです。
英語に関しては後に女優の高畑充希さんと一緒に勉強をしたこともありました。
ちなみに三浦さんは2019年にファーストシングル「Fight for your heart」で歌手デビューも果たしています。
※追記
2020年7月18日に三浦春馬さんが亡くなったことが報道されました。
死因は自殺と報じられていますが、謹んでご冥福をお祈りいたします。
以上が三浦春馬さんの学歴や学生時代のエピソードのまとめです。
その後の活躍は周知の通りで、話題作の映画やドラマに主演するほどの人気を誇っています。
また子役出身ということもあり、演技力には定評もあります。
今後のさらなる活躍にも期待が高まります。
経歴・プロフィールの詳細
4歳の頃から児童劇団に入り、1997年のNHKの朝ドラ「あぐり」で子役としてデビュー。
1999年の「金融腐蝕列島」で映画初出演。
その後も「はぐれ刑事純情派」や「ごくせん」、大河ドラマ「武蔵MUSASHI」などの人気作に出演する。
2006年の「キャッチ ア ウェーブ」で映画初主演を果たし、翌年の映画「恋空」で日本アカデミー賞新人賞を受賞。
2008年の「ブラッディマンデイ」でドラマ初主演。
2009年の「地球ゴージャス」で舞台初出演。
その後も「大切なことはすべて君が教えてくれた」や「僕のいた時間」などのドラマや「進撃の巨人」などの映画の話題作に主演している。
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