市川右團次の学歴と経歴|出身大学高校(慶応大・慶応義塾高校)や中学校の偏差値と学生時代のエピソード

 

歌舞伎役者の市川右團次さんの出身高校や大学の偏差値などの学歴情報をお送りいたします。数々のテレビドラマにも出演している市川さんですが、どのような学生生活を送っていたのでしょうか? 学生時代のエピソードや情報なども併せてご紹介いたします

 

市川右團次3代目 いちかわ うだんじ)

 

 

19631126日生

身長169

血液型はA型

 

大阪府大阪市出身の歌舞伎役者

本名は武田右近(たけだ うこん)

 

以下では市川右團次さんの出身高校や大学の偏差値、学生時代のエピソードなどをご紹介いたします

 

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市川右團次の学歴まとめ

 

出身大学:慶応義塾大学 法学部政治学科

出身高校:慶応義塾高校

出身中学校:慶応義塾中等部

出身小学校:大阪市立高津小学校

 

市川右團次の学歴~出身大学(慶応義塾大学)の詳細

 

出身大学:慶応義塾大学 法学部政治学科 偏差値68(難関)

 

 

 

市川右團次さんは高校卒業後は、名門私大の慶応義塾大学に進学しています。

 

この大学の系列の高校に通学していたので、大学へは内部進学で進んでいます。

 

在籍したのは法学部政治学科です。

 

市川さんは中学時代に三代目市川猿之助(現・猿翁)の部屋子となって、以降は歌舞伎役者として学業と両立に励んでいました。

 

大学時代も市川右近の名義で数々の舞台に出演しています。

 

 

当時はダンスに熱中して、ディスコ通いをして大会で優勝したこともありました。

 

また雑誌「POPYE」の読者モデルを務めるなど、当時から美男ぶりを発揮しています。

 

大学時代は勉強も頑張っており仕事と学業を両立させて、大学は無事に卒業しています。

 

以降の活躍も目覚ましく、本業の歌舞伎のほかにもスーパー歌舞伎にも出演しています。

 

 

テレビドラマや現代劇の舞台などで活躍してきました。

 

 

2017年には三代目市川右團次を襲名しています。

 

 

またバラエティ番組やクイズ番組などにも出演しています。

 

今後の活動にも注目ですね。 

 

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市川右團次の学歴~出身高校(慶応義塾高校)の詳細

 

出身高校:神奈川県 慶応義塾高校 偏差値75(超難関)

 

 

 

市川右團次さんの出身高校は、私立の男子校の慶応義塾高校です。

 

この高校は1950年開校の慶応義塾大学の系列の私立高校で、古くから自由な校風で知られています。

 

また卒業生は原則として系列の慶応義塾大学に進学できることから、このところは偏差値も跳ね上がっています。

 

市川さんはこの高校の系列の中学校に通学していたため、内部進学で高校に進んでいます。

 

この高校に在学中は2学年上に、タレントの石原良純さんも在籍していました。

 

市川さんは中学時代に上京しており、高校時代もアパートでひとり暮らしをしていました。

 

そのため部屋は同級生のたまり場になっていました。

 

高校時代は仕事もあったことから帰宅部で、部活動などはおこなっていません。

 

高校時代も3年間にわたって、歌舞伎役者として活動していました。

 

高校3年生の時に1ヶ月の海外公演に行っており、字幕や音声、ガイドのない時代でしたが欧州4か国で歌舞伎が大絶賛されました。

 

この出来事で歌舞伎の凄さを改めて実感させられており、武者震いがするような感覚を味わったといいます。

 

そして市川さんは将来は歌舞伎役者として生きていくことを実感しました。

 

なお前記のように大学は法学部に在籍しているので、高校時代の学校の成績はよかったはずです。

 

【主な卒業生】

櫻井翔(嵐)

岩田剛典(EXILE

ミッツ・マングローブ(タレント)

小出恵介(俳優)

 

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市川右團次の学歴~出身中学校(慶応義塾中等部)の詳細

 

出身中学校:東京都 慶応義塾中等部 偏差値75(超難関)

 

 

 

