有働由美子の学歴|出身大学高校や中学校の偏差値と若い頃の画像

人気アナウンサー・キャスターの有働由美子さんの出身高校や大学の偏差値などの学歴情報をお送りいたします。門限があった大学時代や剣道に打ち込んだ高校時代など、学生時代のエピソードや情報なども併せてご紹介いたします 

 

有働由美子(うどう ゆみこ)

 

 

1969322日生

身長162

血液型はO型

 

大阪府出身のアナウンサー

NHK所属

 

以下では有働由美子さんの学歴や経歴、出身高校や大学の偏差値、学生時代のエピソードなどをご紹介していきます




 

経歴/プロフィールの詳細

 

1991年にNHKにアナウンサーとして入局し、当初はスポーツ番組を担当。

19944月から「おはよう日本」のMCを担当19973月まで)

19974月から「サタデースポーツ」のMCを担当。 

2000年に紅白歌合戦の初司会。 

2006年から「スタジオパークからこんにちは」の司会を担当20076月まで) 

2010年から情報番組「あさイチ」の司会を担当。 

他にも「真田丸」や「龍の歯科医」などのナレーションも担当。

2018年3月をもってNHKを退職して、フリーアナウンサーに転身した。

 

学歴~出身大学の詳細

 

スポンサードリンク



 

出身大学:神戸女学院大学 文学部 偏差値57程度(中の上・当時)

 

 

 

有働由美子さんは高校卒業後は、神戸女学院大学に進学します。

 

弁護士を志すため第一志望は大阪大学の法学部でしたが、受験に失敗してこの大学に進学しました。

 

大阪大学の不合格を知った時は、阪大の赤本をビリビリと破いたエピソードが残っています。

 

また当初は浪人して大阪大学を目指そうとしましたが、父親に次のような言葉をかけられたことから浪人を断念しています。

 

「美人ならいいよって言うけど、お前の顔ならなるべく早く社会に出て相手を見つけないと、結婚できない」

 

ちなみに有働さんはフリーに転身した2018年現在で、結婚経験はなく独身です。

 

(大学時代)

 

なお現在は女子大離れのためこの大学の文学部の偏差値は48程度まで下落していますが、有働さんが在籍した当時は現在よりも遥かにレベルの高い時代でした。

 

元日本テレビアナウンサーの笛吹雅子さんは大学の同級生で、現在も親交があります。

 

 

父親が非常に厳格で大学生になっても男女交際禁止で、門限も2030分に定められていました。

 

そのため父親に内緒で参加した合コンでも、盛り上がってきた頃には帰宅するパターンだったそうです。

 

学生時代は大学祭の実行委員としてアクティブに活動しながら、マスコミへの就職を目指します。

 

マスコミに興味を持ったきっかけは大学時代に勃発した湾岸戦争で、世界中のテレビ局の特派員たちが戦況を伝えている姿を目の当たりにしたことです。

 

ただし当時はアナウンサー職ではなく、記者になることが夢でした。

 

また有働さんは大学時代から久米宏さんの大ファンで、当時から久米さんが出演していた「ニュースステーション」(現在は報道ステーション)をよく視聴していました。

 

就活の際にはNHK以外のテレビ局の内定をもらっていますが、得意の英語を活かすために海外の放送局の多いNHKに入局しています。

 

 

前記のとおり有働さんは記者職を希望していましたが、配属先はアナウンス室でした。

 

また新人の自己紹介では「将来のNHK会長を目指します」と述べて、周囲を笑わせています。

 

入局当初はNHK大阪局に配属されていますが、新人時代には同じ大阪局に在籍していた堀尾正明さんに指導を受けています。

 

(大阪局時代)

 

ちなみに有働さんはこの縁もあって、2018年にNHKを退職する際には、先にフリーアナウンサーとなっていた堀尾さんに相談をしています。

 

また大阪放送局時代は発音やアクセントが下手だったことから、先輩アナウンサーのみならず視聴者からも怒られています。

 

当時は「私はテレビに出るアナウンサーなんかになっちゃいけないんだ」とかなり深刻に思い悩みましたが、先輩の指導や取材先の中高年者からの励ましで、アナウンサーを続けることができたとコメントしています。

 

NHKのアナウンサーの出世コースである東京アナウンス室に異動後は、同局の数々の人気番組に出演しています。

 

 

そのため一躍看板アナウンサーとなっており、「人気女子アナウンサーランキング」のTOP10の常連となっています。

 

(あさイチ)

 

現在はフリーアナウンサーに転身していますが、未だに高い人気を誇っています。

 

スポンサードリンク



 

学歴~出身高校の詳細

 

出身高校:大阪府 北野高校 偏差値75(超難関)

 

 

 

有働由美子さんの出身校は、府立の共学校の北野高校です。

 

同校は1873年に開学した伝統校で、大阪でもトップクラスの進学校として知られています。

 

有働さんは高校時代は剣道部に所属するなど、文武両道型の生徒だったようです。

 

なお剣道は高校3年生の時に、インターハイに出場したほどの腕前でした(現在は二段)。

 

(左は父親)

 

 

高校の1学年下には、元大阪府知事の橋下徹さんやNHKの藤井彩子アナウンサーが在籍していました。

 

高校時代の有働さんはおとなしくて真面目な生徒でした。

 

