志位和夫の学歴と経歴|出身大学高校や中学校の偏差値|エリートだった!

 

政治家の志位和夫さんの出身高校や大学の偏差値などの学歴情報をお送りいたします。日本共産党の委員長を20年以上務める志位さんですが、「超」のつくような難関高校から東京大学に進学していました。

 

志位和夫(しい かずお)

 

 

1954年7月29日生

身長180㎝

血液型はO型

 

千葉県四街道市出身の政治家

日本共産党所属

本名同じ

 

以下では志位和夫さんの出身高校や大学の偏差値、学生時代のエピソードなどをご紹介いたします

 

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目次

志位和夫の学歴まとめ

 

出身大学:東京大学 工学部

出身高校:千葉県立千葉高校

出身中学校:千葉大学教育学部附属中学校

出身小学校:千葉大学教育学部附属小学校

 

志位和夫の学歴~出身小学校(千葉大学教育学部附属小学校)の詳細

 

出身小学校:千葉県 千葉大学教育学部附属小学校

 

 

 

志位和夫さんの出身小学校は、国立の共学校の千葉大学教育学部附属小学校です。

 

家族構成は両親と3人家族です(ひとりっ子)。

 

 

両親ともに教員で、日本共産党員でもありました。

 

志位さんは幼稚園の時に安保反対のデモ行進に参加をしており、当時のことについてインタビューでは次のように話しています。

 

「千葉市でおこなわれた安保反対のデモ行進に『参加』したことでしょうか。『参加』したといっても小さな私が大勢のなかを歩くのは危ないと考えたのか、父の肩車の上でした。」

 

また子供の頃には自宅にヴァイオリニストの海野義雄さんのレコードがあり、擦り切れるほど聴いていた時期があったといいます。

 

この頃から音楽に熱中をしており、最初に夢中になった曲はモーツァルトの「交響曲第40番」でした。

 

志位和夫の学歴~出身中学校(千葉大学教育学部附属中学校)の詳細

 

出身中学校: 千葉県 千葉大学教育学部附属中学校 偏差値60(やや難関)

 

 

 

志位和夫さんの出身中学校は、国立の共学校の千葉大学教育学部附属中学校です。

 

この中学校は1965年開校の国立中学校で、地元では古くから進学校として知られています。

 

志位さんは父親が中学3年生の時に購入してくれたエンゲルスの著書「猿が人間になるにあたっての労働の役割」がはじめて手にした科学的社会主義との出会いでした。

 

当時のことについてインタビューでは次のように話しています。

 

「当時は、マルクスもエンゲルスも『資本論』という経済学の大きな本を書いた革命家というイメージしかもっていませんでした。ところが自然科学の話が書いてある。人類の知識のこんな分野まで研究した人なのかと大きな驚きでした」

 

父親は志位さんに科学的社会主義の本を読ませようという作戦があったとのことで、志位さんは父親の作戦にはまり、以降はマルクス、エンゲルスの本を読むようになりました。

 

【主な卒業生】

山﨑玲奈(女優)

岩田明子(ジャーナリスト)

奈良希愛(ピアニスト)

 

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志位和夫の学歴~出身高校(千葉県立千葉高校)の詳細

 

出身高校:千葉県 千葉高校 偏差値74(超難関)

 

 

 

志位和夫さんの出身高校は、県立の共学校の千葉高校です。

 

この高校は1878年開校の伝統校で、古くから進学校として知られており県立船橋高校、県立東葛飾高校とともに「千葉県公立御三家」と呼ばれるほどです。

 

志位さんはこの高校に一般受験で入学しており、当時からかなりの学力を有していました。

 

高校時代はオーケストラ部に在籍をしており、ピアノとヴァイオリンを演奏していました。

 

当時は作曲家の道に進むことも考えたほどで、大学進学をする時には音楽の道か物理学のどちらを取るのかで迷ったそうです。

 

ちなみに志位さんは2018年に開催された「JCPサポーターまつり」で、ショパンの「別れのワルツ」を演奏するほどのピアノの腕前です。

 

【主な卒業生】

宇津井健(俳優)

市原悦子(女優)

すぎやまこういち(作曲家)

中村豊(NHKアナウンサー)

 

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志位和夫の学歴~出身大学(東京大学)の詳細

 

出身大学:東京大学 工学部物理工学科 偏差値68(超難関)

 

 

 

志位和夫さんは高校卒業後は、国内最難関大学の東京大学に進学しています。

 

この大学の理科Ⅰ類に合格して、後に工学部に進んでいます。

 

志位さんは大学時代に工学部で学んだことについてインタビューで次のように話しています。

 

「工学部では、応用物理(物理工学科)が専攻で、超電導というのがありますでしょ。物質の温度をどんどん下げていくと電気抵抗がなくなっちゃうという現象があるのですが、その実験などをやっていました。」

 

しかしさほど授業には出席しておらず、物理というよりも政治学を学んでいたと振り返っています。

 

志位さんは大学1年生の時に日本共産党に入党をしています。

 

当時は自民党の田中角栄内閣が小選挙区制という案を出しており、大きな反対運動が起こり、東京大学駒場キャンパスから国会へ700人ほどのデモ行進に参加しています。

 

志位さんはこのことについてインタビューで次のように話していました。

 

「当時の自治会執行部のみなさんはたいへんデモが好きで、毎週のように国会に行くんですよ。私が、授業が終わって駅の階段をのぼって、『今日は家に帰って勉強しようかな』と考えていると、後ろの方から声が聞こえてきて、『学友のみなさん、一緒に国会に行きましょう』と呼びかけている。」

 

志位さんは自宅に帰ってやりたいことがたくさんありましたが、デモに参加せずに小選挙区制が通ると後悔をすると思ったことからデモに参加したとのことです。

 

なお現在の奥さんの孝子さんとは大学時代に知り合っています。

 

志位さんはその後の進路についてはいろいろと悩んでおり、最終的には一般企業ではなく、日本共産党の東京都委員会に就職しました。

 

(若い頃)

 

39歳だった1993年の衆議院議員選挙に立候補して初当選しています。

 

 

志位さんは以降は連続当選を果たしており、2000年には不破哲三さんの後任として日本共産党の委員長に就任しています。

 

 

その後も20年以上も委員長を務めており、異例の人気の長さから他党の議員からは「独裁者」と批判されたこともありました。

 

以上が志位和夫さんの学歴と学生時代のエピソードのまとめです。

 

日本共産党に入党後は要職を歴任して、党首である委員長まで上り詰めています。

 

 

委員長を20年以上務めており、人柄の良さや人望の高さの現れでしょう。

 

今後のさらなる活躍にも期待が高まります。

 

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