品川庄司・品川祐の学歴|出身は東京学園高校!大学や中学校の偏差値|ヤンキーだった!

 

お笑いコンビ「品川庄司」の品川祐さんの出身高校の偏差値などの学歴情報をお送りいたします。実は品川さんは中学時代にグレてしまい、ヤンキーでした。学生時代のエピソードや情報、当時の画像なども併せてご紹介いたします

 

品川祐(しながわ ひろし)

 

 

1972年4月26日生

身長173㎝

血液型はA型

 

東京都渋谷区出身のお笑い芸人、映画監督

お笑いコンビ「品川庄司」のボケ担当

本名同じ、ペンネームは品川ヒロシ

 

以下では「品川庄司」品川祐さんの出身校の偏差値や学生時代のエピソードなどをご紹介いたします

 

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目次

品川祐の学歴まとめ

 

出身大学:進学せず

出身高校:東京学園高校(中退)

出身中学校:志学館中学校→狛江市立狛江第三中学校

出身小学校:渋谷区立西原小学校→世田谷区立三軒茶屋小学校

 

品川祐の学歴~出身小学校(渋谷区立西原小学校)の詳細

 

出身小学校:東京都 渋谷区立西原小学校

 

 

 

品川祐さんが入学したのは、渋谷区内の公立校の西原小学校です。

 

この小学校は女優の吉永小百合さんの出身小学校として知られています。

 

家族構成は母親と兄、姉2人の5人家族です(4人きょうだいの末っ子)。

 

 

なお次姉の品川実花さんはシナリオライターやエッセイストとして活動していましたが、2012年に病死しています。

 

2歳の時に両親が離婚をしており、母親に引き取られています。

 

品川さんの祖母は日本にパーマを持ち込んで日本の美容界のパイオニアとして「山野グループ」を設立した山野愛子さんです。

 

 

品川さんは子供の頃からたくさん漫画を読んでおり、インタビューでは次のように振り返っています。

 

僕は4人きょうだいの中で育って、みんな漫画好きだったので、それぞれが集めていた漫画を読み合いっこしていました。

 

子供の頃について自身のブログで次のように綴っています。

 

「子供の頃、デブで運動音痴で、成績も最悪で、バラエティと漫画と映画がとにかく好きだった。要するに出来の悪い子。」

 

後に世田谷区立三軒茶屋小学校に転校して卒業しています。

 

 

 

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品川祐の学歴~出身中学校(志学館中学校)の詳細

 

出身中学校:千葉県 志学館中学校 偏差値54(普通)

※現在は志学館中等部

 

 

 

品川祐さんの出身中学校は、私立の共学校の志学館中学校です。

 

この中学校は1985年開校の私立中学で、2001年に志学館中等部に校名が変更されています。

 

品川さんは東京都出身で、この中学校には越境入学しています。

 

そのためこの中学校に在籍した2年半は寮生活を送っていました。

 

 

ただし中学2年生の時に学校で無視をされた経験を明かしています。

 

当時のことについてインタビューで次のように話しています。

 

「千葉県の学校なのに、東京出身ですごいえばってた。粋がって中2で無視された」

記事引用:WEBザテレビジョン

 

学校では1ヶ月間無視をされて、寮でも無視をされていました。

 

品川さんはこの経験があったからこそ心が強くなったと話していました。

 

このようなこともあったことから、狛江市立狛江第三中学校(偏差値なし)に転校しています。

 

 

 

品川さんはこの中学校で、著書「ドロップ」の主人公のモデルで「狛江の狂犬」と言われた井口達也さんと同級生になっています。

 

 

すると井口さんの影響でヤンキーになって、様々な悪さをしています。

 

 

ちなみに現在でも品川さんと井口さんは交流があります。

 

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品川祐の学歴~出身高校(東京学園高校)・大学の詳細

 

出身高校:東京都 東京学園高校(中退) 偏差値41(容易)

※現在はドルトン東京学園高校

 

 

 

