岸田裕子の学歴と経歴|出身は東京女子大学・広島女学院高校!中学校の偏差値|お嬢様だった!

 

自由民主党の総裁になった岸田文雄さんの夫人の岸田裕子さんの出身高校や大学の偏差値などの学歴情報をお送りいたします。実は裕子さんはお嬢様学校の出身者で、お嬢様育ちでした。岸田文雄さんとの結婚のなれそめなども併せてご紹介いたします

 

岸田裕子(きしだ ゆうこ)

 

 

1964年8月15日生

身長非公表

血液型非公表

 

広島県三次市出身

 

以下では岸田裕子さんの出身高校や大学の偏差値、学生時代のエピソードなどをご紹介いたします

 

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目次

岸田裕子の学歴まとめ

 

出身大学:東京女子大学 文理学部

出身高校:広島女学院高校

出身中学校:広島女学院中学校

出身小学校:三次市立十日市小学校

 

岸田裕子の学歴~出身小学校(三次市立十日市小学校)の詳細

 

出身小学校:広島県 三次市立十日市小学校

 

 

 

岸田裕子さんの出身小学校は、地元広島県三次市内の公立校の十日市小学校です。

 

家族構成は不明ですが、岸田さんは長女ということが分かっています。

 

父親は広島県の不動産会社「三次開発興行株式会社」の代表取締役社長の和田邦二郎さんです。

 

政治家一家に生まれた文雄さんとお見合いしたことからも、岸田さんの実家は裕福な糧であることが窺えます。

 

そのためお嬢様育ちであることは間違いなさそうですね。

 

小学校時代は児童会の役員を務めていました。

 

岸田裕子の学歴~出身中学校(広島女学院中学校)の詳細

 

出身中学校:広島県 広島女学院中学校 偏差値62(やや難関・現在)

 

 

 

岸田裕子さんの出身中学校は、私立の女子校の広島女学院中学校です。

 

この中学校には中学受験をして入学しています。

 

また高校時代と同じように、岸田さんの中学時代のエピソードや情報は見当たりませんでした。

 

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岸田裕子の学歴~出身高校(広島女学院高校)の詳細

 

出身高校:広島県 広島女学院高校 偏差値61(やや難関・現在)

 

 

 

岸田裕子さんの出身高校は、私立の女子校の広島女学院高校です。

 

この高校は1886年開校のキリスト教系のミッションスクールで、地元では古くからの「お嬢様学校」として知られています。

 

岸田さんはこの高校の系列の中学校に在籍したことから、一般受験ではなく内部進学で進んでいます。

 

実家は広島県三次市にあったことから、中学・高校時代は6年間寮生活を送っていました。

 

高校時代は水泳部に在籍して、部活動に打ち込んでいました。

 

なお2019年12月発行の同校のお便りには講演で岸田さんが広島女学院時代の思い出や平和活動を話しています。

 

この時に中学・高校時代の懐かしい思い出を話していたそうですが、内容は割愛されています。

 

【主な卒業生】

青山祐子(アナウンサー)

上田愛美(元チェキッ娘・転校)

杉浦圭子(アナウンサー)

 

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岸田裕子の学歴~出身大学(東京女子大学)の詳細

 

出身大学:東京女子大学 文理学部 偏差値45~58(現在・学科不明のため)

※現在は現代教養学部

 

 

 

岸田裕子さんは高校卒業後は、私立大の東京女子大学に進学しています。

 

当時は文理学部のみの設置でしたが、在籍した学科は不明です。

 

ただし英語が得意なことから、英米文学科に在籍した可能性が高そうです。

 

なお当時は以下の7学科が設置されていました。

 

哲学学科

日本文学学科

英米文学学科

史学学科

社会学科

心理学科

数理学科

 

また現在では女子大離れが進みこの大学の偏差値も凋落していますが、当時は概ねどの学科も偏差値60前後でした。

 

当時はこの大学と津田塾大学、日本女子大学が「三大女子大」ともてはやされて、志望者が非常に多かった時代です。

 

