水上恒司(岡田健史)の学歴と経歴|出身大学高校(福岡工大・創成館高校)や中学校の偏差値|大学中退だった!創成館なの?

 

テレビドラマ「中学聖日記」で衝撃的なデビューを果たした俳優・岡田健史さんの出身中学校や高校の偏差値などの学歴情報をお送りいたします。野球に打ち込んだ高校時代などの学生時代のエピソードも併せてご紹介します

 

水上恒司(みずかみ こうし)

 

 

1999512日生

身長180㎝、体重67

血液型はO型

 

福岡県福岡市出身の俳優

本名は水上恒司(みずかみ こうし)、旧芸名は岡田健史(おかだ けんし)

 

【公式インスタグラム】

https://www.instagram.com/okada.kenshi/?hl=ja

 

以下では水上恒司さんの学歴や出身中学校・高校の偏差値や中学時代・高校時代のエピソードなどをご紹介していきます

 

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目次

水上恒司の学歴まとめ

 

出身大学:福岡工業大学 社会環境学部(中退)

出身高校:創成館高校

出身中学校:福岡市立和白丘中学校

出身小学校:福岡市立和白丘東小学校

 

水上恒司の学歴~出身大学(福岡工業大学)の詳細・大学中退だった!

 

出身大学:福岡工業大学(中退) 社会環境学部社会環境学科 偏差値35(かなり容易)

 

 

 

水上恒司(岡田健史)さんは高校卒業後は、福岡工業大学に進学しています。

 

当初は大学に進学せずに芸能活動に専念したと思われましたが、当時の水上さんを知るこのサイトの読者の方から情報提供がありこちらの大学に進学していたことが判明しました。

 

また在籍した学部や学科などの詳細も判明しています。

 

情報を提供していただいた方には感謝申し上げます。

 

水上さんがこの大学に進学したのは、大学でも野球をやろうと思ったからです。

 

ただし大学に在籍したのはごく短期間で、芸能活動をするために中退して上京しています。

 

と言うのも大学入試の直後に「中学聖日記」のオーディションがあり、大学進学後に合格を知らされて本格的に俳優として活動するために上京することを決断したからです。

 

その際には両親は大学を卒業してほしかったこともあり、水上さんのこの選択についてかなり迷われたそうです。

 

また中退にあたっては両親とぶつかったことを明らかにしています。

 

「いきなり親に『大学行かないで役者になりたい』って…。(父親と)ぶつかりました。あんな父親を見たのも初めてですし、僕もそれだけ親父にガーッと言われても『いや、それでもやりたい』って言った自分を見て、俺はやっぱり本当に役者やりたいんだろうなっていう確信が得られた」

 

とは言えこの年(2018年)の10月にテレビドラマ「中学聖日記」に出演して、俳優として大きな注目を集めていますのでこの選択はあながち間違いではなかったようです。

 

 

その翌年にはスペシャルドラマ「博多弁の女の子はかわいいと思いませんか?」で、いきなり主演に起用されています(橋本環奈とW主演)。

 

 

また「ドクターX」や「青天を衝け」などの人気ドラマにも出演して、着々と人気俳優の地位を築いています。

 

2022年9月には所属事務所の「スイートパワー」との契約を解除して、今後は本名の水上恒司の名義で活動することを明らかにしています。

 

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水上恒司の学歴~出身高校(創成館高校)の詳細

 

出身高校:長崎県 創成館高校 偏差値3841

 

 

 

水上恒司(岡田健史)さんの出身校は、私立の共学校の創成館高校です。

 

同校は部活動が盛んで、特に硬式野球部は県内でも強豪として知られています。

 

また同校は特別進学(偏差値41)、デザイン(同38)、ライセンス(同38)、普通(同38)の4つのコースを設置していますが、水上さんがどのコースに在籍したかは不明です。 

 

高校では甲子園を目指すために、地元である福岡市から長崎県諫早市にある同校に越境入学しています。

 

またこの高校へは特待生として入学しており、水上さんの野球の実力も相当のものでした。

 

 

そのため当初はプロ野球選手を目指していました。

 

水上さんは福岡県からの越境入学だったことから、高校時代の3年間は寮で生活していました。

 

高校時代は練習に明け暮れたことをインタビューで話しています。

 