市川右團次さんの出身中学校は、私立の共学校の慶応義塾中等部です。

 

この中学校には一般受験で入学しており、高い学力を有していました。

 

市川さんは中学校入学と同時に単身で上京をしています。

 

市川さんは歌舞伎の家柄ではありませんが、代目市川猿之助さんに「入門しないか」と誘われたことから、必死で勉強をしてこの中学校を受験しました。

 

そして上京をして弟子入りをしており、「市川右近」を名乗っています。

 

上京をすることを決めたのは市川さん本人でしたが、やはり寂しい気持ちもあって帰りたいと何度も思った事を明かしています。

 

当初は市川さんは猿之助さんの書斎で寝泊まりをしていました。

 

日中は学校に通って夜は稽古という日々を送っており、猿之助さんの手伝いをしながらも、ちょっとした役で舞台に立っていたとのことです。

 

中学3年生の時に父親が大阪から来たため猿之助さんは「連れて帰られるんですか?」と話しましたが、父親が「中学でお預けして以来、一生お預けする、そういう気持ちです」と話しました。

 

これを聞いた猿之助さんは「一生お預かりしましょう」と言ってくれたそうです。

 

市川さんは猿之助さんと両親の想いに応えなければいけないという気持ちを抱きました。

 

市川右團次の学歴~出身小学校(大阪市立高津小学校)の詳細

 

出身小学校:大阪府 大阪市立高津小学校

 

 

 

市川右團次さんの出身小学校は、地元大阪市内の公立校・大阪市立高津(こうづ)小学校です。

 

家族構成は両親と妹の4人家族です。

 

父親は日本舞踊飛鳥流宗家の飛鳥峯王さんです。

 

自宅の2階が稽古場だったことから、三味線の音や足拍子が家中に響いていました。

 

そんな環境の中で育ってきたため、音楽がかかると踊り出すような子供だったといいます。

 

市川さんは6歳の時に父親から日舞を習いはじめており、父親に連れられて日本舞踊の発表会に出演した際に松竹の演劇プロデューサーから「歌舞伎の子役でデビューしないか」と誘われています。

 

そして8歳の時に京都の南座で歌舞伎の初舞台を踏んでおり、その初舞台で猿之助さんの芝居を見て、子供ながらに魅了されています。

 

当時のことについては次のように話しています。

 

「歌舞伎の世界に魅了されたのは、小学校3年生のときだ。初めて歌舞伎の舞台に立ち、そのときに、三代目市川猿之助さんの『義経千本桜』を観て、子供ながらに心躍らせた。特に惹かれたのは、のちに師匠となる猿之助さんが演じた“源九郎狐”の役だった。」

 

市川さんは小さい子供がディズニー映画をはじめて見る感覚に似ていると語っていました。

 

父親は普段は優しい性格でしたが、2階の稽古場で子役の喋り方などを厳しく指導してくれました。

 

小学6年生の時に猿之助さん「中学校から東京に来ないか」と言われて、両親も市川さんを信じて決断をゆだねてくれたといいます。

 

以上が市川右團次さんの学歴と学生時代のエピソードのまとめです。

 

歌舞伎役者としてデビュー後は順調にキャリアを重ねてきました。

 

また俳優としても活動しており、数々のテレビドラマや映画に出演しています。

 

 

今後のさらなる活躍にも期待が高まります。

 

 

経歴/プロフィールの詳細

 

1972年に「天一坊」で初舞台。 

1975年に3代目市川猿之助の弟子になって、市川右近を名乗る。 

1986年から「スーパー歌舞伎」に出演。

1992年に歌舞伎座賞を受賞。 

1998年の「影武者徳川家康」でテレビドラマに初出演して、以降も「赤穂浪士」や「水戸黄門」などのテレビドラマに出演。

20171月に3代目市川右團次を襲名。 

同年の連続ドラマ「陸王」にレギュラー出演。 

他にも「あさパラ!」や「ネプリーグ」、「芸能人格付けチェック」などのテレビ番組に出演。 

私生活では3度結婚しており、2010年に3人目の妻の間に長男が誕生している。

 

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