田原総一朗の学歴|出身大学高校や中学校の偏差値と学生時代

 

田原総一朗(たはら そういちろう)

 

 

1934415日生

身長166

血液型はB

 

滋賀県彦根市出身のジャーナリスト

 

以下では田原総一朗さんの出身高校や大学の偏差値、学生時代のエピソードなどをご紹介していきます




 

学歴~出身大学

 

スポンサードリンク



 

出身大学:早稲田大学 第一文学部 偏差値65(難関・現在)

※現在は文学部

 

 

田原総一朗さんは高校卒業後は、私大の名門・早稲田大学に進学しています。

 

当初に入学したのは夜間部の第二文学部日本文学科(廃止時の偏差値は60)で、日本交通公社(現在はJTB)で働きながら大学に通学していました。

 

ただし第二文学部にはほとんど通っていませんでした。

 

また当時の田原さんは作家志望で、文学賞に応募しても鳴かず飛ばずでした。

 

さらに同世代の大江健三郎さんや石原慎太郎さんの作品を読んだことで、まったく敵わないと思って作家になることを断念しています。

 

そして22歳の時に早稲田大学の第一文学部に入学し直しています。

 

その後はジャーナリスト志望に転向したことから、就職活動の際にはNHKや朝日新聞などのマスコミを手あたり次第受験していますが、11社目の岩波映画製作所にようやく合格して、カメラマン助手を務めています。

 

そして30歳の時に東京12チャンネル(現在のテレビ東京)が開局したので入社して、以降はディレクターとして数々のテレビ番組を手掛けています。

 

42歳の時に東京12チャンネルを退職してフリージャーナリストに転身しています。

 

 

以降は「トゥナイト」や「朝まで生テレビ」、「サンデープロジェクト」などのテレビ番組に出演。

 

 

歯に衣着せぬ発言で圧倒的な存在感を見せて、人気ジャーナリストになりました。

 

スポンサードリンク



 

学歴~出身高校

 

出身高校:滋賀県 彦根東高校 偏差値67(難関・現在)

 

 

田原総一朗さんの出身高校は、県立の共学校の彦根東高校です。

 

この高校は彦根藩の藩校の流れをくむ伝統校で、滋賀県内では古くからの進学校として知られています。

 

田原さんは高校時代は野球部に在籍していましたがレギュラーになれなかったことから、高校2年生の1学期で退部しています。

 

また高校時代には美術部にも所属しており、絵を描いています。

 

中学時代には展覧会で入選したほどでしたが、高校で周りの作品を見て、自分のは「絵もどき」だと思って絵は挫折しています。

 

そのため今度は作家を目指すことにしますが、その経緯についてはインタビューで次のように語っています。

 

「作家になろうと思っていて、だったら早稲田の文学部だと。家も貧乏だし、昼は働いて夜学に通おうと、高校入学時から決めていた。だから、数学や化学にはあまり力を入れなかったね(笑)」

 

ちなみに田原さんが80歳だった2014年に高校時代の同級生の女性と交際していると報道がありました。

 

田原さんは2度の結婚歴がありますが、いずれも妻を乳がんで亡くしています。

 

【主な卒業生】

細野豪志(政治家)

 

スポンサードリンク



 

学歴~出身小学校・中学校

 

出身小学校:滋賀県 彦根市立佐和山小学校

 

出身中学校:滋賀県 彦根市立東中学校 偏差値なし

 

田原総一朗さんの出身小学校・中学校は、いずれも地元の彦根市内の公立校です。

 

家族構成は両親と弟3人の6人家族です。

 

子供の頃は戦時中だったことから、「海軍兵学校を経て海軍に入り、特攻隊員として戦闘機に乗って敵の軍艦にぶつかって死ぬ」のが夢でした。

 

ところが日本の敗戦とともに世の中の価値観が180度ひっくり返ったことから、「世の中に絶対なんかない。偉い人の言うことは信用できない」と思うようになったそうです。

 

子供の頃から勉強がよくできて、スポーツも好きでした。

 

中学時代も野球部に所属しており、レギュラーでサードを務めています。

 

以上が田原総一朗さんの学歴と学生時代のエピソードのまとめです。

 

現在は80代半ばですが、未だに精力的な活動をおこなっており、数々のテレビ番組に出演しています。

 

 

その鋭い舌鋒も健在で、様々な問題について深く斬り込んでいます。

 

ジャーナリストとしては高い人気を誇る人物だけに、末永い活躍にも期待です。

 

スポンサードリンク



 

コメントは受け付けていません。

サブコンテンツ

このページの先頭へ