人気バンド「Alexandros」のボーカル兼ギターの川上洋平さんの出身高校や大学の偏差値などの学歴情報をお送りいたします。実は川上さんは高校時代の文化祭で覚醒しています。学生時代のエピソードや情報なども併せてご紹介いたします
川上洋平(かわかみ ようへい)
1982年6月22日生
身長181㎝
血液型はA型
神奈川県川崎市出身のミュージシャン
「Alexandros(アレキサンドロス)」のボーカル兼ギター
本名同じ
以下では「Alexandros」川上洋平さんの出身高校や大学の偏差値、学生時代のエピソードなどをご紹介いたします
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川上洋平の学歴まとめ
出身大学:青山学院大学 法学部
出身高校:神奈川県立弥栄西高校
出身中学校:シリアのインターナショナルスクール
出身小学校:シリアのインターナショナルスクール
川上洋平の学歴~出身小学校の詳細
出身小学校:シリアのインターナショナルスクール(校名不明)
川上洋平さんの出身小学校は、シリアのインターナショナル・スクールです。
校名は明らかにされておりません。
川上洋平さんは、1982年6月22日に誕生し幼稚園まで川崎市に住んでいました。
その後シリアに行くまでの間どこに住んでいたかは不明ですが、小学3年生からシリアに引っ越すことになります。
家族は両親と兄姉がいましたが、兄姉はシリアに行かず日本に残っていたようです。
さらに、10歳年上のお兄さんについては有名なエピソードがあります。
川上洋平さんがシリアに行く前に、ウォークマンと「Guns N’Roses」の曲が入ったカセットテープ(CD説も有り)を渡して、「外人にナメられんじゃねえ!」とガッツをくれたといいます。
その時に渡されたのがデビューアルバムの『Appetite for Destruction』で、1曲目の『Welcome to the Jungle』が川上洋平さんと洋楽の出会いでした。
かなりインパクトの強い洋楽を小学3年生の時に聴いたということもあり、強く印象に残ったことでしょう。
また、お姉さんに関してはシリアにいる川上洋平さんに“Mr.Children”のCDや、ダウンタウンのビデオなどを送ってくれていたといいます。
この時に送ってもらったアルバム『Atomic Heart』が、“Mr.Children”との出会いでした。
川上さんが暮らしていた90年代には、スマホやYouTube、SNSも存在していません。
家庭にインターネットが普及したのが90年代後半だったそうで、シリアとの連絡方法は電話か郵便物しかなかったといいます。
それでもお姉さんは離れて暮らす弟のために日本のものを送り、常に日本の情報を教えてくれていたそうです。
そんな弟想いの優しいお姉さんは、今でも時々メンバーに料理を差し入れしてくれ、今も変わらず優しいお姉さんであることが伺えます。
川上洋平の学歴~出身中学校の詳細
出身中学校:シリアのインターナショナルスクール(校名不明)
川上洋平さんの出身中学校は、シリアのインターナショナル・スクールです。
校名は明らかにされておりません。
当時は父親の仕事の都合で中東のシリアに在住して、現地のインターネット上やツイッターに通学しています。
そのため川上さんは現在でも中東訛りの英語を話します。
中学生の時代は、日本の勉強が遅れないように週1で補習の学校に通っていたそうです。
先生は日本の大学からの留学生がほとんどであったため、その中の一人にギターやロックの事を教わっていたといいます。
この時、周りに“バンドマンになりたい”と公言し校内でシカトされるなどいじめに遭っていたとか。
こうした辛い時期もどうにか乗り越え、中学3年生まで6年間のシリア生活を終えて帰国することになりました。
それでもこのきっかけがなければバンドマンを目指すことも、英語が達者になることもなかったかもしれないと思うと良い経験になったかもしれませんね。
ちなみに、中学1年生の時くらいに初めて聞いた曲が『Some Might Say』だったといいます。
この「Oasis」に出会うきっかけになったのは、衛星放送のMTVでした。
これを観て衝撃を受けた川上さんは、すぐにテープを買いに行ったそうですが、西洋文化を禁止したイスラム圏のシリアにCD屋が無く、海賊版のテープを買うしか出来なかったといいます。
同じ時代の日本になら確実にあるものですが、シリアにいてなかなか手に入るものではなかったからこそ、音楽の世界に魅了され虜になっていったのかもしれませんね。
なお川上さんは中学3年生の時に帰国して日本の中学校に編入していますが、校名などは不明です。
