麻生太郎の学歴|出身大学高校や中学校の偏差値と学生時代

元内閣総理大臣の麻生太郎さんの出身高校や大学の偏差値などの学歴情報をお送りいたします。学校そっちのけで部活動に励んだ大学時代や祖父である吉田茂さんの思い出など、学生時代のエピソードや情報なども併せてご紹介いたします

 

麻生太郎(あそう たろう)

 

 

1940920日生

身長175㎝

血液型はA型

 

福岡県出身の政治家、第92代内閣総理大臣

自由民主党所属




 

経歴/プロフィールの詳細

 

1966年に家業の麻生産業に入社し、1973年から麻生セメントの社長を務める(1979年まで) 

1976年のモントリオールオリンピックに、射撃の日本代表として出場(41位)。 

1979年の衆議院議員選挙に自民党から立候補して初当選。 

2期務めた後の1983年の衆議院議員選挙で落選するが、1986年の選挙で復帰。 

1996年の第2次橋本内閣に経済企画長官として初入閣。 

以降は経済財政策担当大臣や総務大臣、外務大臣といった要職を務める。 

20088月の総裁選で勝利して、第92代内閣総理大臣に就任。 

20098月の衆議院議員選挙で自民党は民主党に惨敗して、9月に内閣総辞職。 

以降も財政通の手腕を買われて、財務大臣などで入閣している。

 

学歴~出身大学の詳細

 

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出身大学:学習院大学 政治経済学部 偏差値不明

※政治経済学部は現在はなし

 

 

 

麻生太郎さんは高校卒業後は、系列の学習院大学に内部進学しています。

 

在籍した政治経済学部は1964年に終了しており、その後は法学部政治学科と経済学部に分かれており、当時の偏差値なども不明です。

 

麻生さんは大学は国立大学に進学したかったのですが、父親に反対されて断念したことをインタビューで明らかにしています。

 

「官学を受けようかとも考えたけど、お前は役人になりたいのか、と親に言われてしまってね。当時は官学と言うと役人のイメージが強くて、親の跡を継いで経営者になることが目標だった私は、確かに官学に行く必要はないと思ったんだ」

 

また大学時代はヨット部に在籍しており、ほとんど大学に通学していなかったそうです。

 

「ひたすら横浜でヨット部の活動をしていたから、学校にはほとんど通っていなかったな(笑)。目白に来たとしても、学校の外で遊んでばかりだったよ」

 

そのため大学時代の授業での思い出はほとんどないそうです。

 

ただし当時の麻生さんは非常に要領がよく、友達からノートを借りてテスト直前に試験対策を講じるなどして大学の試験を乗り切っています。

 

当時は「「不可」を食らわなければいい、というスタンスで乗り切った」とも話しています。

 

加えて麻生さんは大学時代だった20歳の時にクレー射撃をはじめて、大学4年生の時には日本選手権で当時の日本記録で優勝したほどの腕前です。

 

ちなみにクレー射撃では、35歳だった1976年のモントリオールオリンピックに日本代表としても出場しています(結果は41位)。

 

 

 

なおオリンピックについては、麻生さんは次のように話しています。

 

「オリンピックに出場する前に、テヘランのアジア大会とメキシコ国際射撃大会で優勝していたから、自信はあったんだ。でも、オリンピックではこてんぱんにやられ、41位という残念な結果に終ってしまったよ」

 

クレー射撃はオリンピック出場を機にやめてしまっています。

 

当時はオイルショックなどもあって、仕事とクレー射撃のどっちをとるか迷ったそうですが、仕事を選んでいます。

 

大学卒業後はアメリカのスタンフォード大学大学院に留学して政治学を学んでいます。

 

(スタンフォード大学)

 

この大学院在学中に祖父である吉田茂元首相がマッカーサー元帥の葬儀のためにサンフランシスコを訪れた際に麻生さんはホテルに呼び出されています。

 

その際にルームサービスを頼んだ際の麻生さんのアメリカ訛りの英語に吉田さんは非常に驚いています。

 

「私が喋った英語の訛りを祖父にたいそう驚かれてしまってね。それを聞いた親からも、麻生家にそんな学歴は不要だから帰って来い、なんて言われる始末だった。それで送金を止められ、飛行機にも乗れず、仕方なく船で2週間かけてなんとか帰国したよ」

 

そのためこの大学院は半ば強制的に中退させられて、今度はイギリスのロンドン大学政治経済学院に留学することになりました。

 

 

 

この大学院ではイギリスの伝統的な英語の発音に親しみながら、経営学を学んでいます。

 

このように麻生さんは大学卒業後の豊富な留学経験で英語が非常に得意で、オバマ大統領とも通訳を挟まずに会話しています。

 

 

外務大臣に起用されたのはこの英語力とは無縁ではないはずです。

 

(若い頃)

 

当初は家業を継いで実業家として活動していましたが、39歳で政界に転身しています。

 

 

ちなみに麻生さんは父親も祖父も政治家でしたがその大変さを目の当たりにしていたことから、当初は政治家になるつもりはまったくありませんでした。

 

