植村花菜の学歴|出身は梅花高校!大学や中学校の偏差値と学生時代のエピソード

 

「トイレの神様」のヒット曲で知られるシンガーソングライターの植村花菜さんの出身高校の偏差値などの学歴情報をお送りいたします。美人アーティストとして知られる植村さんはどのような学生生活を送っていたのでしょうか? 学生時代のエピソードや情報なども併せてご紹介いたします

 

植村花菜(うえむら かな)

 

 

1983年1月4日生

身長161㎝

血液型はA型

 

兵庫県川西市出身のシンガーソングライター

本名同じ、別名義は「KA-NA」

 

以下では植村花菜さんの出身校の偏差値や学生時代のエピソードなどをご紹介いたします

 

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目次

植村花菜の学歴まとめ

 

出身専門学校:大阪スクールオブミュージック専門学校

出身高校:梅花高校

出身中学校:梅花中学校

出身小学校:雲雀丘学園小学校

 

植村花菜の学歴~出身小学校の詳細

 

出身小学校:兵庫県 雲雀丘学園小学校

 

 

植村花菜さんの出身小学校は、私立の共学校の雲雀丘(ひばりがおか)学園小学校です。

 

この小学校は地元では名門とされる小学校で、後に宝塚歌劇団に入団する卒業生も多くいます。

 

紺野まひるさんや音花ゆりさんらが卒業生です。

 

植村さんは母子家庭に育っており、9歳年上の姉と6歳年上の兄、4歳年上の姉の4人きょうだいの末っ子です。

 

1歳の時に両親が離婚して母親に引き取られていますが、母方の祖父が会社経営者だったことから金銭的に困窮した生活は送っていません。

 

子供の頃からクラシックバレエやピアノなどの習い事をしています。

 

また同じ敷地内に祖父母の家もあり、子供の頃からおばあちゃん子でした。

 

その祖母に子供の頃に「トイレには女神様がいるから毎日トイレ掃除をするとべっぴんさんになれるで」と言われており、この経験が「トイレの神様」の誕生につながっています。

 

ちなみに当時の植村さんはその言葉を信じており、自宅だけではなく学校のトイレも率先して掃除しています。

 

なお小学校2年生の時に見た映画「サウンド・オブ・ミュージック」の影響で歌手になろうと思っています。

 

ただし小学校時代からお笑いも好きだったことから、小学校高学年の頃には吉本新喜劇に入ろうとも考えたそうです。

 

植村花菜の学歴~出身中学校の詳細

 

出身中学校:大阪府 梅花中学校 偏差値48(やや容易)

 

 

植村花菜さんの出身中学校は、私立の女子校の梅花中学校です。

 

この中学校は出身高校に併設している系列校なので、高校へは内部進学で進んでいます。

 

ただし植村さんの中学校時代のエピソードや情報などはほとんど見当たりませんでした。

 

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植村花菜の学歴~出身高校の詳細

 

出身高校:大阪府 梅花高校 偏差値49(やや容易)

 

 

植村花菜さんの出身高校は、私立の女子校の梅花高校です。

 

この高校は1878年開校のキリスト教系の伝統校で、チアリーディング部が全国大会の常連です。

 

また現在の同校は特進コースにあたるアドバンス特進(偏差値56)なども設置していますが、植村さんが在籍した当時はそのようなコースはありませんでした。

 

植村さんは公式ブログで高校時代は、バトントワリング部とチアリーディング部に在籍していたことを明らかにしています。

 

「私はバトントワリング兼チアリーディング部だったんですよー♪ポンポン持って踊ったり、バトン投げて取ったりしてました(≡∀≡)>」

 

この高校のチアリーディング部は強豪なので、高校時代は部活動に打ち込んでいたはずです。

 

また当時から将来の夢を歌手としていましたが、高校時代は歌手になるために目立ったアクションはおこしていないようです。

 

【主な卒業生】

浜木綿子(女優)

由美かおる(女優・中退)

 

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植村花菜の学歴~出身大学の詳細

 

出身大学:大阪スクールオブミュージック専門学校 偏差値なし

 

 

植村花菜さんは高校卒業後は、大学ではなく大阪スクールオブミュージック専門学校に進学しています。

 

この専門学校は1987年開校ですが、ミュージシャンやエンジニアの育成に定評があり、以下の人物が卒業生です。

 

松岡充(ソフィア)

西川貴教

岡本真夜

ナヲ(マキシマムザホルモン)

花・花

川村壱馬(ランページ)

 

植村さんはこの専門学校に進学後にアコースティックギターをはじめて、作詞・作曲に取り組んでいます。

 

しかも作詞・作曲をはじめてからわずか2週間でオリジナル曲を完成させたというエピソードも残っています。

 

さらにこの頃から地元の川西能勢口駅前などで路上ライブをはじめています。

 

専門学校時代は主に接客業のアルバイトをしており、インタビューでも「接客が好き」と述べています。

 

「学生時代にハンバーガーショップや居酒屋でアルバイトをしていましたが、接客がすごく好きなのでお客様に喜んでもらう工夫をいろいろしていたんです。私は、自分のすることで人が笑顔になってくれることにとっても幸せを感じるんです。今の仕事もそうですね」

 

専門学校2年生の時には「ザ・ストリートミュージシャン・グランプリ」というオーディションに腕試しのつもりで出場すると、1200名の出場者の中で見事にグランプリに輝いています。

 

植村さんはその後に上京して、「東京スクールオブミュージック専門学校」にも通学していました。

 

そして22歳だった2005年に「大切な人」でメジャーデビューを飾っています。

 

 

以降はコンスタントに楽曲をリリースしていますが、肝心のセールスが伸び悩んでしまいます。

 

 

ところが2010年にリリースした「トイレの神様」がロングセラーになって、翌年にはNHK紅白歌合戦にも出場しています。

 

 

実はこの曲が完成した際には、所属のレコード会社のスタッフが契約打ち切りを伝えにやって来ていました。

 

しかし植村さんは「何も言わずにこの曲を聞いてくれ」と社長に直談判したところ、リリースとなったエピソードがあります。

 

 

またこの曲は10分という異例の長さで、レコード会社からは時間を削るように言われましたが、その点も一切妥協しませんでした。

 

それでもこの曲は大ヒットして、植村さんにとっては起死回生の一発となっています。

 

以上が植村花菜さんの学歴と学生時代のエピソードのまとめです。

 

大ヒット曲は「トイレの神様」のみですが、「泣ける名曲」として多くのファンに絶賛されています。

 

 

また2013年にジャズドラマーの男性と結婚して、2016年には活動拠点をニューヨークに移しています。

 

そのため日本のメディアに登場することは少なくなっていますが、今後のさらなる活躍にも期待が高まります。

 

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