吉井裕鷹の学歴|出身大学高校(大阪学院大学)や中学校の偏差値と学生時代のかっこいい画像

 

バスケットボール選手の吉井裕鷹さんの出身高校や大学の偏差値などの学歴情報をお送りします。日本代表でも活躍している吉井さんですが、どのような学生生活を送っていたのでしょうか? 学生時代のエピソードや情報、当時のかっこいい画像なども併せてご紹介いたします

 

吉井裕鷹(よしい ひろたか)

 

 

1998年6月4日生

身長196㎝

血液型はB型

 

大阪府東大阪市出身のバスケットボール選手

本名同じ、愛称は「関西のクロヒョウ」

 

以下では吉井裕鷹さんの出身高校や大学の偏差値、学生時代のエピソードなどをご紹介いたします

 

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目次

吉井裕鷹の学歴まとめ

 

出身大学:大阪学院大学 経営学部

出身高校:大阪学院大学高校

出身中学校:東大阪市立金岡中学校

出身小学校:東大阪市立長瀬北小学校

 

吉井裕鷹の学歴~出身小学校(東大阪市立長瀬北小学校)の詳細

 

出身小学校:大阪府 東大阪市立長瀬北小学校

 

 

 

吉井裕鷹さんの出身小学校は、地元東大阪市内の公立校・東大阪市立長瀬北小学校です。

 

家族構成は両親と兄、妹の5人家族です。

 

父親は自身にとってヒーローだと答えていることから、親子仲が良好なことが窺えます。

 

吉井さんは小学3年生の時に背が高いという理由でコーチに誘われたため、小学4年生から長瀬北ミニバスでバスケットボールをはじめています。

 

【主な卒業生】

松嶋尚美(お笑いタレント)

 

吉井裕鷹の学歴~出身中学校(東大阪市立金岡中学校)の詳細

 

出身中学校:大阪府 東大阪市立金岡中学校 偏差値なし

 

 

 

吉井裕鷹さんの出身中学校は、地元東大阪市内の公立校・東大阪市立金岡中学校です。

 

中学時代もバスケットボール部に在籍して、競技に打ち込んでいました。

 

ただし当時のこの中学校のバスケットボール部はあまり強豪ではなく、中学時代は全国大会などには出場できませんでした。

 

それでも吉井さんは中学2年生の時には大阪府選抜の一員に選出されており、都道府県対抗ジュニアバスケットボール大会に出場をしました。

 

当時は既に身長が186㎝もありました。

 

【主な卒業生】

福本豊(元プロ野球選手)

高山巌(シンガーソングライター)

 

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吉井裕鷹の学歴~出身高校(大阪学院大学高校)の詳細

 

出身高校:大阪府 大阪学院大学高校 スポーツ科学コース 偏差値46(やや容易)

 

 

 

吉井裕鷹さんの出身高校は、私立の共学校の大阪学院大学高校です。

 

この高校は1958年開校の大阪学院大学の系列の私立高校で、スポーツコースを設置しているので部活動が盛んです。

 

また同校は4つのコースを設置していますが、吉井さんはスポーツ科学コースに在籍した可能性が高いでしょう。

 

特進:偏差値53

国際:偏差値50

スポーツ科学:偏差値46

普通:偏差値46

 

高校に進学をする際には県外の強豪校からもスカウトがありましたが、実際に様々な高校の練習に参加をしてみて、この高校の練習に一番魅力を感じたという理由でこの高校に進みました。

 

高校時代もバスケットボール部に在籍して、競技に打ち込んでいました。

 

高校1年生の時には夏のインターハイで全国ベスト16という結果を残しています。

 

高校3年生の時にもインターハイに出場していますが、2回戦で敗退しています。

 

またこの年にはU-19世界選手権の代表候補にも選出されています。

 

ただし吉井さんは高校時代は監督に言われるままにプレーして自分で考えてなかったことから、あまり成長できなかったとも話しています。

 

