演歌歌手の石川さゆりさんの出身高校の偏差値などの学歴情報をお送りいたします。数々のヒット曲をリリースしている石川さんですが、どのような学生生活を送っていたのでしょうか? 学生時代のエピソードや情報、若い頃のかわいい画像なども併せてご紹介いたします
石川さゆり(いしかわ さゆり)
1958年1月30日生
身長155㎝
血液型はA型
熊本県飽田村出身(現在は熊本市)の演歌歌手
本名は石川絹代(きぬよ)
以下では石川さゆりさんの出身中学校や高校の偏差値、学生時代のエピソードなどをご紹介いたします
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石川さゆりの学歴まとめ
出身大学:進学せず
出身高校:堀越高校 芸能活動コース
出身中学校:横浜市立城郷中学校
出身小学校:飽田村立飽田東小学校→横浜市立城郷小学校
石川さゆりの学歴~出身小学校(飽田村立飽田東小学校・横浜市立城郷小学校)の詳細
出身小学校:秋田県 飽田村立飽田東小学校
※現在は熊本市立飽田東小学校
石川さゆりさんの出身小学校は、地元熊本県飽田(あきた)村内の公立校・飽田村立飽田東小学校です。
家族構成は両親と弟の4人家族です。
当初は父親は市電の運転手で、母親は幼稚園の保育士として勤めていました。
母親は栄養士の資格を取得しており、給食の献立も担当しています。
小学校低学年の頃には、地元の水前寺体育館に島倉千代子さんの歌謡ショーを見に行くために母親に連れられて行きました。
この時に自分も大きくなったらこういう人になりたいと思ったとのことで、この頃から歌手に憧れを抱いていたようです。
石川さんは小学校5年生の途中で横浜市立城郷小学校に転校しています。
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石川さゆりの学歴~出身中学校(横浜市立城郷中学校)の詳細
出身中学校:神奈川県 横浜市立城郷中学校 偏差値なし
石川さゆりさんの出身中学校は、横浜市内の公立校・横浜市立城郷(しろさと)中学校です。
中学時代は帰宅部で部活動などはおこなっていませんでした。
ただし石川さんは中学校までは成績は優秀で、スポーツも得意という文武両道タイプの生徒でした。
当時は歌手を志していたため、自ら牛乳配達のアルバイトをして歌のレッスンに通っています。
このことについてはインタビューで次のように話していました。
「わが家は普通のサラリーマンの家でした。学習塾に行くお金は出してくれたんですよ。でも、歌のお稽古は『そんな夢のような…』と出してくれませんでした。『それでもやりたければ自分で』と言われて牛乳配達のアルバイトをしました。」
当時できるアルバイトは新聞配達か牛乳配達しかなく、新聞配達は休みがなかったことから牛乳配達を選んでいます。
石川さんは思春期にいろいろなことに悩んだ時には、母親の「悩んでも仕方ないでしょう。やってみなければわからないじゃない。やってダメなら、また、考えればいいじゃない」という言葉に支えられました。
大人になっていく過程で躓きそうになるたびに、この言葉を思い出していたといいます。
中学3年生だった1972年の夏休みに素人参加型のテレビ番組「ちびっ子歌謡大会」で優勝を勝ち取っており、ホリプロにスカウトをされて芸能界入りをしています。
石川さんはこの大会に出場をするつもりではありませんでしたが、出る予定だった友人が急に行けなくなったため興味本位で代わりにエントリーをしたといいます。
そして同じ年の10月にはドラマに出演をして、女優としてデビューを果たしました。
さらに中学3年生の終わりにアイドル歌手としてデビューしています。
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石川さゆりの学歴~出身高校(堀越高校)・大学の詳細
出身高校:東京都 堀越高校 芸能活動コース 偏差値37(かなり容易)
※現在はトレイトコース
石川さゆりさんの出身高校は、多くの芸能人の母校として知られる堀越高校です。
この高校は1923年開校の私立高校で、古くから芸能コースを設置してたので多くの芸能人を輩出しています。
石川さんは中学時代に芸能界入りをしていたことから、より幅広く芸能活動をおこなうためにこの高校の芸能コースに進んでいます。
この高校では当時アイドルだった城みちるさんや「ずうとるび」の今村良樹さん、サッカー解説でお馴染みの松木安太郎さんらと同級生でした。
石川さんは高校入学直前に「かくれんぼ」でアイドル歌手としてデビューをしており、デビューコンサートについては次のように語っています。
「ドラマに出たおかげで、名前や顔を覚えていただいていて、会場には2500人ほどいらしたのかな。そんなとっても恵まれた幸福なデビューをして、そのまま順調にいくかなと思っていると、そうでもなくて」
また高校2年生の時には山口百恵さんが主演した映画「伊豆の踊子」にも出演しています。
森昌子さんと山口百恵さんとともに「ホリプロ3人娘」として売り出されましたが、石川さんだけ売れませんでした。
結局アイドル路線では成功しなかったことから、演歌歌手の二葉百合子さんの門を叩いて民謡や日舞なども習って演歌の道を目指すようになりました。
そして高校3年生だった1975年に、演歌歌手に転向しています。
また石川さんは高校時代には実家の八百屋の手伝いもよくしていましたが、失敗ばかりしていました。
自転車の荷台に卵を積んでいることを忘れてデコボコ道を猛スピードで走って、田んぼの中に横転することもあったといいます。
大学には進学していない
なお石川さんは高校卒業後は大学には進学せずに、芸能活動に専念しています。
そして19歳だった1977年に、「津軽海峡冬景色」が大ヒットして演歌歌手としてブレイクしています。
以降も数々のヒット曲をリリースして、現在では八代亜紀さんらと並び、女性演歌歌手の大御所的な存在です。。
今後の活動にも注目ですね。
以上が石川さゆりさんの学歴と学生時代のエピソードのまとめです。
アイドル歌手としては芽が出ませんでしたが、演歌歌手に転向して成功を納めています。
既に年齢は60代に突入していますがその美貌は健在で、現在でも精力的に活動をしています。
幅広い層から根強い支持を受けていますので、今後の活躍にも期待です。
経歴/プロフィールの詳細
中学3年生だった1972年に、素人参加番組「ちびっこ歌謡大会」に出演したことがきっかけでスカウトされて芸能界入り。
同年のドラマ「光る海」で女優デビューし、他にも「事件ファイル110」や「新・夜明けの刑事」などのドラマに出演している。
1973年の1STシングル「かくれんぼ」でアイドル歌手デビューするも、セールスが伸び悩む。
その後に演歌歌手に転向し、1977年に「津軽海峡冬景色」が空前の大ヒットを記録。
以降も「能登半島」や「天城越え」、「夫婦善哉」などがヒット。
NHK紅白歌合戦には1977年から産休で辞退した1983年を除き連続出場。
私生活では1981年に元マネージャーと結婚して長女を出産するも、1989年に離婚した。
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