「高校野球は毎日です。休みはなかったです。休みはお盆と年末年始にまとめてあるくらいで、それ以外は雨が降っても雪が降っても絶対に練習をやってました」

 

「A-Studio」に出演した際は、特に冬のトレーニングがきつく近くの山の山頂まで駆け上がる「山ラン」がしんどかったことを明らかにしています。

 

また岡田さんは高校1、2生の時は学年のキャプテンを務めていましたが、高校3年生の時は副キャプテンになっています。

 

本来なら野球部全体のキャプテンになっていたところでしたが、水上さんの真面目すぎる性格を考慮して監督が副キャプテンにしたそうです。

 

なお高校1年生の時に同校の硬式野球部は夏の甲子園に出場していますが、水上さんはベンチ入りしていません。

 

在学中は残念ながら甲子園に出場できませんでしたが、「イケメンキャッチャー」として地元では有名な存在だったそうです。

 

 

また他校との練習試合では、たくさんの対戦相手の高校の女子生徒が水上さん目当てに見学に来ています。

 

ただし高校時代には他に正捕手がいたことから、水上さんは控え捕手でした。

 

しかし高校3年生の夏の大会の長崎予選準決勝では、初の公式戦スタメンマスクをかぶっています。

 

この試合では水上さんは4打数2安打と活躍しました。

 

試合は残念ながらこの大会で優勝して甲子園にも出場した波佐見高校に4-5で敗れてしまいましたが、水上さんにとっては忘れない試合になったことでしょう。

 

 

なお最後の試合ではチームメイトの前では泣きませんでしたが、ベンチ裏に来ていた両親の顔を見たら思いがこみ上げてきたそうです。

 

「今まで自分勝手に野球をやらせてもらったのに、しかも家族と離れてすごくお金もかかるのに、協力してくれたのに、結果を出せなくてごめんっていう気持ちで涙が出ました」

 

また1学年下に在籍した川原陸さんは2018年のドラフトで阪神タイガースに5位で指名されており、この高校の野球部のレベルの高さが窺えます。

 

水上さんは高校卒業後は社会人野球に進もうと思っていたことから、当初は芸能界入りをまったく考えていませんでした。

 

 

ただし高校時代にプロ野球選手になるのは無理ではないかと思いはじめたことをインタビューで話しています。

 

「『現実的に考えて、これだけのプロのスター軍団の中で、20歳になったお前が試合に出られると思うのか?』と自問自答したら、徐々にですが、『自分の実力では無理かもしれない』という答えに行き着くようになってしまったんです……」

 

 

そのため大学に進学して野球を続けることを決意しています。

 

そして高校3年生の夏に野球部を引退した後に、演劇部の助っ人を探していた校長先生に推薦されて県大会の舞台に出たことがきっかけで、大きく気持ちが変わります。

 

その際には演劇部の男子部員が役にハマらないということで顧問の教師が誰かいないか探していたところ、校長先生が水上さんの名前を挙げたことで出演が決まっています。

 

 演劇部の舞台では「感じたことないほど気持ちよかった。野球から(演技に)気持ちが変わった」と語っています。

 

 

この時に演じた役柄は主人公の女の子のいとこで、特攻隊に行くことを報告する役柄で、劇は1945年8月9日に長崎に原爆が落ちる1時間前にある家族の日常を描いた作品です。

 

舞台に上がる際にはとても緊張したとのことですが、いざ舞台がはじまったらとても楽しく演じることができたそうです。

 

 

また校長先生から演劇部にスカウトされた際については、以下のようにインタビューに答えています。

 

「演劇かぁ……と(笑)。でも、高校には野球の特待生で入れていただいたのに、甲子園にも行けず、まったく結果を出すことができなくて。自分をここまで成長させてくれたのは、充実した学校生活のおかげだと思っていたので、なにか恩返しができないかなと考えていたんです。そんな時に、ちょうどそのお話があったので「やろう」と思いました。」

 

ちなみにこの時の劇は「髪を梳()かす八月」というタイトルで、演劇発表会長崎大会で最優秀賞を受賞しています。

 

 

そしてこの時の体験から本格的に俳優を志すことなって、芸能事務所入りを果たしていますが、当時のことを次のように振り返っています。

 

