観月ありさの学歴|出身高校中学校や大学の偏差値と若い頃のかわいい画像

 

人気女優の観月ありささんの出身高校の偏差値などの学歴情報をお送りいたします。中学時代にブレイクした観月さんですが、実はその頃から学校のヤンキーに目をつけられていました。学生時代のエピソードや情報、若い頃のかわいい画像なども併せてご紹介いたします

 

観月ありさ(みづき ありさ)

 

観月

 

1976125日生

身長170

血液型はA型

 

東京都出身の女優、歌手、モデル

本名同じ(結婚前)

 

以下では観月ありささんの出身校の偏差値や学生時代のエピソードなどをご紹介いたします




 

経歴・プロフィールの詳細

 

4歳の頃から子役として活動し、CMや雑誌に出演していた。 

1989年のドラマ「教師びんびん物語Ⅱ」でテレビ初出演。 

1991年の主演作「超少女REIKO」で映画初出演。 

同年の「放課後」で連続ドラマ初主演。 

また1stシングル「伝説の少女」で歌手デビューし、いきなりオリコン5位となるヒットとなり日本レコード大賞の新人賞を受賞。 

歌手としては1994年の7thシングル「happy wake up!」がオリコン3位となる最大のヒット。 

1996年に主演した「ナースのお仕事」は当たり役となり、続編や劇場版も製作されるほどのヒットを記録。 

その後も「私を旅館に連れてって」や「斉藤さん」、「夜のせんせい」などの人気作の連続ドラマに主演。 

私生活では2015年に上原さくらの前夫の会社社長と結婚した。

 

観月ありさの学歴~出身高校・大学の詳細

 

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出身高校:明治大学附属中野高校 定時制(中退) 偏差値40(容易)

 

 

 

観月ありささんの出身校は、私立の共学校の明大中野高校の定時制です。

 

2003年に廃止されるまでは、堀越高校と並び数多くの芸能人が在籍していることで知られています。

 

観月さんは中学校に在籍した1990年ごろから人気が上昇したので、芸能活動を幅広くおこなうために同校に進学しました。

 

 

観月さんは高校時代は校内で浮いていたとインタビューで話しています。

 

「すごく浮いている気もしたり、自分自身が10代の時はあぶれていたかもしれない。社会に適応能力がなかったんだと思うんですよね」

 

高校1年生だった1992年には連続ドラマ「放課後」で初の主演を務めています。

 

 

観月さんは2020年現在で29年連続で連続ドラマの主演を務めるという伝説的な記録を打ち立てていますが、このテレビドラマがスタートになっています。

 

以降も数々の人気ドラマに出演して、高校時代に人気女優の地位を築いています。

 

当時は同じく人気女優だった牧瀬里穂さんと宮沢りえさんとともに「3M」と呼ばれています。

 

 

ただしあまりにハードスケジュールで仕事が多忙になったことから、高校は中退してしまっています。

 

そのため大学などにも進学していません。

 

しかしその後も女優としても多くの映画やドラマに出演しており、40歳を過ぎた現在でも第一線で活躍しています。

 

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観月ありさの学歴~出身中学校の詳細

 

出身中学校:東京都 練馬区立大泉第二中学校 偏差値なし

※卒業は世田谷区立松沢中学校

 

 

 

観月ありささんが入学したのは、練馬区立第二中学校です。

 

観月さんは小学校時代から芸能活動をおこなっており、そのため中学校や高校を通じて部活動などはおこなっていませんでした。

 

 

また当時の大泉南中学校はヤンキーが多かったことをバラエティ番組に出演した際に述べています。

 

「ヤンキーが多かったですね。学校の窓が割られるのでガムテープ貼ってあって。校庭にバイクで乗り込む先輩がいたりして」

 

観月さんは芸能活動をしていたことから中学時代はたびたび目をつけられて、ヤンキーの先輩に呼び出されたこともありました。

 

「女同士でも、先輩はガチで来るんですよ。呼び出し場所が時計台に決まっていて。『お前、ちょっと放課後、時計台来いよ!』と呼び出されて、グーで殴られて青タンで帰ってくる人もいました」

 

しかし当時から背が高かったこともあり、やられても見下ろす形になったことからヤンキーの先輩たちは割とあっさりと引いたそうです。

 

 

なお観月さんはその後に世田谷区立松沢中学校に転校して卒業しています。

 

 

 

ちなみに転校先のこちらの中学校はあまり荒れていなかったそうです。

 

仕事面では中学1年生だった1989年に田原俊彦さんが主演したテレビドラマ「教師びんびん物語Ⅱ」で、連続ドラマにはじめて出演しています。

 

 

中学2年生の時に「スコレー」のCMで美少女として話題になっています。

 

 

中学3年生だった1991年に、映画「超少女REIKO」の主演に起用されて注目を集めています。

 

 

そしてこの年にはファーストシングル「伝説の美少女」で歌手デビューを果たすと、楽曲もヒットして一気に人気も上昇しています。

 

 

この曲ではレコード大賞新人賞も受賞しています。

 

当時は「股下80㎝の8頭身美人」と呼ばれていました。

 

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観月ありさの学歴~出身小学校の詳細

 

出身小学校:東京都 練馬区立大泉南小学校

 

 

 

観月ありささんの出身小学校は、地元練馬区内の公立校の大泉南小学校です。

 

家族構成は両親と本人の3人家族です(ひとりっ子)。

 

 

母親がアメリカ人とのハーフで、観月さんはクオーターにあたります。

 

子供の頃からかなりおてんばな少女で、木や屋根に登るほどでした。

 

4歳の頃からキッズモデルとして芸能活動を開始しています。

 

 

父親の仕事の関係で小学校時代は学校を5回も転校していました。

 

また芸能活動をしていた関係で小学校時代にイジメにも遭っていましたが、観月さんは当時から気が強く相手にも自分の意見をハッキリと言っていたことからすぐにイジメはなくなったそうです。

 

以上が観月ありささんの学歴と学生時代のエピソードのまとめです。

 

現在は40代に突入しましたが、相変わらずの美貌と抜群のプロポーションで第一線で活躍しています。

 

 

未だに主演作が製作されるほどの根強い人気を誇っていますが、末永い活躍を期待したいものです。

 

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