このような活躍もあり高校3年生の時には複数のバスケットボールの強豪大学から声がかかりますが、前記のように系列の大阪学院大学に内部進学しています。

 

【主な卒業生】

藤原丈一郎(なにわ男子)

池田直人(お笑い・レインボー)

川﨑春花(プロゴルファー)

山田雅人(タレント)

 

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吉井裕鷹の学歴~出身大学(大阪学院大学)の詳細

 

出身大学:大阪学院大学 経営学部 偏差値40(容易)

 

 

 

吉井裕鷹さんは高校卒業後は、私立大の大阪学院大学に進学しています。

 

この大学の系列の高校に通っていたことから、内部進学で進んでいます。

 

在籍したのは経営学部です。

 

高校時代の全国大会での活躍から複数の関東のバスケットボールの強豪大学からスカウトされましたが、吉井さんは「打倒関東」を目標に掲げてこの大学に進学することを決意しています。

 

当時についてはインタビューで次のように振り返っています。

 

「『関西に残るからには関東を倒したい』という思いは当然持っていましたし、もしチームで難しかったとしても、個人として通用するレベルに持っていきたいとずっと思っていました」

記事引用:4years

 

大学時代は体育会のバスケットボール部に在籍をして、競技に打ち込んでいました。

 

 

吉井さんは大学1年生の時から主力選手としてチームに貢献をしており、新人王などを受賞しインカレにも出場をしています。

 

そして大学2年生の時には、大阪エヴェッサに特別指定選手として加入をしておりプロバスケットボールリーグにデビューしています。

 

大学3年生の時にはアルバルク東京に練習生として加入して、多くのトッププレーヤーと練習をおこなっていました。

 

 

当時のことについて吉井さんはインタビューで次のように話しています。

 

「大阪エヴェッサに加入して、そこである程度やっていけるという自信がついたなか、A東京に来てバスケットボールの基礎を学びました。A東京は日本のトップチームで、練習から日々の生活まで体験するのは本当に衝撃でした。」

記事引用:バスケットボールキング

 

またアルバルク東京でプレーしたことで、バスケットボールの考え方が変わったとのことでこのことについては次のように話していました。

 

「僕自身、バスケットの考え方が成長したと思っていますし、それを魅力的に感じてこのチームに入らせてもらったので、そこは間違いないなと思っています。バスケットの考え方や身体の使い方というのが、このチームに入ってよかったなと思う部分ではありますね」

記事引用:J SPORTSコラム

 

大学2、3年生の時に得た様々な経験をこの大学のチームメイトに伝えたいと思いました。

 

吉井さんはこれまではさほどチームのことは考えておらず、自身の「良い」、「悪い」のことばかりだったといいます。

 

しかし自分1人だけ変わっても意味がないと思い、大学4年生のときには自身が教わったことをチームに取り入れていきたいと思うようになっていました。

 

 

吉井さんは大学4年生の時には新型コロナウイルスの影響で試合数が激減しており、大阪学院大学はインカレを辞退しています。

 

インカレで関東の大学に勝つことを目標としていたため、「大学に戻るべきだったのかな」と考えた時期もありました。

 

この時にはすでに卒業に必要な単位はほとんど取り終えており、アルバンク東京に残るという選択肢もある中でインカレのために大学に戻る決心をしていたことから、「すべてに対してなげやりになっていた」と当時を振り返っています。

 

吉井さんは2020年12月にアルバルク東京と特別指定選手契約を結んでいます。

 

 

なおこのような中、学業も頑張って大学は無事に卒業しています。

 

24歳だった2022年7月のワールドカップ予選で、はじめて日本代表に召集されています。

 

その後も日本代表の中心選手のひとりとなっています。

 

 

 

今後の活躍にも期待ですね。

 

以上が吉井裕鷹さんの学歴と学生時代のエピソードのまとめです。

 

バスケットボール選手としては順調に進化を遂げており、日本代表でも中心選手のひとりになっています。

 

 

ワールドカップなどでの活躍も期待されます。

 

今後のさらなる活躍にも期待が高まります。

 

 

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