「実は、俳優になろうと決意した大きなきっかけが、県大会の時に審査員の方から名指しでお褒めの言葉をもらったことなんです。何十年も演劇に携わっている顧問の先生からも「名指しで褒められている人は、めずらしい」と言われて。自分なりに取り組んだ結果が評価してもらえたことはもちろんですが、(名指しでの賛辞は)滅多にないことだと知って、よりうれしかったですね」

 

ただし芸能界入りに際しては、野球をするために進学すると思っていた親と衝突して大げんかになったそうで、親には「ちょっと待て、お前一回座れ」とも言われています。

 

その際には水上さんは「俺の人生だ!」と説得して、5年越しにスカウトしていた現所属事務所の「スイートパワー」と契約を交わしました。

 

なお芸能事務所入りした後は、両親もすごく応援してくれているとのこと。

 

 

ちなみに前記の「A-Studio」に出演した際には、高校時代は女子から告白されずに自分から告白していたことを明らかにしています。

 

また同じ学校の生徒だけではなく、他校の女子生徒にも告白しておりスタジオを驚かせています。

 

そして水上さんは高校卒業後は前記の通り福岡工業大学に進学していますが、短期間で中退して本格的に俳優の道に進んでいます。

 

そして高校3年生の終わりに有村架純さん主演のテレビドラマ「高校聖日記」のオーディションに合格しています。

 

岡田さんはこのことについては、次のように喜びを表しています。

 

「もう、めちゃくちゃうれしかったです。人生で一番うれしかった(笑)。それと同時にデビュー作でこんなに大きな役をいただいたことへの責任感も感じました。共演も大先輩のすごい方々ばかりで、失礼な演技はできないですし。クランクインまでに今の自分に何ができるのかを考えて、身が引き締まる思いでした。」

 

筋トレが趣味で高校球児として体を鍛えてきた水上さんは、中学生役を演じるにあたり77キロだった体重を67キロまで減量しました。

 

なおこのオーディションに際しては演技経験が豊富な俳優の人々も多数参加していたのですが、演技未経験者の水上さんが選ばれています。

 

 

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水上恒司の学歴~出身中学校(福岡市立和白丘中学校)の詳細

 

出身中学校:福岡県 福岡市立和白丘中学校 偏差値なし

 

 

 

水上恒司(岡田健史)さんの出身中学校は、地元福岡市内の公立校の和白丘(わじろおか)中学校です。

 

前記の通り、中学時代も野球に打ち込んでいます。

 

後述するように水上さんは小学校時代から「ヤング福岡ライナーズ小学部」に所属して硬式野球をはじめていますが、中学時代も軟式野球の同校の野球部ではなく、ヤング福岡ライナーズの中学部に所属して硬式野球を続けています。

 

 

中学校1年生の冬に現在の所属事務所にスカウトされていますが、野球に取り組んでいることで断り続けていました。

 

その頃は野球一筋だったことから「何を言ってるんだろう」と気にも留めなかったと話しています。

 

(中学時代)

 

その際のことを水上さんは今でも覚えており、次のように話しています。

 

中1の冬で、給食袋の袋を振り回しながら帰っているときに呼び止められて。そんな中で名前を聞かれたりして正直に答えて、家に帰ってお母さんに言ったら名前教えるなんてとすごく怒られて(笑)。ちょっと落ち込んでいたら、次の日も同じところにいて、今度は2人に増えてる!恐怖を感じて道の反対側を歩こうとしたら、こういう者ですって、改めてスカウトされました。

 

ただし中学時代から女子生徒にかなりモテており、卒業の際には制服のボタンがすべてなくなったというエピソードも残っています。

 

岡田さんははじめてのスカウトから5年後に芸能事務所入りしていますが、水上さんをスカウトし続けたのは桐谷美玲さんや南沢奈央さん、黒木メイサさんが所属する大手芸能事務所のスイートパワーです。

 

大手の芸能事務所が5年間もかけて口説くとは、当時から相当の逸材だったようですね。

 

【主な卒業生】

大神いずみ(フリーアナウンサー)

なかやまきんに君(お笑い芸人)

 

岡田健史の学歴~出身小学校(福岡市立和白丘東小学校)の詳細

 

出身小学校:福岡県 福岡市立和白東小学校(有力)

 

 

 

水上恒司(岡田健史)さんの出身小学校は、地元福岡市内の公立校の和白東小学校が有力です。

 

