つんくの学歴|出身大学高校や中学校の偏差値と学生時代

 

つんく

 

 

19681029日生

身長175㎝、体重58kg

 

大阪府東大阪市出身のシンガーソングライター、プロデューサー

ロックバンド「シャ乱Q」のボーカル

本名は寺田光男

 

以下ではつんくさんの出身高校や大学の偏差値、学生時代のエピソードなどをご紹介していきます




 

学歴~出身大学

 

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出身大学:近畿大学 商経学部 偏差値53(当時・普通)

※現在は経営学部商学科(偏差値55

 

 

つんくさんは高校卒業後は、近畿大学に進学しています。

 

後述するように高校はこの大学の系列校だったことから、一般受験ではなく内部進学で進んでいます。

 

つんくさんは大学時代はサークル活動に精を出して、サークル仲間とディスコに入り浸っていました。

 

 

大学2年生の12月にはたけさんやまことさん、たいせいさんらとロックバンド「シャ乱Q」を結成しています。

 

ちなみにまことさん以外のメンバーはみなこの大学の学生で、まことさんはつんくさんと同じ系列校の出身でしたが大学に進学できる成績ではなかったことから、メンバー唯一の高卒です。

 

結成当初はバンド活動は遊びの延長でしたが、大学3年生の時に就職活動も意識するようになると、1年間だけ真剣にやろうとメンバー間で誓ったことをインタビューで明らかにしています。

 

そしてつんくさんは信用金庫の内定をもらいますが、両親を説得して2年間の条件付きで音楽に専念するため、内定を辞退しています。

 

そして両親との約束通り、2年後の1992年にシャ乱Qはメジャーデビューしていますが、当初はセールスが伸び悩みました。

 

 

しかし1994年に「これが売れなければ最後」と意気込んだ4thシングル「上・京・物・語」がスマッシュヒットになり、6thシングル「シングルベッド」がミリオンセラーを記録しました。

 

 

以降は人気バンドとなって、数々のヒット曲をリリースしています。

 

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学歴~出身高校

 

出身高校:近畿大学附属高校 偏差値6170(現在)

 

 

つんくさんの出身校は、私立の男子校(当時)の近畿大学附属高校です。

 

この高校はスポーツが盛んで、特に硬式野球部は甲子園で優勝経験があるほどです。

 

また現在は進学校化が進んで難関校となっていますが、つんくさんが在籍した当時はここまでレベルが高くはありませんでした。

 

シャ乱Qのメンバーのまことさんとしゅうさん(1998年に脱退)とは、高校の同級生です。

 

つんくさんは高校時代もバンド活動をしており、コンテストなどにも多数出場しています。

 

また当時はタレントにもなりたかったことから、バンドをやりながらオーディションも受けていたとインタビューで話しています。

 

他にも高校時代はアルバイトにも精を出しており、バイト代で全部で40万円ほどするフルコンポを購入したとのこと。

 

【主な卒業生】

小藪千豊(お笑い芸人)

 

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学歴~出身中学校

 

出身中学校:東大阪市立長栄中学校 偏差値なし

 

 

つんくさんの出身中学校は、地元東大阪市内の公立校・長栄(ちょうえい)中学校です。

 

つんくさんは子供の頃からスポーツが得意で、中学時代は陸上部に在籍していました。

 

陸上部では走り高跳びをやっており、市内の大会では常に上位に入賞したほどです。

 

中学2年生の時に「アリス」の影響で音楽に目覚めて、ギターをはじめています。

 

中学3年生の文化祭ではじめてステージに立っていますが、当時はバンド禁止だったことから、フォークミュージックを演奏しています。

 

村下孝蔵さんの「初恋」と松山千春さんの「長い夜」の2曲の弾き語りをしました。

 

加えて中学校では生徒会長を務めるなど、人気や人望もあったようです。

 

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学歴~出身小学校

 

出身小学校:東大阪市立長堂小学校

 

 

つんくさんの出身小学校は、地元東大阪市内の公立校の長堂(ちょうどう)小学校です。

 

家族構成は両親と2人の弟の5人家族です。

 

実家は乾物屋を経営していました。

 

そのため物心ついた頃からお店を手伝っています。

 

つんくさんは子供の頃から活発で明るく、目立ちたがり屋の少年でした。

 

小学校時代は習い事を多くやっており、エレクトーンやピアノを習っていました。

 

また小学校3年生の頃からラジオにハマって、多くのラジオ番組を聴いていたと話しています。

 

以上がつんくさんの学歴と学生時代のエピソードのまとめです。

 

ボーカルを務めるシャ乱Qは「シングルベッド」や「ズルい女」などの大ヒットを飛ばして、押しも押されぬ人気ロックバンドになりました。

 

 

また29歳の頃からモーニング娘。のプロデュースをはじめると、グループは一躍トップアイドルに上り詰めるなど辣腕を発揮。

 

その後も数多くのハロープロジェクトのアイドルグループを手掛けて、プロデューサーとしても一世を風靡しました。

 

 

不幸にも咽頭がんに見舞われて声帯の全摘出も経験しましたが、未だに精力的な活動を展開しています。

 

今後のさらなる活躍にも期待が高まります。

 

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