品川祐さんは中学卒業後は、私立の男子校の東京学園高校に進学しています。

 

この高校は1889年に、日本で最初の私立の商業高校として開校した伝統校です。

 

ただし2019年に河合塾が経営する男女共学校のドルトン東京学園高校に移行しています。

 

品川さんは中学時代に不良になり、高校入学後わずか1ヶ月で中退をしています。

 

そのため大学などにも進学していません。

 

当時のことについてインタビューで次のように話しています。

 

「僕は16歳の時に、高校を1ヵ月で中退しているんですよ。だから16歳でフリーターで世の中に飛び出して、これやりたいこれやりたいって思っているうちに、知らない間に23歳になっていました……。その頃に東京NSC(吉本興業の芸人養成所)ができて、お笑いで売れたら映画撮りたいなと考えるようになりました。」

 

2009年に自身が初の監督を務めた「ドロップ」のインタビューでは当時のことについて次のように振り返っています。

 

「ボクらがヤンキーだった80年代は不良が一番荒れてて社会問題にもなっていた時代なんですよね。よくないですよね、鉄パイプを持ってのケンカは…。若い子が真似しようとしたら、『やめた方がいいよ』とボクは止めると思います(笑)。タバコを若い頃から喫うのもやめた方がいいと思うし、無免許運転もやめなよって思います。ほんと、あの頃の自分たちはバカなことばっかりやってたと思いますよ」

 

高校を中退後は心が病んでしまい1年間ほど引きこもっていた時期があり、次のように話しています。

 

「ヤンチャが行き過ぎて、引きこもった時期があって。卒業アルバムとか、昔の友達の連絡先とか破り捨てて。『死にたい』ぐらい、思ってた」

記事引用:デイリースポーツ

 

また引きこもっていた時期に自宅でダウンタウンの番組を必ず録画をしており、当初はどうすればお笑い芸人になれるのか分からなかったと言います。

 

当時のことについて「当時東京には、吉本興業の事務所も養成学校もなかったから、自分の中で現実的じゃなかったんでしょうね」と話しています。

 

その後は水商売をしたりスキューバダイビングのインストラクターになるためにライセンスを取ったりしていましたが、当時は交際をしていた現在の奥さんが吉本総合芸能学院(NSC)東京校の開校の雑誌広告を見せてくれたことで品川さんはすぐに応募をしています。

 

そして23歳の時にNSC東京校に1期生として入校して、本格的にお笑芸人を目指しています。

 

NSCでは相方の庄司智春さんや「東京ダイナマイト」のハチミツ二郎さんが同期です。

 

NSCに入学後は選抜コースに選ばれており品川さんは基礎コースの同級生に向かって、「お前ら、基礎コースだろ。才能ないからやめちまえ!」と暴言を吐いたことを明かしています。

 

 

翌年の1996年に庄司さんとお笑いコンビ「品川庄司」を結成しています。

 

コンビは2000年頃からバラエティ番組に起用されて、人気が上昇しています。

 

 

ただしコンビ仲が悪いこともあり、次第に単独での活動が目立っていきます。

 

品川さんはお笑いのほか映画監督としても活動しており、「ドロップ」や「漫才ギャング」、「リスタート」などの作品を手掛けています。

 

 

 

また2020年にはYOUTUBEに公式チャンネル「品川家ゲーム実況チャンネル」を開設しています。

 

 

こちらでは趣味であるゲーム実況や企画ものの動画を配信しています。

 

以上が「品川庄司」品川祐さんの学歴と学生時代のエピソードのまとめです。

 

在籍する「品川庄司」は一時はかなりのバラエティ番組に出演していましたが、前述のようにコンビでの活動は減っています。

 

とは言え品川さんは「品川ヒロシ」名義での執筆活動や映画監督としても才能を発揮しています。

 

 

今後のさらなる活躍にも期待が高まります。

 

品川庄司・庄司智春の学歴|出身高校大学や中学校の偏差値|若い頃はイケメン

 

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