ミュージシャンの尾崎裕哉さんの出身高校や大学の偏差値などの学歴情報をお送りいたします。尾崎豊さんの息子として知られる尾崎さんですが、どのような学生生活を送っていたのでしょうか? 学生時代のエピソードや情報なども併せてご紹介いたします
尾崎裕哉(おざき ひろや)
1989年7月24日生
身長非公表
血液型はO型
東京都出身のシンガーソングライター
本名同じ
以下では尾崎裕哉さんの出身高校や大学の偏差値、学生時代のエピソードなどをご紹介いたします
尾崎裕哉の学歴~出身小学校の詳細
出身小学校:アメリカ ボストンの小学校
尾崎裕哉さんの出身小学校はボストンの小学校でが、校名などの詳細は不明です。
家族構成は両親と本人の3人家族です(ひとりっ子)。
父親はミュージシャンの尾崎豊さんですが、2歳の時に亡くなっています。
尾崎さんは5歳の時に母親と共に渡米をして、15歳の頃までアメリカで生活をしていました。
5歳の時から音楽をやりたいと思っていました。
尾崎裕哉の学歴~出身中学校の詳細
出身中学校:アメリカ ボストンの中学校
尾崎裕哉さんの出身中学校はボストンの中学校です。
ただし校名などの詳細は不明です。
また尾崎さんの中学時代のエピソードや情報なども見当たりませんでした。
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尾崎裕哉の学歴~出身高校の詳細
出身高校:東京都 アメリカンスクール・イン・ジャパン 難関
尾崎裕哉さんの出身高校は、私立の共学校のアメリカンスクール・イン・ジャパン(ASIJ)です。
ASIJは日本初のインターナショナルスクールで、名門中の名門といった存在で著名人の卒業生も多いことで知られています。
またハーバード大学などの海外の難関大学に進学する卒業生もいるほどです。
加えて日本在住のアメリカ人のほうが入学の優先順位は高く、日本人が入学を希望する場合は本人の高い英語力はもちろん、親の英語力も求められます。
そのため日本人が入学するのは難しく、学費も年間200万円程度かかります。
尾崎さんは15歳の時までアメリカで過ごしていましたが、帰国後に同校に進学をしています。
尾崎さんは自身の学生時代についてインタビューで次のように話しています。
「音楽を聴くのはずっと好きで、ピアノのレッスンとかも一応やってはいたんですけど、バリバリの進学校にいたせいもあって、周りに音楽友達みたいな人があんまりいなかったんですよね。親がきっかけを作ろうとしてくれたこともあるけど、音楽は“やりなさい”と言われてやるものじゃないというか、若者が集まって何となく始まっていくものだろう、みたいなイメージもあったので。」
高校時代に父親ができなかったことややり残したことを考えた時に音楽を使って社会に貢献することだと考えました。
また当時のことについてインタビューでは次のように話しています。
「僕が高校生のときに、ジョン・ウッド(世界の恵まれない子どもたちの支援活動を行う)という方の話に感銘を受けたんです。彼の『1時間にひとつ、世界のどこかに図書館を作っています』みたいなスケールの大きい話を聞いて感動したというか、自分もそういうスケールの大きい、何か世界にインパクトを残せるような人間になりたいなと思って。」
同校では学校の活動の一環でホームレスシェルターによく行っていました。
高校を卒業する時に母親に大学に進学はしないことを伝えた際には反対をされています。
当時のことについてインタビューでは次のように話しています。
「高校を卒業するタイミングで、母親に『ミュージシャンになるから、大学には行かない』って言ったんですけど、『馬鹿野郎』って言われて(笑)。その頃はちゃんと曲も書いてなかったし、一生の友は学生のときじゃないと作れないから、大学に行ってからでも遅くないんじゃないかと。」
【主な卒業生】
宇多田ヒカル(シンガーソングライター)
青山テルマ(歌手)
May.J(歌手)
西田ひかる(歌手)
早見優(歌手)
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尾崎裕哉の学歴~出身大学の詳細
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出身大学:慶応義塾大学 環境情報学部 偏差値70(超難関)
尾崎裕哉さんは高校卒業後は、名門私立大学の慶応義塾大学に進学します。
なお一般入試ではなく、AO入試での入学です。
大学では環境情報学部に在籍しています。
また大学では慈善事業などの勉強をしており、当時のことについては次のように話しています。
「大学入試でも、『MUSIC SAVES EARTH PROJECT』っていうのを考えて発表しました。もともと寄付に興味があったから、カラオケをチャリティーコンサート化するっていう、『このアーティストの曲を歌ったら、1円寄付されます』みたいな妄想を描いてて(笑)。」
尾崎さんは大学入学後は曲づくりをはじめましたが、最初は全然歌詞を書くことができませんでした。
歌詞を書くことができなかった理由についてインタビューで次のように振り返っています。
「たぶん、理想が高かったんだと思います。僕は尾崎豊の音楽を聴いて育ったので、ああいう物語を描写するような歌詞が正解で、『作品としての音楽』を求めていたんです。だからこそ、20歳から5~6年くらいは全然書けなくて、すごく苦しかったですね。ただ言葉を並べればいいはずなのに、でも言葉を並べるだけじゃ納得いかない。曲はすぐ作れても、それに見合う歌詞がまったくできない状態がずっと続いていたんです。」
尾崎さんは歌うことができても曲を作る才能がないことに焦りを感じていました。
そして曲の書き方を勉強しようと思い、バークリー音楽大学のサマープログラムに短期で参加しています。
なお尾崎さんは大学時代から本格的に音楽活動を開始したことから、大学は1年間の留年を経て卒業しています。
また大学卒業後は慶応義塾大学大学院に進学しています。
大学院時代のことについては次のように話しています。
「大学院に行ってからは、音大卒者の3割以下しか音楽で生計を立てられないという問題に向き合って、その割合をもっと上げるためのサービスについて、修論を書いたりもしました。」
また大学院を卒業する前に自身の転機が訪れており、インタビューでは次のように話しています。
「ちょうど人生の転換期というか、大学院を卒業する前、『今後の人生どうしよう?』っていうタイミングでフランスに行ったんです。当時、遠距離恋愛をしていて、相手がフランスに住んでいたので、恋愛面でも『今後どうしよう?』と思っていて。そういう人生のいろんな『どうしよう?』が並べられたなかで見た、レ・ローヴの丘からのサント・ヴィクトワール山にすごく意味があったというか」
大学院に在学中は音楽活動のほか、ラジオ番組のパーソナリティも務めています。
そして27歳だった2016年9月に、ファーストシングル「始まりの街」でメジャーデビューを飾っています。
デビュー当時から尾崎豊さんの息子ということでかなりの注目を集めています。
以降も精力的な活動を展開しています。
今後の活動にも期待ですね。
以上が尾崎裕哉さんの学歴と学生時代のエピソードのまとめです。
父親の背中を追って27歳の時にメジャーデビューを飾っています。
父親が偉大なミュージシャンだっただけに期待も高まりますが、そのDNAを受け継いだ息子にも頑張ってほしいところです。
経歴・プロフィールの詳細
父親はミュージシャンの尾崎豊で、2歳の時に死去。
2004年に尾崎豊のトリビュートアルバムにHIRO名義で参加。
2010年10月からインターFMで自身初の番組のDJを担当する。
2016年7月に音楽番組「音楽の日」でテレビ初出演し、父の名曲「I LOVE YOU」をカバー。
同年9月に初のホールコンサートをおこない、メジャーでの1st配信シングルとなる「始まりの街」をリリース。
2017年3月22日にCDでの1stシングル「LET FREEDOM RING」をリリース。
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