織田信成の学歴と経歴|出身大学高校や中学校の偏差値と学生時代のエピソード

 

フィギュアスケート選手の織田信成さんの出身高校や大学の偏差値などの学歴情報をお送りします。タレントとしても活動している織田さんですが、どのような学生生活を送っていたのでしょうか? 学生時代のエピソードや情報、当時のかっこいい画像なども併せてご紹介いたします

 

織田信成(おだ のぶなり)

 

 

1987323日生

身長164㎝ 52

血液型はA型

 

大阪府高槻市出身のタレント、プロスケーター

本名同じ

 

以下では織田信成さんの出身高校や大学の偏差値、学生時代のエピソードなどをご紹介します

 

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目次

織田信成の学歴まとめ

 

出身大学大学院:関西大学大学院 文学研究科総合人文学専攻身体文化専修修士課程

出身大学:関西大学 文学部英語英文学専修

出身高校:大阪府立阿武野高校

出身中学校:高槻市立第二中学校

出身小学校:高槻市立郡家小学校

 

織田信成の学歴~出身小学校(高槻市立郡家小学校)の詳細

 

出身小学校:大阪府 高槻市立郡家小学校

 

 

 

織田信成さんの出身小学校は、地元大阪府高槻市内の公立校の郡家(ぐんげ)小学校です。

 

家族構成は両親と姉、兄の5人家族です(3人きょうだいの末っ子)。

 

先祖は戦国武将の織田信長で、織田さんは17代目の末裔にあたります。

 

子供の頃から明るく、ひょうきんな性格でした。

 

織田さんは母親が元フィギュアスケート選手だった影響で、7歳の頃からフィギュアスケートをはじめています。

 

ただし当初は乗り気ではありませんでした。

 

またフィギュアスケートはお金がかかることから何度も辞めようと思っています。

 

このような状況だったことから、小学校時代は大会でもさほどの良績は残せておらず、フィギュアスケート選手としては全国的には無名の存在でした。

 

織田信成の学歴~出身中学校(高槻市立第二中学校)の詳細

 

出身中学校:大阪府 高槻市立第二中学校 偏差値なし

 

 

 

織田信成さんの出身中学校は、地元高槻市内の公立校の第二中学校です。

 

中学校時代もフィギュアスケートをおこなっていました。

 

ただし当時もフィギュアスケートがあまり好きではありませんでした。

 

その頃は反抗期であったことから、コーチだった母親とも何度も衝突していました。

 

中学1年生の時に出場した全日本ジュニア選手権では27位でした。

 

しかし織田さんが中学2年生の時に腕を骨折してしばらくフィギュアスケートから離れたことで、実はフィギュアスケートが好きだったことに気づいたとインタビューで話しています。

 

そのためこの頃から「もっとうまくなりた」という気持ちが芽生えています。

 

とは言え中学校時代も大会では結果を残すことはできずに、当時も全国的には無名の存在でした。

 

【主な卒業生】

桐谷美玲(女優・転校)

ROLLY(ミュージシャン)

 

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織田信成の学歴~出身高校(大阪府立阿武野高校)の詳細

 

出身高校:大阪府 阿武野高校 偏差値43(容易)

 

 

 

織田信成さんの出身高校は、府立の共学校の阿武野(あぶの)高校です。

 

この高校は1983年開校の府立高校で、体育コースを設置していることから部活動が盛んなことで知られています。

 

織田さんは中学校時代までは無名の選手だったことから、フィギュアスケートの強豪校などからスカウトされずに、普通の公立高校に進学しています。

 

高校時代も3年間にわたりフィギュアスケートに打ち込んでいました。

 

前記のように中学校時代に意識が変わったことから、高校時代は熱心に競技に取り組んでいます。

 

ただしすぐには結果が伴いませんでした。

 

それでも織田さんは高校3年生の時のカナダ留学で大きく成長します。

 

帰国後に出場した世界ジュニア選手権ではいきなり優勝し、女子の浅田真央選手とのアベック優勝だったことからかなりの注目を集めています。

 

 

この頃から全国的にも名前を知られるような選手になっています。

 

【主な卒業生】

平畠啓史(お笑い芸人・DonDokoDon)

 

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織田信成の学歴~出身大学(関西大学)の詳細

 

出身大学:関西大学 文学部英語英文学専修 偏差値58(中の上)

 

 

 

織田信成さんは高校卒業後は、関西大学に進学しています。

 

一般受験ではなく、スケートでのスポーツ推薦による入学です。

 

この大学のフィギュアスケート部は名門として知られています。

 

前記のように高校3年生の時の活躍により、ようやく名門校から声がかかりました。

 

在籍したのは文学部で、英文学を専攻していました。

 

大学に入学した月に、中学校時代の同級生の女性と結婚しています。

 

 

また織田さんはこの大学のフィギュアスケート部に在籍して、競技に打ち込んでいました。

 

大学1年生だった2005-06年のシーズンにシニアデビューをして、NHK杯で初優勝しています。

 

ただしトリノオリンピックの出場権は逃がしています。

 

それでも翌2006-07年のシーズンでさらに進化を遂げて、グランプリファイナルで銅メダルを獲得しています。

 

 

このように織田さんは大学時代に高橋大輔さんらとともに、当時の男子フィギュアスケート界をけん引する存在になりました。

 

大学を卒業後は関西大学大学院文学研究科総合人文学専攻身体文化専修修士課程に進学しています。

 

そしてコーチをニコライ・モロゾフさんに替えて臨んだ2007-08年のシーズンで、NHK杯で優勝するなど、バンクーバーオリンピックの出場権を獲得しています。

 

23歳だった2010年に出場したバンクーバーオリンピックでは、靴紐が切れるなどのアクシデントに見舞われて7位に終わっています。

 

 

織田さんは2013年のソチオリンピックを目指して競技を続けますが、羽生結弦さんの台頭もあってソチオリンピックの出場権を逃して、同年限りで引退しています。

 

引退後はプロスケーターとして活動するとともにタレント活動もはじめて、情報番組「あさチャン!」などのレギュラーを務めていました。

 

 

さらに20174月には、母校である関西大学スケート部の監督に就任しています。

 

オリンピックではメダルに手が届かなかったものの、引退後はその親しみやすいキャラクターで、タレントとして多くのテレビ番組に起用されています。

 

今後の活動にも注目が集まります。

 

 

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