アントニオ猪木の学歴|出身高校や中学校の偏差値|過酷だったブラジル時代

 

プロレスラーとして一世を風靡して政治家としても活躍したアントニオ猪木さんの出身校の偏差値などの学歴情報をお送りいたします。猪木さんは中学時代にブラジルに渡って信じられないほどの過酷な生活をしています。学生時代のエピソードや情報なども併せてご紹介します

 

アントニオ猪木(あんとにお いのき)

 

 

1943220日生

身長190

血液型はAB

 

神奈川県横浜市出身のタレント、元プロレスラー・政治家

本名は猪木寛至(いのき かんじ)

 

以下ではアントニオ猪木さんの出身校の偏差値や学生時代のエピソードなどをご紹介いたします




 

アントニオ猪木の学歴~出身高校の詳細

 

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出身高校:進学せず

 

アントニオ猪木さんは、高校へは進学していません。

 

後述するように中学校時代にブラジルに移民として渡った以降はコーヒー園での肉体労働を強いられたことから、学校にも通うことができませんでした。

 

ただし16歳の時にブラジル陸上選手権ジュニア部門に円盤投げで出場すると、当時の大会新記録で優勝しています。

 

またこの大会では砲丸投げでも出場しており、こちらも優勝を遂げています。

 

そのため一時は円盤投げでオリンピック出場を目指したこともありました。

 

ところが17歳だった19604月に興行でブラジルを訪れていたプロレスラーの力道山さんに、サンパウロの青果市場で働いていたところをスカウトされています。

 

 

この際には力道山さんに裸になるように指示されて、背中の筋肉を見て合格になっています。

 

この月に帰国してプロレスラーとしてデビューしています。

 

 

デビュー当時は「カタコトの日本語しか話せない日系二世」というキャラ設定だったことから、猪木さんは公の場で日本語で話すことを禁じられています。

 

ちなみに猪木さんは純粋な日本人で、中学時代まで日本で過ごしていたので当時から難なく日本語は話せました。

 

プロレスラーとしてはジャイアント馬場さんとともに一時代を築くほどの絶大な人気を誇っています。

 

 

また46歳だった1989年には自ら結成した「スポーツ平和党」から参議院議員選挙に出馬して、史上初のレスラー出身の政治家になっています。

 

 

なお20196月に次の参議院議員選挙には出馬せずに、政治家を引退しています。

 

以降はタレントや実業家として活動しており、たびたびメディアにも登場して健在ぶりも示しています。

 

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アントニオ猪木の学歴~出身中学校の詳細

 

出身中学校:神奈川県 横浜市立寺尾中学校(中退) 偏差値なし

 

 

アントニオ猪木さんが入学したのは、地元横浜市内の公立校の寺尾中学校です。

 

中学校に入学した時点で既に身長は180㎝もありました。

 

そのためスカウトされてバスケットボール部に入部しますが、上級生のシゴキに逆らってケンカの末にバスケ部を退部しています。

 

その後は陸上部に入部し直して、砲丸投げをおこなっています。

 

砲丸投げでは中学2年生の時に横浜市内の大会で優勝するなど、当時から際立った身体能力を発揮しています。

 

そのため中学時代に大相撲の時津風部屋からスカウトも受けています。

 

またこの頃から猪木さんはプロレス中継を見ており、後にスカウトされる力道山さんの試合などに熱中しています。

 

ただし実家は母子家庭だったこともあり非常に貧しく生活にも困窮していたことから、猪木さんが中学校2年生の時に母親と2人の兄、弟とともにブラジルのサンパウロに移住しています。

 

同居していた祖父も一緒に船に乗っていますが、船内で病死しています。

 

そのため中学校は中退しています。

 

またブラジルに渡った後も朝から晩までコーヒー園での労働に従事したことから、現地の中学校に編入などもしていません。

 

 

そのため猪木さんの最終学歴は「中学中退」です。

 

ブラジルでの生活は過酷で「遊んでいない。朝から晩まで奴隷のような仕事」とインタビューで振り返っています。

 

当時は電気も水道もトイレもない宿舎に生活しており、朝5時から夕方の5時まで肉体労働をしています。

 

このような過酷な生活をしていますが、そのために自然と肉体が強くなったとインタビューで話しています。

 

 

【主な卒業生】

緒形直人(俳優)

 

アントニオ猪木の学歴~出身小学校の詳細

 

 

出身小学校:神奈川県 横浜市立東台小学校

 

 

アントニオ猪木さんの出身小学校は、横浜市内の公立校の東台小学校です。

 

家族構成は両親と男7人、女4人の13人家族です(下から3番目の六男)。

 

父親は内務省の役人で、退官後に祖父事業の石炭問屋を継いでいます。

 

そのため猪木さんは当初は比較的裕福な家庭に育っています。

 

 

ところが5歳の時に父親が病死して、その後に石油へのエネルギー転換もあったことから実家の石炭問屋は倒産してしまい以降は経済的に厳しい生活をしています。

 

意外にも猪木さんは小学校時代には動きが鈍く、足も遅かったことから「ドンカン」のあだ名で呼ばれていました。

 

ただし当時から正義感が強く、女子をイジメた男子をやっつけたというエピソードも残っています。

 

以上がアントニオ猪木さんの学歴と学生時代のエピソードのまとめです。

 

周知の通りプロレスラーとしては一世を風靡しており、ジャイアント馬場さんらと数々の名勝負を繰り広げています。

 

 

また1976年に開催されたモハメド・アリとの異種格闘技の一戦は「世紀の一戦」とされて、世界各国で放送されています。

 

 

政治家に転身後も高い人気を誇りましたが、2019年に引退しています。

 

引退後は2020年にYOUTUBEに自身の「アントニオ猪木 最後の闘魂チャンネル」を開設するなど、未だに精力的な活動を展開しています。

 

未だに多くのファンがおり、末永い活躍を期待したいところです。

 

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