しかし日本青年会議所の会頭を務めたことで政治家としての能力もあるのではないかと思いはじめ、地元福岡県が炭鉱閉鎖の後遺症に悩んでいたことも背中を押したとのこと。

 

以降は政治家として順調にキャリアを重ねて、68歳で内閣総理大臣にまで上り詰めました。

 

 

麻生内閣はわずか1年ほどで総辞職しましたが、その後も財政の手腕を買われて、財務大臣などに起用されています。

 

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学歴~出身高校の詳細

 

出身高校:東京都 学習院高等科 偏差値70(現在)

 

 

 

麻生太郎さんの出身校は、私立の男子校の学習院高等科です。

 

同校は皇族や旧華族の子息などが進学する高校として知られています。

 

麻生さんが在籍した当時の偏差値は不明ですが、現在ほどでないにしろある程度のレベルであったはずです。

 

なお後述するように麻生さんはこの高校の系列の中学校出身なので、高校へは内部進学で進んでいます。

 

また高校時代は部活動に明け暮れていたとインタビューで述べていますが、在籍した部活の詳細などはわかりませんでした。

 

なお麻生さんの高校時代の情報やエピソードはほとんど見当たらないことから、高校生活の詳細なども不明です。

 

【主な卒業生】

今上天皇

皇太子徳仁親王

鳩山由紀夫(政治家・元首相)

角野卓三(俳優)

 

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学歴~出身中学校の詳細

 

出身中学校:東京都 学習院中等科 偏差値69(現在)

 

 

 

麻生太郎さんの出身中学校は、私立の男子校の学習院中等科です。

 

後述するように小学校も学習院の系列校なので、中学へは内部進学で進んでいます。

 

麻生さんの中学時代の情報もほとんどありませんが、著書によれば中等科では145人中140番の成績で、自身を「劣等生だった」と書いています。

 

下の弟(麻生次郎さん)が極めて優秀でスポーツもできたことから、劣等感を抱いていたそうです。

 

なお中学時代の麻生さんは部活動に明け暮れていたとのこと。

 

学歴~出身小学校の詳細

 


 

出身小学校:東京都 学習院初等科

 

 

 

麻生太郎さんの出身小学校は、私立の共学校の学習院初等科です。

 

ここまででわかるように麻生さんは小学校から大学までを学習院の系列校で過ごしており、受験の経験もありません。

 

家族構成は両親と7人きょうだいの9人家族です。

 

麻生さんは7人きょうだいの長男で、三男の泰さんは家業の「麻生セメント」の社長を務めています。

 

また4女の信子さんは「ひげの殿下」として親しまれた三笠宮寛仁親王に嫁いでいます。

 

ただし麻生さんが学生時代に劣等感を抱いたほどの次男の次郎さんは1964年3月20日に発生した「学習院大学ヨット遭難事故」で早世しています。

 

(左が麻生太郎さん、右が麻生次郎さん)

 

またその家系も「華麗なる一族」と呼ばれるほどで、高祖父は明治維新で活躍した大久保利通、祖父は元総理大臣の吉田茂さんです。

 

 

また妻のちか子さんの父親は、元内閣総理大臣の鈴木善幸さんです。

 

 

加えて実家は福岡県で炭鉱業やセメント業で麻生財閥がルーツで九州でも有数の資産家です。

 

麻生さんは福岡県飯塚市出身で、当初は同地にあった麻生塾小学校に入学しています。

 

ちなみにこの小学校は父親の麻生太賀吉さんが設立した学校です。

 

そして小学校3年生の時に祖父の吉田茂さんが内閣総理大臣になった際に、家族で上京して学習院初等科に編入しています。

 

ただし当時は吉田内閣が締結した日米安全保障条約反感が大きく、麻生さんも攻撃の対象にされたとインタビューで述べています。

 

「当時の世論には、祖父が結んだ日米安保条約する猛烈な反感があった。だから、吉田茂の孫ということで、私も攻撃の対象にされてしまったんだよ。けれど私は、なにくそ、という気持ちをずっと抱いて生きていたね」

 

ちなみに麻生さんは小学生時代の吉田さんとの思い出を次のように述べています。

 

「祖父はとにかく日本が好きだったよ。『日本は必ず良くなる』という信念で政治に取り組んでいる人だった。そんな祖父から、授業そっちのけで遊びに連れ出されたなんてこともあったな。車で一緒に、動物園や落語の寄席に行ったりしたんだ」

 

 

以上が麻生太郎さんの学歴と学生時代のエピソードのまとめです。

 

政治家としては内閣総理大臣に上り詰めましたが、その後も経済通やその手腕を買われて財務大臣や内閣府特命担当大臣などの要職を歴任しています。

 

 

失言も多いことで知られていますが人気の高い政治家だけに、今後の動向にも注目が集まります。

 

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ここまでお読みいただきありがとうございました。ご質問やご意見などがございましたら、お手数をおかけしますがページ上の「お問い合わせ」よりお願いいたします。また出身校や偏差値情報などのリサーチには万全を期しているつもりですが誤りなどがあった場合はご指摘していただけると幸いです。なお返信はあるだけ早くおこなうようにしていますが、数日かかる場合があることをご了承ください。

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