俳優の國村隼さんの出身高校の偏差値などの学歴情報をお送りいたします。名バイプレーヤとして数多くのテレビドラマや映画に出演している國村さんですが、どのような学生生活を送っていたのでしょうか? 学生時代のエピソードや情報、若い頃のかっこいい画像なども併せてご紹介いたします
國村隼(くにむら じゅん)
1955年11月16日生
身長170㎝
血液型はA型
大阪府大阪市出身(生まれは熊本県八代市)の俳優
本名は米村喜洋
以下では國村隼さんの出身校の偏差値や学生時代のエピソードなどをご紹介いたします
スポンサードリンク
國村隼の学歴まとめ
出身大学:進学せず
出身高校:大阪府立工業高等専門学校
出身中学校:不明
出身小学校:不明
國村隼の学歴~出身小学校の詳細
出身小学校:不明
國村隼さんの出身小学校は、地元大阪市内の公立校のようですが校名などの詳細は不明です。
生まれたのは熊本県八代市ですが、すぐに兵庫県尼崎市に転居して、小学2年生の時に大阪市に転居しています。
家族構成やきょうだいの有無も不明です。
國村さんの父親は怖かったようで、母親には反抗できても父親には反抗できなかったとインタビューで述べています。
小学校時代は演劇部に在籍していました。
國村隼の学歴~出身中学校の詳細
出身中学校:不明
國村隼さんの出身中学校は、大阪市内の公立校のようですが校名などの詳細は不明です。
また中学校時代のエピソードや情報なども現時点では見当たりません。
スポンサードリンク
國村隼の学歴~出身高校(大阪府立工業高等専門学校)・大学の詳細
出身高校:大阪府立工業高等専門学校(中退) 偏差値64(やや難関・現在)
※現在は大阪公立大学工業高等専門学校
國村隼さんが入学したのは、大阪府立工業高等専門学校です。
この学校は1963年開校の5年制の工業高等専門学校(高専)で、大阪府立大学工業高等専門学校を経て、2022年に大阪公立大学工業高等専門学校に改称されています。
またこのところ就職率や進学率の向上で高専のレベルは上がっていますが、國村さんが在学した当時は現在ほどのレベルではなかったと推測されます。
國村さんは小さなころから自動車に興味があって、エンジニアになるために同校に進学しています。
この学校では機械工学を専攻していました。
しかし20歳の時に留年になったことをきっかけに同校は中退しており、大学などにも進学していません。
その後はアルバイト生活をしていました。
そしてNHK大阪放送局の大阪放送劇団に入団して、本格的に俳優を目指しています。
ただしこの劇団のオーディションを受けたのは「暇つぶし」のためで、たまたま受けたら合格したとインタビューで述べています。
それでも演技をしていくうちに面白くなったそうです。
このあたりの経緯についてはインタビューで次のように話しています。
「元々やりたかったのは車作りいうモノ作りなんですけど、ふとやっていくと、お芝居というものに気が付いたんです。あ、これもモノ作りだって」
記事引用:スポニチ
24歳だった1979年のNHKの朝ドラ「鮎のうた」でテレビドラマに初めて出演していますが、当初は端役がほとんどでした。
34歳だった1989年に出演した松田優作さん主演の映画「ブラック・レイン」のヤクザ役で、俳優として注目されています。
以降は数多くの作品に起用されています。
1997年に映画「萌の朱雀」で、はじめて映画に主演しています。
当初はヤクザや刑事などの役柄が多かったのですが、その後は演技の幅も広がってヒロインの父親役などで人気を得ています。
NHKの朝ドラへの出演が多く、「ふたりっ子」や「芋たこなんきん」、「カーネーション」などに出演している。
2009年の「親父の一番長い日」でテレビドラマに初主演しています。
その他にもラジオドラマに出演したり、ナレーターなどを務めています。
現在でも第一線で活躍する実力派の脇役だけに、末永い活躍を期待したいところです。
スポンサードリンク
ここまでお読みいただきありがとうございました。ご質問やご意見などがございましたら、お手数をおかけしますがページ上の「お問い合わせ」よりお願いいたします。また出身校や偏差値情報などのリサーチには万全を期しているつもりですが誤りなどがあった場合はご指摘していただけると幸いです。なお返信はあるだけ早くおこなうようにしていますが、数日かかる場合があることをご了承ください。