歌手の吉幾三さんの出身校の偏差値などの学歴情報をお送りいたします。「雪國」や「酒よ」などのヒット曲で知られる吉さんですが、どのような学生生活を送っていたのでしょうか? 学生時代のエピソードや情報、若い頃のかっこいい画像なども併せてご紹介いたします
吉幾三(よし いくぞう)
1952年11月11日生
身長178㎝
血液型はB型
青森県嘉瀬村(現在は五所川原市)出身の歌手、タレント
本名は鎌田善人(かまた よしひと)
以下では吉幾三さんの出身校の偏差値や学生時代のエピソードなどをご紹介いたします
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吉幾三の学歴まとめ
出身高校:進学せず
出身中学校:金木町立金木南中学校
出身小学校:金木町立嘉瀬小学校
吉幾三の学歴~出身小学校(金木町立嘉瀬小学校)の詳細
出身小学校:青森県 金木町立嘉瀬小学校
※現在は閉校
吉幾三さんの出身小学校は、青森県内の公立校・金木町立嘉瀬小学校です。
この小学校は五所川原市立嘉瀬小学校になった後に、2015年に五所川原市立金木小学校に統合されています。
家族構成は両親と9人きょうだいの11人家族です。
吉さんは9人きょうだいの末っ子でした。
父親の鎌田稲一さんは昭和天皇に民謡を披露したほどの名手で、町一番の有名人でした。
その反面、大酒のみで家に生活費を入れなかったことから、一家の生活は困窮しています。
家には風呂もテレビもなく、吉さんもお年玉をもらったことがありませんでした。
吉さんは父親の影響で4歳から民謡を歌い、小学校時代は父親と共演しています。
当時は民謡の舞台でもらえる「おひねり」が一家の生活費でした。
ただし吉さんは民謡はあまり好きではなかったことを、後のインタビューで話しています。
なお子供の頃に可愛がっていた鶏が夕食のおかずにされてショックを受けたことがありました。
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吉幾三の学歴~出身中学校(金木町立金木南中学校)の詳細
出身中学校:青森県 金木町立金木南中学校 偏差値なし
※現在は五所川原市立金木中学校
吉幾三さんの出身中学校は、地元青森県内の公立校・金木町立金木南中学校です。
この中学校は、2012年に五所川原市立金木中学校に統合されて閉校になっています。
中学時代は帰宅部で、部活動などはおこなっていなかったようです。
その一方で吉さんの実家は地元金木町内でも一番の貧乏な家庭で、中学時代はヤクルトや牛乳を配達するアルバイトをおこなって家計を助けています。
また貧乏だったことから学校で物がなくなると、すべて吉さんのせいにされた悲しいエピソードも残っています。
加えて当時から歌がうまかったことから、中学時代に歌手になることを決意しています。
「12~13歳、中学生のころだったですかね。やっぱり、村一番の貧乏だったですから、「歌手になれば…」って思うじゃないですか」
その際には民謡歌手だった父親には反対されていますが、母親は背中を押してくれました。
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吉幾三の学歴~出身高校・大学の詳細
出身高校:進学せず
吉幾三さんは中学卒業後は、高校に進学していません。
実家が貧乏だったこともあり、上京して得意だった歌の道を目指しています。
インタビューでも次のように話しています。
「だってものすごい貧しくて、うちにいても、やっぱりね学校高校とかもいくとなるとやっぱりお金かかるじゃないですか。何か身につけなきゃいかんと。歌手になるって。不安だったよね。15歳だもん」
以降は姉夫婦の家に居候して、アルバイトをしながら歌手になるためのレッスンを受けています。
20歳だった1973年3月に山岡英二の芸名でアイドル歌手としてデビューしましたが、まったく売れませんでした。
それでも25歳だった1977年に吉幾三の芸名でリリースした「俺はぜったい!プレスリー」がヒットしています。
1984年には「俺ら東京さ行ぐだ」が大ヒットしています。
1986年に演歌に路線変更すると、「雪國」がオリコン1位のヒットになっています。
以降も数々のヒット曲をリリースして、人気演歌歌手になっています。
以上が吉幾三さんの学歴と学生時代のエピソードのまとめです。
当初はコミック歌手として売れましたが、その後は演歌歌手としても成功を収めています。
またシンガーソングライターとしても活動しており、千昌夫さんや山本譲二さん、沢田研二さんや石川さゆりさんといった有名アーティストに楽曲を提供しています。
今後のさらなる活躍にも期待が高まります。
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