ただし出身中学校の校区からすれば福岡市立和白東小学校か福岡市立美和台小学校のいずれかとなりますが、岡田さんの実家が福岡市内の和白地区にあるとの情報が多数あり、和白東小学校が有力となります。

 

家族構成は両親と姉、妹の5人家族です。

 

幼少期は両親は色々なところに旅行に連れて行ってくれたとインタビューで話しています。

 

 

また両親は素敵な人で、反抗期もなかったことをインタビューで話しています。

 

「それ以上に両親が素敵な人だったから。両親は、僕にひとりの人間として接してくれました。子ども扱いしたり、親だからって威張ることもありませんでした。だから、僕や姉も、母親が家事で大変そうな時には代わったし、それに対してありがとうと感謝してくれて。いつでも、ちゃんと話し合うことができたんです」

 

加えて次のような父親の言葉を大切にしているそうです。

 

「父親から『俺たちがした以上のことを自分の子どもにしてやれ。それが最大の恩返しだぞ』と言われていました。カッコいいなと思ったし、いつか子どもをもったときにそうしたいと思っています。それから、よく『無理はしてもいいけど無茶はするな』『いつも手を抜かずに全力でやれ』とも言っていました。失敗してもいいし、成功したらそれはラッキー。これまでも努力して成功を掴んだことがあるし、そんな経験があるから今も、努力を惜しみたくないと思っています」

 

水上さんは8歳の頃からリトルリーグの「ヤング福岡ライナーズ小学部」に所属して、硬式野球をはじめています。

 

 

ちなみに野球をはじめたのは、野球経験者だった父親の影響です。

 

また実は水上さんは7歳の時にこのチームに入団したいと両親に直訴していますが、その時は却下されています。

 

しかし親がこの際に却下したのは、水上さんの本気度を試していたとインタビューで話しています。

 

「でも、両親は、『だめ』『まだ早い』って、なかなか承諾してくれませんでした。なぜかというと、それは、僕の本気を試すためだったんです。中途半端な気持ちで始めるぐらいなら、最初からやらないほうがいいと、両親は思っていたみたいです。」

 

それでも粘り強く「やらせて」と頼んだところ入団させてくれました。

 

このチームは全国大会に出場したほどの強豪で、水上さんも小学生時代からかなり鍛えられてきたようです。

 

そのため野球をはじめた以降は野球一筋になり、家族旅行などにも行けなくなったそうです。

 

また岡田さんは厳しい練習に耐えてこのチームでレギュラーになったことから、小学校時代からプロ野球選手を目指しています。

 

以上が水上恒司(岡田健史)さんの学歴や学生時代のエピソードのまとめです。

 

テレビドラマ「中学聖日記」に有村架純さんの相手役として出演してからは、デビュー作にも関わらずいきなり人気に火がついています。

 

 

また人気雑誌「an-an」や「ELLE」などで特集が組まれるほどです。

 

 

早くも公式インスタグラムやツイッターに多くのフォロワーがつくなど、水上さんはかなりの注目も集めています。

 

今後は出演作も増えていくことが確実視されており、かなりの注目も集まりそうです。

 

またインタビューでは山田孝之さんと菅田将暉さんと共演したいと話しています。

 

今後は演技力を磨けば、俳優として大ブレイクを果たす可能性も秘めています。

 

さらなる大きな飛躍にも期待が膨らみます。

 

水上恒司の経歴

 

1999年(0歳):福岡県福岡市で生まれる

2007年(8差):リトルリーグの「ヤング福岡ライナーズ小学部」に所属し硬式野球をはじめる

2012年(13歳):スカウトされるが野球一筋だったため芸能界入りはせず

2017年(18歳):演劇部の県大会の舞台に出場し最優秀賞を受賞

2017年(18歳):芸能界入り

2018年(19歳):テレビドラマ「中学聖日記」に出演

2019年(20歳):スペシャルドラマ「博多弁の女の子はかわいいと思いませんか?」で主演に抜擢

2021年(22歳):NHK大河ドラマ「青天を衝け」に出演

2021年(22歳):映画「望み」に出演

2021年(22歳):第44回日本アカデミー賞 新人俳優賞を受賞

2022年(23歳):スイートパワーを退社して芸名を岡田健史から本名の水上恒司に変更

 

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