ただし岸田さんの大学時代のエピソードや情報は見当たりませんでした。

 

1987年3月に大学を卒業しており、卒業後はマツダに就職しています。

 

OL時代は社長秘書を務めていました。

 

1988年に岸田文雄さんとお見合いをして結婚しています。

 

 

当時の岸田さんは24歳の若さで、岸田文雄さんは31歳でした。

 

岸田さんは文雄さんにはじめて会った時のことについて次のようにコメントを残しています。

 

「初めて会った瞬間、『私、この人と結婚するんじゃないかな』と思ったんです。」

 

岸田さんは文雄さんとお見合いをする際に不安はなかったとインタビューで次のように話しています。

 

「まず祖母同士が同級生で、友人同士だったのです。主人の祖父や父のこともとても人柄の良い人だと聞いていました。だから、不安はありませんでした。」

記事引用:ウーマンエキサイト

 

また文雄さんは元首相の宮澤喜一さんと親戚関係にあり、岸田さんの実家の一角には元首相の事務所ありました。

 

「まだ中選挙区制だったころ、私の実家のある所が宮澤喜一元首相の選挙区でした。そのため実家の一角に、元首相の事務所があったんです。」

記事引用:女性自身

 

文雄さんも岸田さんのことを気に入ったことから、お見合い後にはプロポーズをしています。

 

ちなみに初デートの場所は六本木にあった高級ディスコの「マハラジャ」でした。

 

文雄さんはプロポーズの言葉を忘れてしまったとインタビューで話していますが、岸田さんは覚えており怒られてしまったことも明かしています。

 

初デートの場所も文雄さんは忘れており、不明だと回答していました。

 

とは言え以降もおしどり夫婦として知られ、インスタグラムでも夫婦睦まじいショットをアップしています。

 

 

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岸田文雄(@fumio_kishida)がシェアした投稿

 

そして1991年1月には第一子で長男の翔太郎さんが生まれており、1997年5月には次男の晃史郎さん、2000年6月に三男が誕生しました。

 

ちなみに長男の翔太郎さんは慶応義塾大学を卒業して三井物産を経て、現在は父親の秘書を務めています。

 

そのため政治家になって跡を継ぐのが既定路線のようです。

 

 

岸田さんは3人の息子の子育ては大変だったと話しており、次のように振り返っています。

 

「やはり、大変でした(笑)。ふだんは父親が家にいない分、厳しく育ててきたつもりです。幼い頃はまだ言えばちゃんと理解してくれていましたが、成長するにつれて息子たちも反抗期を迎えますからね。中学や高校になると、だんだん力ではかなわなくなってきます。それでも『ここで引いてはいけない!』と思い、育ててきました」

記事引用:女性自身

 

 

文雄さんは東京で単身赴任をしていたことから、広島県で子供を育てていますが毎日夜には電話をしていました。

 

長男は文雄さんの議員秘書を務めています。

 

2016年に文雄さんが外務大臣を務めていた時の「G7広島外相会合」で配偶者プログラムを主催した際には海外の外務夫人とも問題なくコミュニケーションを取っていたことからも英語がかなり堪能であることがわかります。

 

ちなみに2020年に自由民主党の総裁選挙に出馬した際には、家族で動画に出演していました。

 

 

なお2021年9月に文雄さんが自由民主党の総裁選挙に立候補して、河野太郎さんとの決戦投票を制して自由民主党の総裁になりました。

 

そのため第100代内閣総理大臣に就任することが確実になりました。

 

 

ファーストレディーとなる岸田裕子さんにも注目ですね。

 

以上が岸田裕子さんの学歴と学生時代のエピソードのまとめです。

 

2021年9月に夫である岸田文雄さんが自由民主党の総裁になり、にわかに夫人である裕子さんにも注目が集まっています。

 

 

今後はファーストレディーとしてメディアへの出演も急増することは確実です。

 

 

このあたりにも注目ですね。

 

 

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