総合格闘家の皇治さんの出身校の偏差値などの学歴情報をお送りいたします。K-1の舞台で活躍して、このところはRIZINに参戦している皇治さんですが、学生時代はかなりやんちゃでヤンキーした。学生時代のエピソードや情報、当時のかっこいい画像なども併せてご紹介します
皇治(こうじ)
1989年5月6日生
身長168㎝
血液型はO型
大阪府池田市出身のキックボクサー、総合格闘家
本名は田中宏治(たなか こうじ)
以下では皇治さんの出身校の偏差値や学生時代のエピソードなどをご紹介いたします
皇治の学歴~出身高校の詳細
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出身高校:進学せず
皇治さんは中学校卒業後は、高校には進学しておらず格闘技の道に進んでいます。
皇治さんが中学卒業後に格闘技の道に進もうと思った一つのきっかけは、自分は一番強いということをみんなに分からせたいという思いもあったからでした。
このことについてはインタビューで次のように話しています。
「自分は大阪の池田市という田舎の出身なんですけど、けんかばっかりやっとったんですよ。それで自分が一番強いっていうのをみんなに分からしたかったんで」
記事引用:日刊スポーツ
皇治さんはキックボクシングで世界一になろうと思っていました。
しかし16歳の時に総合格闘技の道に進み、そこではじめて敗北を経験しています。
総合格闘技をはじめた当初は大阪の千日前にあった80人くらいが入ることができるキャバレーのリングに立っており、当時のことについては次のように語っていました。
「天井もごっつい低くて、自分らがリングに立つと頭が付きそうなんですよ。そこではオジサンたちが女の子を横に置いて、お酒を飲みながら俺らがアテで試合をさせられる。俺はそこから上がってきたんで。」
記事引用:FITNESS LOVE
また中学校か高校ぐらいからはすでに父親とお金の貸し借りをしていたことを明かしており、父親から借りたお金は絶対に返していたとのことです。
父親とは当時から親子というよりは男同士の付き合いをしてきました。
23歳だった2013年1月に、はじめてK-1のリングに立っています。
2017年にK-1世界ライト級の王座を獲得しています。
2020年にはRIZINに初参戦しましたが、那須川天心さんと対戦して判定負けを喫しています。
またこの年にはYOUTUBEに公式チャンネルを開設しています。
今後の活動にも注目ですね。
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皇治の学歴~出身中学校(池田市立池田中学校)の詳細
出身中学校:大阪府 池田市立池田中学校 偏差値なし
皇治さんの出身中学校は、地元大阪府池田市内の公立校・池田市立池田中学校です。
中学時代にはセレッソ大阪のジュニアチームに在籍をして、サッカーに熱中をしていました。
皇治さんは当時のことについてインタビューで次のように話しています。
「年齢が2つ上の試合に出ても1人で9点取ったりして、めちゃめちゃうまかったです。柿谷曜一朗とも一緒に練習していました。あっちは覚えてないと思いますけど。」
記事引用:日刊スポーツ
またサッカーをおこなう傍ら、日本拳法もやっており全国大会で2位という成績を残すほどでした。
皇治さんは中学時代はヤンチャでよく喧嘩をしており舐められるのが嫌だったとのことですが、自分よりも弱い年下とは絶対に喧嘩をしませんでした。
中学時代に父親が母親を殴ったことがあり、母親はぼこぼこにやられて歯も折れるほどだったことがありました。
その翌日皇治さんはサッカーの試合でしたが、母親は折れた歯をマスクで隠して応援に来てくれました。
その母親の姿を見て、皇治さんは「俺は男やったのに女を守れんかった、マジでカッコ悪い、強くならないと」と、この時にこれまでで一番強くなりたいと思ったことを明かしています。
中学3年生の時にはサッカーの推薦で高校に進学しようと考えていました。
しかし中学校で最後の大きな試合で負けたときに「こいつらが下手くそやから負けたんや!」とチームメイトのせいにしてしまったことに気づきます。
皇治さんは負けたことを人のせいにしているようでは、チームプレーには向かないと思い個人競技の格闘技の道に進むことにしました。
高校では格闘技の世界で生きていきたいと思っていた時に、当時お世話になっていた校長先生に「本当に真面目にやるなら一回市長に会いに行こう」と誘われています。
しかし皇治さんはヤンチャで有名だったことから、市長からは「個人的には応援してるよ、でも市をあげての応援は無理や」と言われたことで悔しい思いをしています。
皇治さんは絶対に見返そうと思った結果、数年後には池田市のスポーツ親善大使に任命されたとのことです。
【主な卒業生】
安部若菜(NMB48)
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皇治の学歴~出身小学校(池田市立呉服小学校)の詳細
出身小学校:大阪府 池田市立呉服小学校
皇治さんの出身小学校は、地元池田市内の公立校・池田市立呉服(くれは)小学校です。
家族構成は両親と姉の4人家族です。
父親は建築関係の仕事をしており、日本拳法の師範の腕前でした。
皇治さんは歩きはじめた頃から空手を習っており、物心ついた時にはすでに道衣を着ていたとのことです。
父親が格闘技好きだったことから、空手を習わされていたため当時は非常に空手が嫌いでした。
とは言え、小学生の時には空手の大会で全国1位になっています。
また空手をおこなう傍らで、サッカーにも熱中をしていたため小学校の卒業文集には将来の夢はK-1選手かプロのサッカー選手だと書いていました。
皇治さんは自身の子供の頃のことについてはインタビューで次のように話しています。
「ホンマにちっちゃい頃からやっていた空手にしても、サッカーにしても才能なんて全然なかったんです。ただ、昔から親父にムチャクチャされて育ったんで、ケンカッ早くて気が強くて、ずば抜けているところがあるとすると根性だけやった。」
記事引用:FITNESS LOVE
父親からはぼこぼこにされて鼓膜が破れたり、歯が折れたこともありましたが同時に男としての生き方を教わったため感謝しているそうです。
以上が皇治さんの学歴と学生時代のエピソードのまとめです。
K-1では看板選手のひとりでしたが、後にK-1を離脱してRIZINに参戦しています。
またスポーツメーカーのイメージキャラクターを務めるなど、マルチな活動を展開しています。
今後のさらなる活躍にも期待が高まります。
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