女優の高橋ひとみさんの出身高校の偏差値などの学歴情報をお送りいたします。演技派女優として知られ数多くの作品に出演している高橋さんですが、どのような学生生活を送っていたのでしょうか? 学生時代のエピソードや情報、若い頃のかわいい画像なども併せてご紹介いたします
高橋ひとみ(たかはし ひとみ)
1961年8月23日生
身長166㎝
血液型はAB型
東京都出身の女優、タレント
本名同じ
以下では高橋ひとみさんの出身校の偏差値や学生時代のエピソードなどをご紹介いたします
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髙橋ひとみの学歴まとめ
出身大学:進学せず
出身高校:頌栄女子学院高校
出身中学校:頌栄女子学院中学校
出身小学校:品川区立延山小学校→大田区立赤松小学校
高橋ひとみの学歴~出身小学校(品川区立延山小学校・大田区立赤松小学校)の詳細
出身小学校:東京都 品川区立延山小学校
高橋ひとみさんが入学したのは、地元東京都品川区内の公立校・品川区立延山小学校です。
家族構成は両親と姉の4人家族です。
父親は大工の棟梁で、現役の頃には若い職人さんが数人ほど自宅の2階に住み込みで働いていたことから、お兄さんがたくさんいる大家族のようだったと当時を振り返っています。
職人たちは朝6時には自宅を出るため、母親は暗いうちに起きて朝食の準備やお弁当作りに励んでいました。
当時の生活については次のように話しています。
「朝晩の食事も全員でにぎやかに。夕方6時頃には晩ご飯を食べて、9時頃には寝る生活です。」
記事引用:ウェンディーネット
父親はかなり優しかったとのことですが、その代わりに母親からは厳しく育てられています。
高橋さんは小学生の頃には姉とともにピアノを習っていましたが、姉と比べて高橋さんは出来が悪かったといいます。
上手く弾けずに指を間違えてしまうと母親は、竹のものさしで容赦なく腕を叩いてきました。
腕は内出血をしており、近所のおばさんに「これどうしたの?」と聞かれたこともあったとのことです。
また高橋さんは品川区の下町で生まれていますが、小学2年生の時に父親が2駅離れたところに家を建てています。
そのため小学校3年生に上がるタイミングで、大田区立赤松小学校に転校しました。
また当時のことについてはインタビューで次のように話していました。
「今の場所に引っ越してきたときは、子どもながらも衝撃的でした。たった2駅移動しただけなのに、まったく町の雰囲気が違うんです。」
記事引用:すまいの履歴書
もともと住んでいたところにはアーケード商店街があったことから、いつも賑わっておりお祭りではおみこしをかついだりすることもありました。
引っ越し先では地域のイベントや交流がなかったため、寂しく感じたとのことです。
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高橋ひとみの学歴~出身中学校(頌栄女子学院中学校)の詳細
出身中学校:東京都 頌栄女子学院中学校 偏差値65(難関・現在)
高橋ひとみさんの出身中学校は、私立の女子校の頌栄女学院中学校です。
この中学校には中学受験で入学しています。
中学時代はバレーボール部に在籍をして、部活動に励んでいました。
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高橋ひとみの学歴~出身高校(頌栄女子学院高校)・大学の詳細
出身高校:東京都 頌栄女子学院高校 偏差値55程度(当時)
高橋ひとみさんの出身高校は、私立の女子高の頌栄(しょうえい)女子学院高校です。
この高校は1884年設立の伝統あるキリスト教系のミッションスクールで、地元では古くからの「お嬢様学校」として知られています。
現在の偏差値は69ほどありますが、高橋さんの在籍時はそれほど難関校ではありませんでした。
この高校の系列の中学校に通っていたことから内部進学で進んでいます。
この高校に在学中は1学年下に、声優の日髙のり子さんも在籍していました。
高橋さんは高校時代はバレーボール部に在籍をして、部活動に打ち込んでいました。
高橋さんは高校2年生の時に中学校、高校時代の同級生がオーディションを受けるため一緒に寺山修司さん演出の舞台公演について行きました。
高橋さんは受かるはずがないと思っていましたが、合格をしており当時の状況について次のように語っています。
「自分の番が終わり、友達を待っていると、寺山さんがこちらに歩いてきて『きみ、何番?』と。『もしかして…』と思っていたら合格。」
記事引用:ウェンディネット
以降は学校帰りに寺山さんのもとに稽古に通う日々を過ごしており、高校3年生だった1979年に舞台「バルトークの青ひげ公の城」でデビューをしました。
初舞台公演の初日には、寺山さんからスクラップブックをもらっており中には、新しい詩や稽古風景などの写真が収められていました。
また「うまくなるな」や「いいライバルを見つけろ」などの言葉も綴られていました。
高橋さんはこのことについて次のように話しています。
「『うまくなるな』は、小器用になるな、ということだと思うんですけれど。当時はよし、と思いましたけど、今では『やっぱりうまい方がいいな』って(笑い)」
記事引用:CHANT WEB
寺山さんは高橋さんにとって親以上の存在だったとのことで、寺山さんの存在があったからこそ今の自分があると語っているほどです。
【主な卒業生】
新藤恵美(女優)
音無美紀子(女優)
真梨邑ケイ(歌手)
小野リサ(歌手)
野口葵衣(NHKアナウンサー)
大学には進学していない
なお高橋さんは高校卒業後は大学には進学せずに、芸能活動に専念しています。
実家が仕事にも通いやすい立地にあったことや金銭面での余裕もなかったことから、高校卒業後も変わらず実家で暮らしながら仕事に通っていました。
以降は舞台や映画を中心に活動しています。
22歳だった1983年に出演した、テレビドラマ「ふぞろいの林檎たち」で女優として注目を集めています。
ちなみに高橋さんは当初はこのテレビドラマに出演する予定はありませんでした。
しかし恩師の寺山さんが脚本家の山田太一さんに売り込んで、出演が実現しました。
以降は主演作こそほとんどないものの、主要キャストとして数々のテレビドラマや映画に起用される人気女優になっています。
またタレントとしても活動しており、数々のバラエティ番組にも出演しています。
今後の活動にも注目ですね。
以上が高橋妃ひとみさんの学歴と学生時代のエピソードのまとめです。
大ヒットしたテレビドラマ「 ふぞろいの林檎たち」でブレイクしましたが、その後は数えきれないほどのテレビドラマや映画に出演し、人気女優の地位も築きました。
主演作はさほど多くありませんが、安定感抜群の演技で作品を盛り上げています。
貴重なバイプレーヤーですし、現在でも根強い人気を誇っていますから、末永い活躍を期待したいところです。
経歴/プロフィールの詳細
1979年の舞台「バルトークの青ひげ公の城」で女優デビュー。
1980年の「上海異人娼館」で映画初出演。
テレビドラマ初出演だった1983年の「ふぞろいの林檎たち」で注目される。
以降は多数の作品に出演し、テレビドラマの代表作は「はね駒」や「スケバン刑事」、「ハガネの女」など。
「私をスキーに連れてって」や「夜逃げ屋本舗」、「お墓がない!」などの映画にも出演。
タレントとしても活動しており、「アウト×デラックス」や「プレバト」、「スカッとジャパン」などのバラエティー番組に出演している。
2013年11月に一般人男性と結婚した。
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