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川上洋平の学歴~出身高校(弥栄西高校)の詳細
出身高校:神奈川県 弥栄西高校 偏差値62(やや難関)
※現在は相模原弥栄高校
川上洋平さんの出身高校は、県立の共学校の弥栄西高校です。
この高校は2008年に同じ敷地内にあった兄弟校の弥栄東高校と統合され弥栄高校になり、さらに2020年に相模原青陵高校と統合されて相模原弥栄高校になっています。
「Alexandros」のメンバーの白井眞輝さんはこの高校の同級生で、庄村聡泰さんは1学年下の後輩です。
川上さんは白井さんと仲が良くOasisのコピーバンドを組んでいました。
またもうひとつバンドを掛け持ちしていました。
その一方で高校時代は庄村さんとは挨拶をしたかしないか程度の仲で、話したことはなかったとインタビューで述べています。
ただし庄村さんは当時からドラムのテクニックに秀でており、川上さんも「すごいドラマーがいると学校の噂になっていた」と述べています。
加えて川上さんは文化祭でのパフォーマンスが高校時代の一番の思い出と述べています。
「バンドを組んで、ボーカルとしてライブをした文化祭の後夜祭です。体育館のステージに立った瞬間、「ロックミュージシャンになりたい!」って気持ちが湧いてきました。「ここが俺の輝ける場所なんだ」とも。その時、一緒に演奏したのが今のバンドのギター(白井眞輝)だし、あの瞬間、いろんな奇跡が生まれたと感じています」
記事引用:高校生新聞オンライン
この時の演奏は大いにウケたことから、川上さんはミュージシャンを目指そうと思っています。
【主な卒業生】
川澄奈穂美(なでしこジャパン)
岩清水梓(なでしこジャパン)
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川上洋平の学歴~出身大学(青山学院大学)の詳細
出身大学:青山学院大学 法学部 偏差値62(やや難関)
川上洋平さんは高校卒業後は、青山学院大学に進学しています。
ちなみに川上さんがこの大学に進学したのは、青山学院大学が桑田佳祐さんらの多くのミュージシャンを輩出していたからです。
そのため大学に進学時からプロのミュージシャンを目指していました。
大学生時代は、後に「Alexandros」のメンバーとなる磯部寛之さんに出会います。
当時、彼女と別れたばかりで落ち込んでいた磯部さんを誘いデビューを目指し、大学1年生の時に本格的にバンドを結成しています。
このバンドこそ幾多のメンバーチェンジを経て、後に「Alexandros」になったバンドです。
ちなみに最終的にはメンバー全員が学生時代の友人となったことから、川上さんは学生時代について次のようにインタビューで話しています。
「“親友”を学生時代に作っておくって事は、凄い大事な事。いま“友達”って言ったら、やっぱり高校・大学時代の友達。磯部寛之くんも大学時代の友達だし…白井くんも聡泰くんも高校時代の友達だし…他の親友もやっぱり学生時代からの人がほとんど。」
記事引用:Tokyo FM
学生時代に知り合ったメンバーが今こうしてバンド仲間として活躍できているのも、友達の絆をずっと大切にしてきたからかもしれませんね。
しかし在学中のデビューはできなかったことから、川上さんは大学卒業後は広告代理店にサラリーマンとして就職します。
(広告代理店時代)
インターネット上には就職先の広告代理店を電通や博報堂ではないか? とする情報もありますが、川上さんは社名を明らかにしていないので勤務先の詳細は不明です。
28歳だった2010年にバンドがメジャーデビューすることになり、広告代理店は退職しています。
ただし父親には反対されて、しばらく確執が続いていたといいます。
それでも今となっては父親も全力で応援してくれ、曲を聞いたという報告を10個のハートマーク付きのメールで送ってくれるとか。
当初は「Champagne」というバンド名で活動していましたが、2014年にバンド名を「Alexandros」に改名しています。
そして2016年にリリースした6枚目のアルバム「EXIST!」がオリコンランク1位になって、人気バンドの仲間入りを果たしています。
以降はコンスタントにヒット曲をリリースしています。
以上が「Alexandros」川上洋平さんの学歴と学生時代のエピソードのまとめです。
バンドはメジャーデビューするまで時間がかかりましたが、デビュー以降は順調にキャリアを重ねて人気バンドになっています。
川上さんはほぼ全曲の作詞・作曲を手掛けるなど、バンドの中心的な存在です。
今後のさらなる活躍にも期待が高まります。
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