赤井英和(あかい ひでかず)
1959年8月17日生
大阪府出身の俳優、タレント
経歴/プロフィールの詳細
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3人きょうだいの末っ子で、姉と兄がいる。
当初はボクサーとして活躍して、「浪速のロッキー」の異名をとる。
1985年2月にKO負けした際に、脳挫傷などを発症してボクサーを引退。
1988年の映画「またまたあぶない刑事」で俳優デビュー。
1989年の主演作の映画「どいたるねん」の演技が好評で、各映画賞の新人賞を受賞。
1991年の大河ドラマ「太平記」で連続ドラマ初出演。
1994年の「人間・失格」で連続ドラマ初主演。
以降も「セカンド・チャンス」や「奇跡のロマンス」、「最高の食卓」などの連続ドラマに主演。
タレントとしても活動しており、「ごきげん!ブランニュ」や「なないろ日和」などの番組に出演。
離婚歴があり、前妻との間に二女、現在の妻との間に二男一女がいる。
学歴~出身小中学校・高校
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出身高校:大阪府 浪速高校 偏差値40台半ば程度(当時)
赤井英和さんの出身校は、私立の男子校(当時)の浪速高校です。
同校は現在は共学化され、特進コースなども設置されて偏差値も50~65程度ですが、赤井さんが在籍した頃はさほどレベルは高くありませんでした。
大阪市立金塚小学校から大阪市立今宮中学校を経て、同校に進学しています。
小学生の頃は成績優秀で、学級委員をするなど責任感も強い生徒でした。
中学・高校時代は喧嘩に負けたことがなく、大阪中に名前が知れ渡っていましたが、自分よりも弱い相手には手を出さないなど、硬派の不良で知られていました。
高校ではボクシング部に所属して、インターハイで優勝するなど輝かしい成績を残しています。
【主な卒業生】
藤本義一(小説家)
笑福亭鶴瓶(お笑い)
林家ペー(お笑い)
学歴~出身大学
出身大学:近畿大学 商経学部 偏差値50(当時・普通)
赤井英和さんは高校卒業後は、近畿大学に進学します。
一般入試での入学ではなく、ボクシングでのスポーツ推薦での進学です。
赤井さんは当初はアマチュアボクサーとしてモスクワオリンピックを目指しますが、ボイコットのため五輪出場の道を絶たれてしまいます。
そのため在学中にプロに転向して、23歳の時にはWBCのタイトルマッチで世界チャンピオンにも挑戦しています(7RでTKO負け)
リング禍によってボクサーは引退しますが、その後に俳優に転身すると瞬く間にスターの階段を駆け上がっていきました。
現在では主に関東では俳優、関西ではタレントとして活動しており、未だに高い人気を誇っています。
今後のさらなる活躍にも期待が膨らみます。
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