高校の同級生は「(有働さんは)礼儀正しく、質実剛健なイメージ」とも話しています。

 

また出演していた「あさイチ」で有働さんが高校時代に好きだったラグビー部の男子生徒と30年ぶりに再会するというサプライズ企画が放映されましたが、その時には「高校時代は人気者だったから、言っても(告白しても)ダメだと思って黙っていた」と話しており、当時はシャイだった一面をのぞかせています。

 

 

なお高校時代の有働さんには次のような笑えないエピソードも残っています。

 

なんでも当時電車でいつも痴漢に遭う友人がおり、有働さんがその友人を電車の車内で見つけたところ、なんと近づいて痴漢のマネをしています。

 

するとその友人は電車を降りると泣き出してしまったのですが、有働さんは「(痴漢の際に)声を上げさせる練習だった」と釈明しています。

 

 

なお2019年10月に同校OBの吉野彰さんがノーベル化学賞を受賞した際には、有働さんは「生徒や卒業生らにとって、こんなうれしいことはない」とのコメントを発表しています。

 

【主な卒業生】

森繁久彌(俳優)

阿部純子(女優)

広瀬俊朗(元ラグビー日本代表)

 

スポンサードリンク

 

学歴~出身中学校の詳細

 

出身中学校:豊中市立第十六中学校 偏差値なし

 

 

 

有働由美子さんの出身中学校は、地元豊中市の公立校の第十六中学校です。

 

中学校でも剣道部に所属しており、同じ剣道部に在籍した男子生徒の初恋しています。

 

この際にも想いを伝えることはできませんでしたが、初恋の相手が有働さんの実家近くをジョギングすると聞いて、それを窓から覗いていたという初恋の思い出がありました。

 

また有働さんは小学校高学年の頃から英会話教室に通っていたことから、中学時代は英語を熱心に学んでいます。

 

それに加えて中学時代はNHKの英会話教室も聴いていました。

 

そのため有働さんは中学時代には日常会話レベルの英語はできたようで、周囲からは「英語のしゃべれる子」と言われていました。

 

ちなみに英会話教室は大学時代まで続けていました。

 

なお「あさイチ」に出演していた際に、有働さんは中学1年生まで父親と一緒にお風呂に入っていたことを告白しています。

 

しかし周りが気持ち悪いと言ってきたので、「やべー、やべーと思ってやめました」と語っています。

 

言うまでもなく中学時代の学校の成績は非常によく、前記の「超」のつく進学校の北野高校にも一般受験で合格しています。

 

スポンサードリンク



 

学歴~出身小学校の詳細

 



 

出身小学校:豊中市立寺内小学校

 

 

 

有働由美子さんの出身小学校は、豊中市立寺内小学校です。

 

家族構成は両親と妹の4人家族です。

 

父親は体育教師をやっており、小学校時代は仕事の都合で4回も転校しています。

 

鹿児島県郡山町で生まれており、当初は郡山町立郡山小学校に入学しています。

 

この頃は非常に田舎に暮らしており、家も竹林の中にあり夏になるとアオダイショウが家を横断するほどでした。

 

また周囲に同世代の子供も少なったことから、有働さんは読書に熱中しています。

 

好きな本は暗記するほど読み込んでおり、そのためか小学校時代から作文が非常に得意です。

 

そして小学2年生の時に兵庫県に転居して、小学校6年生の頃から大阪の豊中市で暮らしています。

 

豊中市に移ったのは父親が教師を辞めて脱サラして、鉄鋼関連の下請け会社を経営するためでした。

 

父親が剣道の有段者だった影響で小学生の頃から剣道をはじめています。

 

また小学校6年生の頃には児童会長を務めるなど、小学生の頃は模範的な生徒でした。

 

小学校の卒業文集には「将来総理大臣になりたい」と書いています。

 

なお有働さんの父親は非常に関白亭主で、小学校の頃から父親にビールを次のは有働さんの役目でした。

 

以上が有働由美子さんの学歴と学生時代のエピソードのまとめです。

 

NHK時代は看板アナウンサーとして数多くの人気番組を担当していました。

 

 

また49歳でフリーアナウンサーに転身して、大きな話題となりました

 

 

ちなみに27年間勤めたNHKを退職した理由はやはり「あさイチ」のキャスターの降板を打診されたことでした。

 

またNHKを辞める際にはかなり悩んだことをインタビューで述べています。

 

「27年間NHKにいて、どちらかというと『組織の一員として認められたい、染まりたい』というタイプでした。NHKの番組も仲間も大好きだし、やっと局内で自分の思う通りの意見を言えて、自分の思う番組づくりがやりやすくなったのに、なぜ辞めるのか。そんな自問自答は最後まで繰り返しました」

 

現在も高い人気を誇る女性アナウンサーのひとりですから、末永い活躍を期待したいところです。

 

スポンサードリンク





 

ここまでお読みいただきありがとうございました。ご質問やご意見などがございましたら、お手数をおかけしますがページ上の「お問い合わせ」よりお願いいたします。また出身校や偏差値情報などのリサーチには万全を期しているつもりですが誤りなどがあった場合はご指摘していただけると幸いです。なお返信はあるだけ早くおこなうようにしていますが、数日かかる場合があることをご了承ください。

コメントは受け付けていません。

サブコンテンツ

このページの先頭へ