根本宗子の学歴|出身高校大学や中学校の偏差値|6年間車いす生活だった

 

女優で演出家の根本宗子さんの出身高校の偏差値などの学歴情報をお送りいたします。実は根本さんは中学校・高校の6年間にわたって、車いす生活を送っていました。学生時代のエピソードや情報なども併せてご紹介いたします

 

根本宗子(ねもと しゅうこ)

 

 

1989年10月16日生

身長161㎝

血液型はO型

 

東京都出身の女優、劇作家

本名同じ

 

以下では根本宗子さんの出身校の偏差値や学生時代のエピソードなどをご紹介いたします

 

目次

根本宗子の学歴~出身高校・大学の詳細

 

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出身高校:東京都 東洋英和女学院高等部 偏差値65(難関・推定)

 

 

 

根本宗子さんの出身高校は、私立の共学校の東洋英和女学院高等部です。

 

この高校は1884年開校のプロテスタント系の伝統校で、古くから「お嬢様学校」として知られています。

 

この高校は高校からの募集のない完全中高一貫校なので、偏差値は推定になります。

 

詳細は後述しますが、根本さんは中学時代の事故の影響で高校時代は車いすでの生活を余儀なくされています。

 

中学時代に一度手術をしていますが、実は悪化していることが判明してもう一度手術をする必要が生じています。

 

手術には2つあって成功すれば再びスキーができるほどですが、失敗したら2度と歩けなく手術。

 

もうひとつは歩けるようになる可能性がより高い手術でした。

 

根本さんはもともとスポーツ少女だったことから迷いましたが、結局高校生の根本さんはどちらの手術を受ければいいのか決められませんでした。

 

母親も判断できなかったことから、親交のあった歌舞伎役者の故・中村勘三郎さんに相談しています。

 

 

するとやってきた勘三郎さんはコインを出して、なんとコイントスをして決めると言い出します。

 

コインの表が出たらリスクの高い手術、裏が出たら歩ける可能性が高い手術です。

 

そしてコイントスをすると結果は「表」でした。

 

ところが勘三郎さんは「やりなおし!」と叫んで、もう一度コイントスをしました。

 

今度も「表」が出たところ、勘三郎さんは再びやり直しています。

 

3度目でようやく「裏」が出たところ、勘三郎さんは歩ける可能性の高い手術を勧めています。

 

そのため根本さんはその勧めに従って、手術を受けています。

 

その結果、歩くことができるようになったのですが、6年間車いす生活を送っているとインタビューで述べていますので高校3年生の時までは車いす生活を送っていました。

 

なお高校時代の根本さんは演劇マニアで、高校1~2年生の時には年間100本近く見ています。

 

高校3年生の時にはなんと120本の演劇を鑑賞していました。

 

ちなみに鑑賞していたのは三谷幸喜さんが演出していた作品や劇団「新感線」、劇団「大人計画」の作品などです。

 

【主な卒業生】

武内絵美(アナウンサー)

大木優紀(アナウンサー)

野崎萌香(ファッションモデル)

大和田美帆(タレント)

 

そして根本宗子さんは高校卒業後は、専門学校のENBUゼミナールに進学しています。

 

 

この専門学校は演出家や俳優、映画監督を養成している学校です。

 

根本さんはがこの専門学校に入学したのは、演出家の赤堀雅秋さんが講師だったからとインタビューで話しています。

 

「赤堀さんの芝居は最初見たときは、どっちかというと苦手でした。まだ高校生だったので、なにが面白いのか全然分からなくて。しかも、おじさんだけの話だったので(笑)。でも次に見た作品が面白かったのと、演劇誌とかでいろんな方が赤堀さんが面白いと書いていて、どうやってあれを作っているのかぜひ私も演出を受けてみたいと思って選びました」

 

専門学校を卒業した2009年に同級生とともに、劇団「月刊根本宗子」を立ち上げています。

 

 

以降は演出家や女優として数々の舞台に関わっています。

 

また「ねもしすたぁ」や「岩をも通す村重」などの映画では監督を務めています。

 

 

その他にもテレビ番組の脚本を務めたり、楽曲づくりもおこなっています。

 

 

今後の活動も楽しみですね。

 

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根本宗子の学歴~出身中学校の詳細

 

出身中学校:東京都 東洋英和女学院中等部 偏差値63(やや難関)

 

 

 

根本宗子さんの出身中学校は、私立の女子校の東洋英和女学院中等部です。

 

この中学校は出身高校に併設している系列校で、高校には内部進学しています。

 

根本さんは中学時代はスキーのモーグルをおこなっていました。

 

当時はオリンピックで金メダルをとった里谷多英さんに憧れていました。

 

ところがそんな根本さんを不慮の事故が襲います。

 

中学1年生だった2002年の体育祭のリレーに出場した際に、バトンを受け取る人とぶつかって転倒してしまいました。

 

その時に股関節を骨折しています。

 

骨折は手術でよくなったのですが転倒の際に大腿骨の骨内の血管が切れてしまい、「外傷性大腿骨頭壊死症」を患ってしまいます。

 

この病気は骨が壊死してしまい最悪は車いす生活になってしまうので、それを防ぐために1回目の手術を受けています。

 

しかし前記のように1回目の手術では回復せずに、最終的には6年間も車いす生活を送っていました。

 

根本さんは車いす生活になって、人生が変わったと述べています。

 

「「スポーツのできる女の子」から180度真反対の側になった時、自分自身の性格も含めて、周りが自分を見る目が変わったことで、人生が変わった感覚がありました」

 

また当初は同級生たちも大変そうだと思ってくれていていますが、後に「心配して欲しいから車いすに乗っている」という手紙が回ってきて心を痛めています。

 

中学時代までは中村勘三郎さんが出演する歌舞伎をよく見ていました。

 

ちなみに勘三郎さんと縁があったのは、母親が勘三郎さんの妻と幼なじみだったからです。

 

そして中学時代に勘三郎さんに劇団「大人計画」の舞台を勧められて観劇したことがきっかけに、演劇や舞台にのめり込んでいます。

 

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根本宗子の学歴~出身小学校の詳細

 

出身小学校:東京都 東洋英和女学院小学部(有力)

 

 

 

根本宗子さんの出身小学校は、私立の女子校の東洋英和女学院小学部が有力です。

 

前記のように根本さんは進学校の東洋英和女学院中等部・高等部の出身者ですが、インタビューでは「勉強ができなかった」と述べているので、小学部からエスカレーター式に進学した可能性が高そうです。

 

中村勘三郎さんの影響で、幼少期から歌舞伎に親しんでいます。

 

また根本さんは運動神経がよく、幼い頃からモーグルをおこなっています。

 

中学時代に事故に遭うまでは「スポーツしかしてこなかった」と述べており、小学校時代もモーグルなどに打ち込んでいたようです。

 

以上が根本宗子さんの学歴と学生時代のエピソードのまとめです。

 

実に6年間の車いす生活を送っていましたが、中村勘三郎さんの後押しもあって後に回復しています。

 

とは言え2012年に恩人である勘三郎さんが亡くなった際には、大きなショックを受けています。

 

 

現在はマルチな活動を展開しており、今後のさらなる活躍にも期待が高まります。

 

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