俳優の勝村政信さんの出身高校の偏差値などの学歴情報をお送りいたします。タレントとしても数々のテレビ番組に出演している勝村さんですが、どのような学生生活を送っていたのでしょうか? 学生時代のエピソードや情報なども併せてご紹介します
勝村政信(かつむら まさのぶ)
1963年7月21日生
身長173㎝
血液型はA型
埼玉県蕨市出身の俳優
本名同じ
以下では勝村政信さんの出身校の偏差値や学生時代のエピソードをご紹介いたします
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勝村政信の学歴まとめ
出身大学:進学せず
出身高校:埼玉県立浦和北高校
出身中学校:蕨市立第一中学校
出身小学校:不明
勝村政信の学歴~出身小学校の詳細
出身小学校:不明
勝村政信さんの出身小学校は、蕨市内の公立校のようですが校名などは不明です。
ただし出身中学校の校区からすれば、以下の3校のいずれかの可能性が高そうです。
蕨市立南小学校
蕨市立東小学校
蕨市立塚越小学校
家族構成は両親と兄の4人家族です。
実家は佃煮屋を経営していました。
勝村さんは幼少期からスポーツに親しみ、小学校までは野球をやっていました。
小学校6年生の時には少年野球のチームのキャプテンを務めています。
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勝村政信の学歴~出身中学校(蕨市立第一中学校)の詳細
出身中学校:埼玉県 蕨市立第一中学校 偏差値なし
勝村政信さんの出身中学校は、地元蕨市内の公立校の第一中学校です。
中学時代もサッカー部に所属しており、主力選手として活躍しています。
なお不良だった兄の影響で、勝村さんも中学校時代はかなりやんちゃだったようです。
ただし中学校時代のエピソードや情報はほとんど見当たりませんでした。
勝村政信の学歴~出身高校(浦和北高校)・大学の詳細
出身高校:埼玉県 浦和北高校 偏差値55(中の上)
勝村政信さんの出身高校は、県立の共学校の浦和北高校です。
同校は部活動が盛んで、弓道部や陸上部、バドミントン部などが県内では強豪として知られています。
同校在籍時はサッカー部に所属しており、部活動に打ち込んでいました。
当時は上下関係がかなり厳しかったようですが、それが後に芸能界入り後に役立ったと回顧しています。
当初はサッカー選手になるつもりでしたが、高校時代に限界を感じています。
ただし現在もサッカー番組への出演も多いことから、学生時代のサッカー部での経験は大変な財産になったようです。
また高校3年生でサッカー部を引退後は運転免許を取得して、運送会社の配送ドライバーのアルバイトをしています。
ちなみに同校在籍時には、レベッカのボーカルのNOKKOさんが同学年にいました。
大学には進学していない
そして勝村政信さんは高校卒業後は大学に進学せずに、就職してサラリーマンになります。
就職先はスポーツ用品の問屋でしたが、部長になるのに20年もかかることに嫌気がさしてわずか2年で退職してしまっています。
当初はファッションモデルを志しますが、身長が足りないことから断念。
その後は役者になることを目標に、無名塾や文学座などを受験していますが、すべて不合格になっています。
そのため諦めて再び就職しようと思いましたが、知り合いの演劇好きの女友達が教えてくれたのが蜷川幸雄さんの劇団でした。
このあたりの経緯については、勝村さんは次のようにインタビューで述べています。
「突然、芝居がやりたくなって無名塾や文学座を受けた。いいところまで行ったが、ダメだった。仲が良かった芝居好きな女の子に『就職しようかな』と話したら、『こんな劇団があるよ』と教えてくれたのが、蜷川さんのところだった」
記事引用:朝日新聞デジタル
演技指導が厳しいことで知られる蜷川さんなので、劇団員時代は相当苦労しています。
また演技未経験で劇団に入団していることから当初は蜷川さんの言っていることがまったく理解できませんでしたが、演劇関係の書籍をたくさん読んでこれを克服しています(最終的には数千冊の書籍を読んだとインタビューで述べています)
2年間蜷川さんの劇団で修業した後に劇団「第三舞台」に移っていますが、俳優の筧利夫さんとは第三舞台以来の盟友です。
ちなみに蜷川さんの劇団を辞めたのは蜷川さんと衝突したことが原因ですが、後に和解しています。
その後は舞台からテレビドラマや映画に活動の場をシフトして、数多くの作品に出演しています。
またトーク力も好評だったことから、バラエティ番組への出演も多いことで知られています。
以上が勝村政信さんの学歴と学生時代のエピソードのまとめです。
現在でも貴重なバイプレーヤーとして人気も高く、タレントとしてもバラエティー番組への出演が少なくありません。
また2018年には54歳で映画「仮面ライダービルド」に出演したことで大きな話題を呼びました。
存在感のある個性派俳優なので、息の長い活躍を期待したいところです。
経歴・プロフィールの詳細
1985年に蜷川幸雄の「ニナガワ・スタジオ」のオーディションに合格。
その後は劇団第三舞台(1992年に退団)に入団し、1987年の舞台「朝日のような夕日をつれて」で俳優デビュー。
1989年の「奇妙な出来事」でドラマ初出演。
1990年にバラエティー番組「天才・たけしの元気が出るテレビ」の出演によって知名度が上がる。
以降も数多くのテレビドラマに出演し、代表作は「HERO」や「義経」、「コードブルー-ドクターヘリ緊急救命」、「ドクターX」など。
映画でも「サラリーマン金太郎」や「時をかける少女」、「海猿」などに出演している。
サッカー好きで知られており、各局のサッカー番組にもしばしばゲストとして出演する。
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